ちょっと特殊な女の子の友達の作り方
帝都学習館学園の広大な敷地には、寄贈という形で作られた建物が結構ある。
権勢の誇示だったり、慈善事業なりとその理由は色々とあるが、そんな建物の一つに雲客会館というのがある。
帝都学習館学園の華族閥の本丸である。
「ようこそ。桂華院さん。
歓迎しますわ♪」
「ご招待ありがとうございます。朝霧さん」
お互い笑顔で優雅に挨拶。
その周囲をそれぞれの派閥の人間が笑顔でガンを飛ばす。
女性の友好は同時に格付けの戦いなのだ。
「とりあえず皆様お座りになってくださいな。
お茶を用意させますわ」
「では遠慮なく。
これはお茶菓子にどうぞ。
アップルパイですわ」
今回のお茶会の為に動員された私の派閥の女子は7人。
一方で朝霧さんが歓待に用意した人間も7人。
雲客会館の他の部屋では、上級生達が結果を伝えられるのを興味津々で待っているはずである。
うちの派閥の女子の一人が帝西百貨店マークの入ったアップルパイのケーキ箱を、朝霧さんの派閥の女子に手渡す。
なお、今頃別の人間が雲客会館の全部屋にこのアップルパイの入ったケーキ箱を差し入れているはずである。
こういう気前の良さは、銭が続く限りは武器になる。
なくなると見捨てられるので注意は必要だが。
「いだだきます……おいしいわ♪」
朝霧さんの女子の一人が毒味として食べて、問題ないと分かった上で朝霧さんがアップルパイを口にする。
カップに注がれた紅茶をこちらの女子が飲んで、問題ないと分かった上で、私が紅茶に口を付ける。
特権階級と女子会という悪魔合体の果てのマナーというのは、かくも恐ろしくもめんどくさいものに成り果てていた。
「それで、今回私を招待してくださった理由を伺ってもよろしいかしら?」
「そうですわね。
表向きの理由と、裏向きの理由と、どうでもいい理由の3つがありますが、どれからお聞きになりますか?」
とてもいい笑顔で朝霧さんが言い切り、私も笑顔の仮面を被り続ける。
お互い目はまったく笑っていない。
「では、最初から聞いていきましょうか♪」
こういう話はどれから選んでも順番が決められているものである。
朝霧さんがアイコンタクトで付いていた女子を下げさせる。
こっちも同じことをして朝霧さんと一対一になる。
つまり、これも作法の一つ。
互いにそれが分かった上で朝霧さんは理由その1を切り出した。
「まず最初の理由として、雲客会の正式なオファーとして桂華院さんに雲客会に入っていただきたくて」
この手のサロンの参加は任意である。
とはいえ、ゲーム内の私はこの雲客会を牛耳っていた覚えがある。
ゲーム内では特権階級として糾弾された果てに私共々破滅したみたいだが、そこまでゲームには描かれていなかった。
「分かりませんわね。
私が桂華院家の公爵令嬢となったからと言っても、皆様が私を受け入れる理由がないと思いますが?」
「そんなの決まっているじゃないですか♪
お金ですわ♪」
とても清々しい声で朝霧さんが言い切って私は苦笑するしか無い。
よく見ると、この雲客会館もボロ……昭和初期のモダン建築という風情があるものになっている。
「華族と言っても、名と名誉のみでは生活すらままなりませんのよ。ましてサロンの活動までとなりますと、ね」
朝霧さんは少しだけこの部屋を愛おしそうに見て、その理由を告げた。
「この建物、建て替えが計画されていまして」
たしか去年あたりに阪神淡路大震災の教訓を反映させた建築基準法が改正されて、多くの建物で耐震基準が強化されたはずである。
この建物の建て替えの工事費用が出せないという所だろうか。
で、今華族で一番金を持っているだろう私に声を掛けたと。
「私が入るメリットは?」
「枢密院での協力および、桂華院さんが独立国家を作る際にはその承認の支援を」
朝霧さんの口から出てくるあまりにも生臭い話に私は苦笑するしか無い。
同時に、北樺太の帰属をめぐる問題は、私という駒の為にここまで加熱しようとしていた事を意味する。
つまり、散々お国のためにやってきた行為の見返りに、北樺太に私の国を作るのを承認しろという推測上の裏事情がこんなところにまで広まって来ているという訳だ。
人間は聖人でなければ滅私奉公なんて信じない訳で、私の行動のゴールが日本華族および、ロシアロマノフ家貴族としての復権と国家樹立とみなしている訳だ。
まさか、私が動かなければ、もっとこの国めちゃくちゃになっていたなんて誰も信じるわけもなく、私はため息をついた。
「あら?
お気に召しませんか?」
「一応私達は小学生です。
小学生が国家を樹立するなんて夢物語ですわ」
「ええ。
今は私達は小学生ですわ。
ですが、五年後は?十年後は?
これはそういうお話ですのよ♪」
人生において五年十年は結構な時間だが、歴史で見るとあっという間とも見える。
その十年先に私が北樺太王国の女王に成っているという未来を私は否定できない。
「その話については冗談ということにしておきましょう。
ですが、雲客会館改修工事については幾ばくかの寄付をさせていただきたいと思います」
「ありがとうございます。桂華院さん。
その時は遠慮なく遊びに来てくださいね」
初っ端から生臭いことこの上ない話から始まったが、これが一応表向きの話である。
つまり裏向きの理由というもっと生臭い話が私を待っている訳で。
「で、裏の理由というのを話していただきませんか?」
「そうですわね。
先程の話とも絡みますが、桂華院さんの結婚相手の話ですわ」
だから私達は小学生と言おうとして、本当に生臭すぎる理由に私は紅茶を飲んで顔をごまかすしか無かった。
当たり前の話だが、私は女であり、いずれ結婚するだろうと見られている。
私自身は独身でもいいと思っているのだが、私に付いている身分とお金がそれを許さない。
「気付いたようですわね。
もし桂華院さんが国を興された場合、相手の殿方が居ないと一代で途絶える事になります。
この国だけでなく世界中から求婚されますわよ♪」
「それを避けるために、さっさと適当な男子と婚約だけしてくれという訳ですか」
古の日本や欧州でよくあった政略結婚の話である。
当たり前のようにそんな話が流れてきているという事は、清麻呂義父様や仲麻呂お兄様の所にも大量の縁談の申し入れがやってきたのだろう。
ぞくりと悪寒が走った。
「……どうなさいました?」
「いいえ。何でもありませんわ」
私はゲーム内において悪役令嬢として破滅する。
そんな私の家は傾いていて、私の背後には外国勢力の影があった。
という事は、私が主人公に潰されたのは、政府の介入があった!?
悪役令嬢なんてなるものではない。
彼女たちは破滅させられるがゆえに、二重三重に罠を仕掛けられて誰もが望むハッピーエンドの贄として物語に捧げられるのだから。
「もし私が一代で途絶えたら、仲麻呂お兄様がその後を継ぐかもしれませんわね」
「ええ。
そうなった時、私はどういう立ち位置に立つか、聡明な桂華院さんならお分かりと思いますけど?」
朝霧さんの背後には岩崎財閥の影がある。
あの財閥は国家と寄り添うことで発展してきた財閥であり、政財官に多くの支持者が居る。
これは、そういう日本中枢からの警告。
「過大評価ですわ。
所詮私達は小学生ですわよ」
「その小学生がこの国三代の内閣で影響力を行使した上に、米国大統領選挙に絡んだ上にゲーテッド・コミュニティなんて爆弾を炸裂させたものだから世界は大慌てですわ。
あれの果てが国家樹立や既存国家からの独立に繋がるなんて、桂華院さんは分かっていたでしょう?」
すらすらと私にぐうの音も出ない正論をぶつけてくれる朝霧さんも中々いい性格と才能を持っていると思うのだが。
そんな朝霧さんがアップルパイに手をつけながら警告する。
「『小学生なんだから』。
それをそのままお返ししますわ。
中学高校ともなれば、昔なら元服して無視できない権力を行使できた。桂華院さん。
子供だからと見逃されない年になったとたん、貴方、歴史に潰されますわよ」
しばらく互いの沈黙の後、私は思い切って口を開く。
残っていたどうでもいいものを聞くためだ。
「最後のどうでもいいものを聞かせてもらってよろしいかしら?」
「ほんとうにどうでもいい事なんですけどね。
桂華院さん。
私達友達になりませんか?」
たしかにどうでもいい事だった。
前二つに比べれば。
「親戚付き合いでなくて?」
「ええ。
だって、私、ここでは少し肩身が狭かったのですのよ♪」
なるほど。
彼女の母親は岩崎財閥の出身だから、朝霧侯爵家はお金がない華族とは違う。
そして、岩崎財閥等の子女は財閥系派閥として別の館にいるはずだった。
それは浮くわ。
「私なんかを友達にすると苦労しますよ」
「それはお互い様という事で。
女の子の友達は、互いに握手をしながら足を踏むものでしょう?」
朝霧さんは私を手を差し出す。
「薫って呼んで。
私も瑠奈さんって呼ぶわ」
「ええ。
じゃあ、私も薫さんって呼ぶわ。
よろしくね♪」
握手をした下のテーブルが長かった事もあって、お互い足は踏まなかった事をここに記しておく。
こうして、小学生高学年までクラスメイトにならなかった人としては初めて女の子の友達ができた。クラス外での友達が今まで一人もいなかったってのは普通なのかな?
薫さんとは、これ以後本当に長い付き合いになる。
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建築基準法
なお、この後新潟中越地震でも改正される。
そういう努力の結果東日本大震災や熊本地震では多くの人命を救ったが、同時に自然の強大さを思い知る。
これらの震災で更に改正が進むとかなんとか。
モダン建築
私の中のイメージは門司港レトロ地区にある旧門司三井倶楽部
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