天音澪と三人の姉 Little Women編

 天音澪には三人の姉がいる。

 血のつながっていない姉だが、『お姉ちゃん』と呼んで慕っているのは小学生になっても変わらない。


「あら、じゃあ『Little Women』ね」


 なんて長姉のメイドさんである斎藤佳子さんがそんな事を言い、そのメイドさんの雇い主である桂華院瑠奈がさも当然のように一言。


「え?

 私、長女?」


 誰も何も言わないのが、この長姉の長姉らしい所である。

 そんな話をすれば当然邦訳も読んでみたくなる訳で。

 みんなの所に一冊の本がやって来る。

 これは、そこから始まる物語である。


「長女取られたから私次女かなぁ?」


 当たり前のように言う次姉こと春日乃明日香。

 長姉の影に隠れるが、次姉もかなり押しが強い。

 四女の澪と末姉兼三女の開法院蛍の取り合いが無いのは満場一致となったからである。




 そんな彼女たちが放課後に遊びに行った時の話。

 同級生女子の間でブームとなっている、プリクラを撮りに来たのである。

 もちろん、小学生の女の子四人でのゲーセンは無理なので、メイドの時任亜紀さんと長姉護衛の田宮真さんと道原直実さんが一緒に付いて来ている。


「ハイ。チーズ♪」


 パシャッ!

 

 密かに心配していたのは末姉こと開法院蛍が写真に写らない事だったのだが、彼女曰く『力をコントロールできるようになった』らしいので、しっかりと四人の笑顔が写っている。

 そうなると、他のゲームにも当然注目が行く訳で。

 このゲーセンを選んだ長姉曰く、初心者でも入りやすいゲーセンを選んだという事らしい。初心者お断りのゲーセンってなんだろうと澪は思ったが、質問することはしなかった。

 そんな長姉は次姉によると『シューター』であるらしい。

 やっぱり意味が分からないが、澪はこれも微笑んで質問はしない事にした。

 こういう所が澪が愛されている一因である。


「お菓子やお人形が取れるって!

 みんなでやりましょうよ♪」


 ここで、買ったほうが安くねなんて空気の読めない人間は……一人いた。

 で、そんな長姉はメイドの亜紀さんを呼んでヒソヒソ。


「……札束渡して台ごと買うから、設定劇甘で……」

「るなちゃん?」


 ゲームをやる前からゲーセンの椅子で正座させられる長姉。

 その正座を命じた次姉なのだが……


「うきゃー!

 なんであとちょっとだったのにぃぃぃぃぃぃ!!!」


「だから設定変更を言おうと思ったのに……」


 次姉はこの手のゲームが致命的に下手だった。

 みるみる百円玉が溶けてなくなってゆく。


「こうなったら、うちの最終兵器のほたるちゃんを!

 ……あれ?ほたるちゃんどこ?」


「ほたるお姉ちゃんならあそこ」


 珍しい顔を見る目で澪が開法院蛍の居場所を指差す。

 その先で幸運のお守りみたいな開法院蛍が、じゃんけんのメダルゲームに負け続けて首を捻っていた。

 彼女の幸運は、彼女自身には働かないらしい。




「思ったんだけどさぁ、私達ってあんな『Little Women』になれるのかなぁ?」


 近くのアイスクリーム屋でバニラアイスを堪能しながら、春日乃明日香が話を振る。

 邦訳の本を読み出して、一番ハマったらしい。

 それに一番ドライな意見を桂華院瑠奈がチョコアイスを食べつつ返す。


「なりたいとは思うわね。

 なれるかどうかは別だけど」


 こくりと首をかしげながら開法院蛍が抹茶アイスを食べる。

 澪はオレンジアイスを食べながら二人の話を聞いている。


「私、そこそこお金持ちだけど、すべての人を幸せにするだけのお金は持っていないのよ。

 かといって、できないから目の前の不幸な人に何もしないのかというと違うでしょう?」


「私は政治家の娘だから、ある意味分かりやすいけどね。

 選挙区の半分+1人を幸せにする。

 そうすれば確実に当選できるし」


「あすかちゃん。

 清々しいほど分かりやすいわね」


「根本な所ほど、シンプルであれ。

 迷った時の道標になるから。

 という訳で、アドバイス料として一口頂戴」


「はいはい。お納めくださいませ。

 お代官様」


 こういう時に澪は思ってしまう。

 やっぱりこの二人は凄いんだなと。

 いや、末姉は二人と違った別次元での凄さがあるから。

 だから、じっと見詰めないでください。


「た、たべます?」

(こくこく)


 末姉の凄さはこういう所だと思うのだが、またアイスをたかられるので澪は黙っていることにした。

 ちゃっかりと保護者枠でチョコクッキーアイスを食べていたメイドの亜紀さんが、長姉と次姉の話を頷きながらこんな事を言う。


「時代が違いますし、国も違います。

 ですが、彼女たちが素敵なレディになったという事は世界中の人達が認めています。

 ですから、この本は名著として今に残っているのですよ。

 どうか四人とも、素敵なレディになってくださいませ」


 メイドの亜紀さんの心からの言葉に、四人は自然と頷いてしまう。

 その日の夜、そんな話を澪は父と母にする。


「私も、この本に出てくる人たちみたいな立派なレディになれるかな?」

「ああ。なれるよ」

「ええ。

 私達の娘だから、きっとなれますよ」


 澪は知らない。

 こんな普通な両親を実は姉たちは持っていない事を。

 そんな家族の暖かさを姉たちは澪に求めている事を。




おまけ


「私、立派なレディになるのよ!」

「……瑠奈。

 頭でも打ったか?」

「えーいちくんのばぁかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 次姉情報だと、長姉は帝亜栄一が頭を下げるまで三日間一言も口を聞かなかったらしい。

 なお、帝亜栄一は、


「いやもう瑠奈って立派なレディーだから今更目指すって……」


などと供述しており……




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Little Women

 若草物語

 著作権にふれないように、英語表記の方にしている。


プリクラ

 ブームが1999年から2002年あたり。

 一昔前はプリクラがあるゲーセンは女子に媚びてるゲーセンなんて言われていたのも今は昔。

 ゲーセンそのものがここまで衰退するとは思わなかったなぁ……


クレーンゲーム

 このあたりから、景品にゲームのキャラグッズとかが入りだし、おたくが金を落としてゆく。

 某ときめもに狂った知人が必死にキャラぬいぐるみを取ろうと発狂していたのを眺めていたのも今は昔。


じゃんけんゲーム

 ジャンケンマンが正式名称らしい。

 使いみちがないのに、あのメダルをたくさん持っていると威張れた子供時代。

 時々、スーパーとかのゲーセンに置かれていて、あの「ジャン・ケン・ポン!」を聞くと懐かしく立ち止まってしまう。


四人の両親

 桂華院瑠奈

  両方とも死去。

 春日乃明日香

  父は議員で国会か地元周り、母も地元で支持者周り。

 開法院蛍

  そもそも明日香のみかんを食べるまで、両親は彼女を認識していなかった。

  そんな両親は未だ奈良で生活している。


 ……そりゃ、澪をかわいがるわな。こいつら。

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