六月某日雨 ある兄と義妹の会話

 仲麻呂お兄様が私の屋敷にやって来たのは六月の雨の降る日だった。

 そのまま夕食となったのだが、仲麻呂お兄様は食事後にやって来た理由を告げた。


「瑠奈。

 父は正式に瑠奈を父の娘として迎える事を決めたよ」


 予想はしていた事だ。

 むしろゲーム設定上だと悪役令嬢をする為にも桂華院公爵家という名前は必須なのだから。

 そのまま仲麻呂お兄様は、食後のコーヒーをたしなみながらその言葉を告げた。


「桂華グループの中核企業が岩崎財閥に吸収される事が決まった。

 桂華製薬が岩崎製薬、桂華化学工業が岩崎化学工業、桂華商船が帝国郵船、桂華倉庫が岩崎倉庫とそれぞれ合併される。

 基本、岩崎が経営を握るが、創業である桂華製薬は6対4でうちが握れるらしい」


 桂華製薬は桂華岩崎製薬に、桂華化学工業が桂華岩崎化学に、残りは吸収合併という形で名前が残らない。

 桂華製薬の主導権をこちらに残してくれたのは、日本有数の大財閥たる岩崎財閥からしたらこれでも十分に温情なのだろう。


「やはり狙いは桂華金融ホールディングスですか?」


 グレープジュースを堪能しながらため息をついた私に仲麻呂お兄様は苦笑するだけで答えた。

 当たりらしい。


「まったく瑠奈が自重しなかったからね。

 この間、帝亜グループの所に遊びに行ったらしいじゃないか。

 あれで他の財閥が危機感を持ったらしい」


 今年に入って共鳴銀行が桂華金融ホールディングスに救済される為に傘下に入り、帝西百貨店と総合百貨店の合併に越後重工の救済と四洋電機のリストラ推進に桂華鉄道を立ち上げての新幹線建設とそりゃ派手に動いているからなぁ。

 そういえば、越後重工の救済後にえらく接触して売却しないかと声を掛けてきたのが岩崎重工だったな。

 プラント事業の強化なのかと条件を詰めさせていたが、裏はこれか。

 待てよ。

 桂華部品製作所の営業も好感触だったのが岩崎自動車で、四洋電機救済で主導しているうちと帝都岩崎銀行で岩崎電機に救済をというプランが帝都岩崎銀行から出ていた気が。


「朝霧侯爵婦人はね、元々は岩崎男爵家のご息女なんだよ」


 なるほどと私は手をぽんと叩く。

 岩崎財閥の総本家は叙爵されて男爵位をもらっていた。

 侯爵と男爵の結婚では家格が合わないが、そこは抜け道があり今の私のように、どこか別の侯爵家の養女となって朝霧侯爵と結ばれたと。

 こういう婚姻で閨閥を広げて岩崎財閥は日本の政財界の中枢にあり続けている。


「やりすぎましたか?」


「ああ。

 あまりにも政治に関与し過ぎた。

 やっている事がお国のためと分かってはいるが、渕上前総理に泉川総理と二代に渡って影響力を行使し過ぎた。

 この次の総理にも影響力が及ぶのだけは避けたいのだろう。

 きっちりと首輪をはめろというのが、岩崎財閥の、いや日本の財閥の総意なのだろうな」


 仲麻呂お兄様はTVをつけると、この日行われた与党総裁選の結果を流していた。

 その激しかった与党総裁選はギリギリにて旗幟を鮮明にした泉川総理と彼の派閥によって勝者が決まる結果となった。


『与党総裁選は、泉川派および渕上派の支援を受けた林幹事長が当選しました。

 二番手には加東元幹事長が予想以上の票を集め、鶴居元建設大臣、阿蘇経済企画庁長官の順となりました。

 林総裁は党役員人事に着手し、村下参議院議員を副総裁に指名。

 幹事長は渕上派、総務会長が加東派、政調会長に鶴居元建設大臣が指名され、臨時国会後になりますが泉川前総理を大蔵大臣兼副総理に指名すると記者会見で……』


 今回私は表立っては何も動いてはいない。

 とはいえ、党内の敵を作らずに総裁まで上り詰めた林新総裁は、決定機に付いた泉川総理の恩に報いたという所だろうか。

 それは泉川総理が新政権後もバックアップするから、私に不良債権処理を進めろという事なのだろう。

 それを快く思わない連中が、家絡みで動きを封じに来たと。

 実際、不良債権処理は道半ばだが、かなりうまく進んでいた。

 流通系においては最大手で最大の有利子負債を抱えるスーパー太永を残すのみで、次はゼネコンが抱える不良債権に焦点が移ろうとしていた。

 私が桂華鉄道を通じて新幹線建設をぶち上げた事で数千億の真水の公共工事が発生し、ゼネコンの収益が改善する事も期待していた。

 これらゼネコンは、与党立憲政友党の貴重な票田の一つだ。

 やっている事はお国のためだが、たしかに政商と呼ばれても仕方ないな。これは。


「『鳥風会』の席次は桂華岩崎製薬が就き、その次に桂華銀行が来る。

 切り崩しは激しくなるだろうから、備えておきなさい」


 仲麻呂お兄様の言い方に引っ掛かりを覚えた私は、あえて尋ねてみることにした。


「仲麻呂お兄様。

 仲麻呂お兄様にとって、私は敵になりますか?」


 そんな私の踏み込んだ質問に仲麻呂お兄様は笑って私をたしなめたのだった。

 仲麻呂お兄様の笑顔から私は真意を探ることはできなかったがその声は信じたいと思った。


「馬鹿を言ってはいけないよ。瑠奈。

 お前は私の大事な妹なのだから」


 その言葉が嬉しかったのは間違いない。

 だからこそ、その御礼にと仲麻呂お兄様を誘ってみた。


「仲麻呂お兄様。

 桂華金融ホールディングスの社外取締役の席に座っていただけませんか?」


 岩崎財閥が狙っている桂華金融ホールディングスに席があるのとないのでは、岩崎家から見た桂華院家の扱いが格段に違う。

 仲麻呂お兄様はただ私の頭に手を当てて、それを受け入れてくれた。




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林総理

 悪い人ではないのだがというか、有能な人。

 ただ、総理としての就き方が最悪だったからそれが最後まで尾を引っ張った。

 むしろ総理になった後からの活躍がすごい人。


村下副総裁

 参議院のドンと呼ばれたお人。

 まだこの時代の与党は清濁が入り混じっていた。

 泉川総理が連座された大蔵省の不祥事に、未来で起こるこの人のスキャンダルで林内閣の支持率がとんでもなくやばいことに。

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