出るJSは打たれ……るのか? その2

 99年春には政界においてちょっと大きなイベントが有る。

 東京都知事選をはじめとした統一地方選挙だ。

 現状の風は与党に良くはなかった。


「桂華銀行の売却については、正式に大蔵省にて競売を掛けた案件であり……」

「では、その案件にムーンライトファンドなるファンド一社しか参加しなかったのはどういう事なのですか?

 ムーンライトファンドは桂華銀行から多額の融資を受けている、桂華銀行のペーパーカンパニーではないのですか?」

「ムーンライトファンドは米国西海岸を本拠に置くファンドであり……」

「そのファンドに、桂華銀行の取締役と執行役員が名を連ねているのはどういう事なのか?

 おまけにこのファンドの持ち主がだれだかご存知ですか!?

 まだ小学生の桂華院瑠奈嬢になっている!!

 桂華グループのペーパーカンパニーなのは一目瞭然ではないですか!!」

「桂華グループはこの件に関しては何も知らぬと……」

「それはそう答えるしか無いでしょう!

 それとも貴方は、一介の小学生が八千億円にも及ぶ巨大銀行買収を主導したとでも言うのですか!!!」


 困った。

 事実なのに、その事実を誰も受け入れてくれない。

 当事者の私は完全に蚊帳の外である。

 そのくせ、名前だけ使われた可愛そうな娘扱いされて、マスコミは相変わらず屋敷に張り付いている。

 私はTVを消して、控えていた橘に指示を出した。


「桂華銀行内部の人間を洗って頂戴。

 内通者が居るわ」


 私が主導した事は一部の人間しか知らないが、ムーンライトファンドが私の名義で一条と橘しかアクセスできないのは桂華銀行首脳部ならば知っている。

 おそらく幹部の誰かが橘と一条を引きずり下ろすために流したのだろう。

 こういう時に、寄せ集めででかくなったこの銀行は脆い。


「一条。

 貴方の手駒を抜擢して送ることはできる?」


 電話越しに聞いている一条は私の質問をあっさりと否定した。


「無理です。

 旧極東銀行系の人間の優遇は、他行系の人間の嫉妬を買いますし、中小企業救済事業で手一杯です。

 それよりも植民地に島流し状態になっている大蔵省の天下り連中を抱え込んでしまった方が内部の動揺は収まりますよ」


 このあたり現場にいるだけに無駄に説得力が有る一条の話に私は苦笑するしか無い。

 一条には私の苦笑は見えていないだろうが。


「そのあたりは一条に任せます。

 橘。

 一条の補佐をお願いします」


「承知いたしました。

 それと仲麻呂様が午後からお会いになるそうです」


 この件だろうなぁ。

 橘の報告に私は深く深くため息をついた。




「お久しぶりです。

 仲麻呂お兄様」


「色々言われているみたいだけど気にしなくていいよ。瑠奈」


 互いの挨拶にそれぞれ緊張の糸が走る。

 とはいえ、腹の探り合いをするのもきついので、私から仲麻呂お兄様に切り出した。


「それで、桂華グループとして落とし所はどのように?」


「一番穏当な所ならば、瑠奈からムーンライトファンドを取り上げる事だろうね。

 けど、額が額だし、瑠奈はこれを読んで資産を移動させているのだろう?」


 万一を考えて赤松商事のペーパーカンパニーの一つに資源ビジネスの収益の一部を隠していたりする。

 本気で探れば出てくるだろうけど、あまりに急拡大した桂華グループは桂華院家ですら状況把握ができなくなっていた。

 現在九段下に建設中のビルは私の居城になる予定だが、この資金の出処もムーンライトファンドから数社のペーパーカンパニーを噛ませて辿れないようにしていた。

 おまけに、ムーンライトファンドの連中は橘か一条というか、実際に神がかり的に収益を増やし続けた私の命令しか受け付けないだろう。


「たしかに小学生のお小遣い程度は残そうと思っていますけど」


 最近の小学生の小遣いは知らないが、赤松商事のペーパーカンパニーに隠した財産は三千億程度に膨らんでいたりする。

 この時点で、ムーンライトファンド本体の財産は既に兆を越えており、資金の殆どは桂華銀行に融資されていた日銀特融の返済に使われる予定だった。

 ここでこの財産が桂華院家に抑えられるのは日本経済再生にとってはかなり痛い。


「まぁ、それについては置いておきましょう。

 仲麻呂お兄様。

 問題はこの騒動の終わりをどのように周りは考えているのでしょうか?」


 私の質問に仲麻呂お兄様は言い切った。

 つまり、それこそがこのスキャンダルの仕掛けの本質だと。


「統一地方選。

 いや、東京都知事選が終わるまでだろうね」


 スキャンダルというものは面白いもので、その進行は逆説的なのだ。

 どういう事かと言うと、辞任や選挙の敗北をもって、その疑惑が正当化されるという一面がある。

 この時期のマスコミが多用した『民意』というやつだ。

 だからこそ、過半数が取れていない参議院が問題になる。

 参議院問責決議で、大臣の首が取れる現状は渕上総理にとって苦しいどころではない政権運営に繋がっていた。


「野党の狙いは柳谷金融再生委員長ですか」


「そのあと与党の反主流派と組んで政権奪取まであると思うよ。

 少なくとも財閥解体を政策の柱に据えている野党に政権は任せたくないというのが、私や父上の本音さ」


 淡々と話していた仲麻呂お兄様はここで爆弾を投下した。


「実は、桂華製薬に合併の話が来ている。

 相手は岩崎製薬」


 それの意味することは一つだ。

 桂華グループの取り込み。

 いや、岩崎財閥による桂華グループの吸収。


「お受けになるのですか?」


「悩ましい所だよ。

 製薬事業は研究費が高騰している。

 いずれは規模を拡大させないときついというのは事実なんだ。

 うちは事業規模だと中堅だからね」


 仲麻呂お兄様は私を見詰めて淡々と続けるが、相当にキナ臭い話である。

 そして今更だが確信する。

 少なくとも仲麻呂お兄様と、多分清麻呂叔父様は私の事を見抜いていると。


「ついでに言うと、桂華化学工業も岩崎化学とくっ付けられるというメリットがある。

 日本トップクラスの大財閥との合併だから、よほどの事がない限りこちらには損は無いし、こちらも岩崎財閥の株主一族として名を連ねるという訳だ。

 瑠奈がいろいろしなければね」


「やはり問題は桂華銀行ですか?」


「あそこが抱えている帝西百貨店グループと赤松商事はどの財閥でも喉から手が出るほど欲しいよ。

 狙っている連中は、桂華グループを食べれば必然的に桂華銀行がくっ付いてくると思ったのだろうが、今回の騒動でムーンライトファンドという謎の存在がどうしても邪魔になると知った。

 だから表に出してその正体を探る必要があった。

 その正体が瑠奈だとは流石に誰も思っていないだろうけどね」


 話疲れたので橘に命じてグレープジュースを持ってこさせる。

 仲麻呂お兄様はコーヒーだ。


「ムーンライトファンド。

 欲しくないんですか?」


「欲しくないと言ったら嘘になるな。

 数千億、下手すれば兆の金があるファンドだ。

 けど、瑠奈に嫌われるのを考えると、あまり良い選択じゃないな。

 少なくとも私も父上も、渕上総理と泉川副総裁を敵に回す勇気はないよ」


 冗談ぽく言ってのけた仲麻呂お兄様を見て私は笑う。

 仕掛け人は、野党もしくは与党の反主流派または財閥解体論者。

 それに桂華銀行を狙った岩崎財閥に刺激を受けた他の大手財閥がスポンサー。

 橘がその機を見て、私達のテーブルにグレープジュースとコーヒーを置いた。


「身ぐるみを剥ぎ取らない程度なら、使ってもらって結構ですわ」


「言っただろう。

 瑠奈に嫌われたくは無いと。

 後見人代理で私の名前を世間に晒す。

 参議院の手打ちとして、参考人招致はしないといけないだろう。

 その人柱になるのが私という訳だ」


「それでは何の罪もないお兄様が晒し者になるだけではないですか!?」


 立ち上がって私が叫んでコップからジュースが溢れる。

 それを邪魔にならないように橘が拭き終わるのを見て仲麻呂お兄様は笑った。


「誰かがやらねばいけない事だし、瑠奈はまだ子供だ。

 これぐらいは兄として良い所を見させておくれ」


 翌日。

 桂華グループはムーンライトファンド所有者である桂華院瑠奈が未成年である事を理由に、当主である桂華院清麻呂が後見人である事を発表。

 同時に参議院参考人招致として清麻呂の一人息子である仲麻呂が代理出席する事も公表された。




────────────────────────────────


参議院問責決議

 ねじれ国会下では、これで大臣の首が取れる。

 これを食らった大臣はその後の参議院委員会審議に顔が出せないからで、大体辞職または内閣改造で外される事が多い。

 そのため、政権運営は否応なく厳しくなる。


民意

 某モリカケでたとえるならば、財務省税務局長の辞職で火がついて、新潟知事選での野党候補敗北で鎮火したという感じ。

 

参考人招致

 国会の委員会において参考人を呼んで意見を聞くこと。

 最近は政治ショーになっている。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る