出るJSは打たれ……るのか? その1

 帝国経済団体連合会。

 それは、日本経済の司令塔であり、財閥の牙城である。

 そこでの議題で採択されたものは、経済界の陳情として政府に働きかけることになる。


「会計ビッグバンの凍結か。

 現状では当然よね」


 金融ビッグバンの影に隠れているが、この会計ビッグバンも日本経済停滞の原因と叩かれて久しい。

 その目玉は時価会計で、これが不良債権処理に重たくのしかかるのだ。

 この時期の日本企業は、含み益というものでその体力を作っていた。

 そもそも、不良債権というのは株式や土地の含み損である。

 100万円で買った株が200万になったら100万円の利益と考えるのが含み益、

 逆に、50万円となったら50万円の損と考えるのが含み損。

 こういう考え方なのだが、問題はそれの評価時期に有る。

 この時期の日本では簿価、つまり購入時の価格でこの含み益や損を決めていた。

 ところが、米国ではこれを時価、その時の価格で決定していた。

 これの何がまずいかというと、価格が右肩上がりならまだいいが、右肩下がりだと常に損失処理をしなければならないところにある。

 日本の不良債権処理が長く続いた理由がこれだ。


「不良債権処理で病人になった日本経済に必要なのは栄養と薬なのに、ダイエットをしようとしている」


 なんて叩かれたりしたものだ。

 なお、その最たるものが消費税増税で、大蔵省の不祥事と相まって今の大蔵省はまだ組織が機能していない。


「財閥にとっては死活問題ですから。

 株式の持ち合いがリスクになりますし」


 橘の説明に私は改めて書類を眺める。

 時価会計の移行は財閥解体による経済活性化政策として、与野党のある程度に認識されているのがまた頭の痛い所だった。

 時価会計というのは経済状況が好転して含み損が消されるのならば何も問題がないのだが、一度信用不安が発生してバレた瞬間に一撃死という恐怖がありえるのが怖いのだ。

 実際に発生した一撃死は、97年に発生した北海道開拓銀行なんかが良い例になる。

 この時価会計というのは、投資家向けに作られた制度なのだ。

 今の日本の財閥が微妙に残っている経済界に対して、改革開放の目玉ともてはやされている政策だった。


「財閥不要論かぁ。

 このあたり厄介なのよねぇ」


 私のボヤキに橘が珍しく突っ込む。

 真顔で。


「とはいいますが、世間は桂華銀行買収と桂華グループの焼け太りにあまり良い顔はしておりません」


 だろうなぁ。

 惨事を防いでしまったが故の代償。

 現在の日経平均株価は20000円台でロシア金融危機を乗り切り、消費税増税による不景気は来ていたが、渕上総理はこの不景気を防ぐために大規模公共事業を柱とした予算を組んで対処しようとしていた。

 そうなると、これらの対処の手段に目が行くのは当然で、参議院で過半数が取れていない事がここで響く。


「つまる所、財閥救済ではないか!」

「桂華銀行を桂華グループに売り払った結果、桂華グループの焼け太りではないか!」


 野党の追求を受けてマスコミが騒ぎ、マスコミが騒げば野党がボルテージを上げるという悪循環に国会は難航していたのである。

 その上で冒頭の話に戻る。

 帝国経済団体連合会主催のパーティーの招待状。

 この手の会議は清麻呂叔父様が出席するので、私はパーティーの花として出席して欲しいというやつだ。

 帝西百貨店のポスターとか、帝亜国際フィルハーモニー管弦楽団とのコラボのおかげで名前が売れた事もあるのだろう。


「お嬢様が嫌がるようでしたら欠席なさってもよいと思うのですが?」


 橘の気遣いに私はゆっくりと首を横に振った。


「大丈夫よ。

 表でパーティーの花ぐらいはいつもやっているじゃない」


 その時の私は気づいていなかった。

 表に出る事の代償を。




 会場のホテルに到着すると途端にフラッシュがたかれて、マスコミの皆様が開けてないドアに一斉にマイクを突き付ける。

 記者達の社章を見ると、週刊誌あたりらしい。


「桂華院瑠奈さんですね!

 お話をお願いします!!」


「週刊○○の者です!

 桂華院さん一言!!」


「女性○○○です!

 モデルとしてお話を……」


 慌てて警備の者が記者を引き離そうとするが、彼らは数と報道の自由を振りかざして遠慮なく私の写真を撮りまくっていた。

 橘が運転手に指示を出して、ホテルの地下駐車場へ向かうように指示を出す。

 こういう時に車に乗っていると安全ではあるが怖いことには違いない。


「帝西百貨店グループのポスターにお嬢様が登場してからぽつぽつと取材が来ていたのですが、全てお断りしておりました。

 記者の数はそのせいではなかろうかと」


 直で向かうと待ち伏せされかねないので少し周囲を周回する間に橘があの記者達が居た理由を口にする。

 とはいえ、帝西百貨店グループのポスターに出たのは去年だから、今頃大挙して押し寄せるとも思えない。


「橘。

 あそこに居た連中、芸能誌よね?」


「みたいですな」


「どうして、経済部の記者が居なかったのかしら?」


 私がマスコットとして出てきたのならば芸能記者が出るのは分かる。

 だが、あのパーティーは帝国経済団体連合会主催のパーティー。

 経済部の記者が取材をしに来てもおかしくは無かったはすだ。



 じゃあ、経済部の記者は何処に消えた?



「はい。

 仲麻呂様……はい。

 はい。

 かしこまりました」


 考え込んでいた私の耳に橘の声が聞こえる。

 相手が仲麻呂お兄様である事を知って尋ねようとした時に、先に橘が口を開いた。


「申し訳ございません。

 お嬢様。

 仲麻呂様の指示にて、今日のパーティーの出席はキャンセルするようにと。

 それと記者がつけている様子なので、途中で警護を増やす事をご承知ください」


 ちらりとサイドミラーから背後を見ると、カメラをぶら下げた原付き乗りが数台付いて来ていた。

 これは屋敷の方にも記者が張り付いているなと思ったら案の定で、その理由を翌日のTVの週刊誌紹介で知ることになる。




『泉川副総裁と桂華グループの黒い糸!?』


 先ごろ立憲政友党副総裁に復権した泉川副総裁と新興財閥桂華グループの黒い疑惑が発覚した。

 参議院選挙で桂華グループは泉川副総裁の長男である泉川太一郎参議院議員を全面支援し、柳谷金融再生委員長が泉川派に所属していることから、実質国有化になっていた桂華銀行売却の便宜を図った疑惑が浮上。

 利益供与の疑いが出てきた。

 泉川議員及び桂華グループ広報はこの疑惑を全面否定したが、野党側は泉川副総裁の証人喚問を視野に入れつつこれを追求する方針で参議院の波乱は必至となった。

 現在今年度予算審議中の与党にとっては頭の痛い問題が発生した事で、これ以上の審議の遅れは予算通過の遅れに繋がり、与野党ともに駆け引きが……




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会計ビッグバン

 史実ではそれまて健全に見えていた長銀破綻が引き金になる。

 なお、これを持ってしてもエンロンやリーマンは破綻した。


現在の日経平均株価は20000円台

 史実の99年冒頭の価格は13000円台。

 拓銀や山一の破綻を軟着陸させて、アジア経済危機やロシア経済危機を乗り切ったのでかなりうまくやっている。


今回の疑惑の参考

 某モリカケ

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