カルテット・クリスマス

 12月22日。

 世間はクリスマスで浮かれているこの日のお昼。

 私はアヴァンティーの奥の席で、ミルクティーとパステル・デ・ナタを堪能していた。

 パステル・デ・ナタは日本ではエッグタルトと呼ばれてもうすぐ大流行する事になるのだが、この店はそんな最先端に乗っているのが良い。


「なんだ。桂華院。

 来ていたのか」


「映画の帰りでね。

 この後パーティー続きだから、今のうちに気分転換をとね」


 クリスマスパーティーともなると、どこの家も権勢を誇るショーでもあるからお邪魔というのが結構難しいのだ。

 うちはうちでパーティーをするし、栄一くんの所や裕次郎くんの所もパーティーが決まっている。

 光也くんの所は無理してそんなパーティーをする必要はないが、私達がこんな状況なので参加をしない事を先に告げていた。


「何を見てきたんだ?

 カフェラテにチョコレートケーキお願い」


 私の向かい側に光也くんが座る。

 手には大きな書店の袋があるから、本でも買ってきたのだろう。

 時間が有る時、彼はここで本をよく読んでいる。


「インド映画でね、三時間を超えるのよ。

 あれ、歌と踊りを取っ払えば、一時間半で行けるわよ。

 光也くんは何の本を買ってきたの?」


「こいつ。

 桂華院が薦めたジャンルをある程度読んでいるんだが、これが一番流行っているらしい」


 たしかに一時代を築いた本だ。そいつは。

 お返しとばかりに私も買ったばかりの本を見せる。


「知らないノベルだな?」

「そりゃあ少女小説ですから♪」


 しばらく互いに言葉を交わすこと無くただ本をめくる音だけが聞こえる。

 そんな静かな空気の中、次の来客が現れた。


「あ。居た居た。

 二人共探したよ」


「裕次郎くん。こんにちは」

「泉川どうしたんだ?」


 そのまま椅子に座った裕次郎くんは、店員を呼んでミルクティーとティラミスを頼んだ。

 そして、私達に来訪の理由を告げた。


「僕は今日の夜には地元に帰るからね。

 それまでに挨拶をと思ってさ。

 今年一年ありがとうございました。

 来年もよろしくお願いします」


「こちらこそ」

「同じく」


 頭を下げる裕次郎くんに合わせて私達も頭を下げる。

 日本人らしい挨拶は既に小学生のDNAに装備され……ている訳もなく、この二人が先を進みすぎているだけだろう。多分。


「次に会うのは新学期かぁ。

 ちょっと寂しいわね」


「桂華院さんは何か用事でもあるの?」


 私の言葉に裕次郎くんが質問し、私が何気無しに返事をする。

 店員が裕次郎くんのミルクティーとティラミスを持ってきたのを確認してから、私はそれを告げる。


「色々目立ったから、あちこちからお誘いが来ているのよ」

「桂華院の目立ち具合は確かに際立っているからな」


 帝西百貨店の看板娘としてデビューし、帝亜国際フィルハーモニー管弦楽団から『第九を歌わないか?』なんてお誘いが来ている。

 かと思えば、裏ではムーンライトファンドのボスとしてこの国の不良債権処理に関わり、泉川副総裁と連携して金融行政のグランドデザインを書く羽目に。

 新設された金融再生委員会の柳谷委員長は泉川副総裁の派閥だった事もあり、桂華銀行を使った不良債権処理にも一条と橘を使って関与しているのだから小学生のする仕事ではないと思う。本気で。

  

「何だ。

 みんなここに居たのか」


 入り口から声がしたので振り向くと、栄一くんが入ってきていた。

 そしてやって来た店員にいつものと頼んでコーラを持って来させる。


「まあね。

 栄一くんも今日出発するの?」


「いや。

 クリスマスイブパーティーの後は中部の家に戻るんで、挨拶をと思ってな」


 帝亜グループの本拠は中部に有る。

 こちらには屋敷こそあるが、栄一くんの本来の家は中部の方になるのだ。

 繰り返しの会話になるがこの手のは繰り返しこそ大事。

 裕次郎くんが私達の会話に割り込んでくる。


「僕は今日地元に帰る予定」


「そうか。

 今年一年ありがとうございました。

 来年もよろしくお願いします」


「よろしく」

「よろしくね♪」

「よろしく頼む」


 裕次郎くん、私、光也くんの順で挨拶を返す。

 ふと私は面白くなって笑った。


「何が面白いんだ?瑠奈?」


「ほら。

 私達クリスマスに会えそうも無いじゃない。

 きっとこれからも、こうしてこの日この場所で挨拶をしていくのかなって」


 栄一くんが私の言葉を聞いて、マスターを呼び寄せる。

 やって来たマスターに栄一くんはこんな事を言った。


「マスター。

 この席、予約して欲しいんだが。

 来年のこの日、再来年のこの日とずっと」


「かしこまりました」


 私達が何者なのか知っているマスターはただ一言だけ言って頭を下げて去ってゆく。

 そんな彼を視線で追っていたら窓の外にちらつくものを見付けた。


「あ。雪……」


 積もる雪ではない舞う雪がクリスマスの彩りを飾り付ける。

 本を読んだり他愛ないおしゃべりをしたり、夕方になるまで私達はそんな貴重で大事な時間を過ごした。


「じゃあ、そろそろ帰るね。

 また来年」


「またね。裕次郎くん」


 店を出ると先に裕次郎くんが手を振って迎えの車に乗り込む。

 次は光也くんで、手を振ってから地下鉄の駅に向かって歩き出す。


「じゃあまたな。瑠奈」

「またね。栄一くん」


 そして、最後まで残った栄一くんが車に乗ろうとして、私の方に戻ってくる。

 首を傾げる私に、栄一くんはただ一言だけ言い忘れた言葉を私に告げた。 




「メリークリスマス。瑠奈」

「……メリークリスマス。栄一くん」


 神様。

 どうか、私が断罪されても、彼らとのこの時間を忘れないように。

 どうか、私が断罪されるまで、彼らとの良い思い出を紡げますように。




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インド映画

『ムトゥ 踊るマハラジャ』。

一緒に行った友人は「歌と踊りを切れば一時間半に収まる」と言って互いに見ていたものが違っていたことが発覚。


光也くんの本

『ブギーポップは笑わない』

多分これ一冊だけだったらはまらなかった。私がすっ転んだのは『VSイマジネーター』のせいである。

四月に降る雪素敵やん。


私の本

『マリア様がみてる』

 両方この時期に出ているんだよなぁ。

 もちろんレイニー止めで苦しむみんなを見て愉悦する予定。


第九

 ベートーヴェン交響曲第9番第四楽章『歓喜の歌』

 年末になるとよく聞く事ができる。

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