運動会 レース編

「位置について。よーい」


 ピストルが鳴らされ、私は一気に駆け出した。

 一応小学生なので、学校イベントというものがある訳でして。

 秋になったのだからと、文化祭と運動会のシーズン到来である。


「速い!速い!!

 桂華院選手一着でゴール!!!」


 別名、帝都学習館カルテットの悪目立ちの舞台とも言う。

 チームのみんなに手を振りながら席に戻る。

 100メートル走、障害物レース、女子組対抗リレーのアンカーが私の出番である。


「おつかれ。瑠奈」

「やっぱり速いな。桂華院さんは」

「とはいえ、俺たちのチームは得点は良くはない。

 みんなやる気が無いんだよ」


 考えてみればそうで、ここの連中は基本将来が約束されているエリートである。

 そんな連中が今更走るぐらいで何を熱くなるというのかという訳で。

 参加者のほとんどが、義務感とそこそこの気だるさで運動会に参加している有様だった。


「じゃあやる気を出させるには?」


 タオルで汗を拭きながら私が適当に尋ねる。

 それに答えたのは裕次郎くんだった。


「感動させればいい。

 勇者が前に出れば、兵士も勇者になる」


「ならばそれは俺の役目だろう」


「帝亜。勝手に決めるな。

 俺がするから、お前は引っ込んでろ」

 

「なんだと?」


 自然なやり取りに私がたまらずに笑う。

 何がおかしいのかと視線を向ける三人に私はウインクして言ってのける。


「それこそ、目の前にトラックがあるのだから、走って決めれば?」


と。


「速い!速い!!

 誰も寄せ付けずに帝亜選手一着でゴール!!!」


「二番手が必死に駆けるが追いつけない!

 最後は流しながら泉川選手一着ゴール!!」


「競った!競った!!

 勝ったのは後藤選手だ!!!」


 三人共一着でしたとさ。

 知っていたけど。




「で、何でここにいるんですかー。

 写真家の先生?」


 笑顔とは本来攻撃的なものである。

 もっとも、それを意識していない人間には効かないという欠点もあるのだが。

 この先生はそんなタイプの人だった。

 ぽんと私に箱を投げて、受け取った私が中を開けるとそこにはシューズが一つ。


「仕事でスニーカーのやつを受けたのだけど、いいモデルが居なくてね。

 で、ちょうど運動会やっているって聞いたからお邪魔した訳」


 この人の情報網はどうなっているのだろう?

 というか通していいのかよ。この人。


「モデルはお断りしますよ」


「スニーカーで澄まし顔されても困るわよ。

 あげるわ。

 それを使って走って頂戴。

 あとは勝手に撮るから」


 まったく話を聞いていねえ。

 これだから芸術家ってのは。

 多分何を言っても無駄だと思うので、ため息で了承して折角だからと写真家の先生にも聞いてみることにした。


「うちのやる気のない運動会、やる気を出させるにはどうすればいいと思います?」


 写真家の先生はウインクしてあっさりとこう答えた。


「簡単な話よ。

 私に撮らせれば、来年からみんなのやる気を引き出してあげるわ♪」




「最後の種目、女子組対抗リレーの開始です。

 さぁ、一斉にスタート……おおっと!一組転けて出遅れた!!」


 私達の組のランナーが転けて大幅に出遅れた。

 現状のチームのやる気だと、諦めてそのまま最下位って所かな。

 トータルの点数では優勝を決めているしそのまま流しても……


「諦めるな!

 瑠奈ならなんとかするに決まっている!!」


 耳に飛び込んできたその声に私のやる気に火をつける。

 馬鹿だなー。あいつは。

 この距離をなんとかできると思っているのかしら?


「走って!少しでもタイムを縮めて!!

 三秒縮めれば!桂華院さんならまくれる!!!」


 具体的な指摘ありがとう。裕次郎くん。

 そういうおだて方で何度私は乗せられたことか。


「桂華院の走りを信じろ!

 あいつが人の後ろを走るなんてあるわけ無いだろうが!!」


 光也くんの応援にぽんと手を叩く。

 言われてみればそうだ。

 悪役令嬢に生まれた以上、主人公以外に負けることは許されないのだ。

 ちらりと写真家の先生を見たら、カメラを構えてニヤけてやがる。


「あの先生を喜ばせるのはしゃくだけど、ちょっと悪役令嬢らしくチームの危機を救っちゃいますか」


 腕を組み、肩をならして、軽く跳ねる。

 一人、二人と次々に最終ランナーが出ていって私だけが残っていたのに、すっと私の世界から音が消える。

 駆けてきたランナーからバトンを受け取って、私は駆ける。

 強く、速く、風のように。


「追いついた!

 桂華院選手ゴール前で追いついた!!

 そしてかわしてゴール!!

 最下位からのごぼう抜きの大逆転!!!」


 クラスからの大歓声に手を振って応える。

 そんなクラスの中で、三人ばかり『ほらな』顔でドヤっていたので目を合わせないであげた。

 なお、男子組対抗リレーは当たり前のごとくあの三人のおかげで圧勝だった。




「しっかし、瑠奈も抜け目ないよな。

 運動会の時にポスター撮影するなんて」


「あれ勝手にやってきたのよ!」


「けど、桂華院さん、あのスニーカー帝西百貨店グループの独占販売にしたんでしょう?

 品切れ続出ってニュースになっていたよ」


「それぐらいしないと割が合わないじゃない!!」


「……で、またあの写真家がやって来るんだろうよ。

 味を占めて」


「お願い。言わないで。

 結構それは私にきくの……」


 好き勝手喋りながら、私達は帝西百貨店系列のコンビニに貼られた、私のポスターを通り過ぎた。

 ゴール前でランナーをかわした瞬間の真剣な眼差しの私の姿を見て、あの写真家腕は確かだわと敗北を認めたが、ずるずるとモデル沼に引っ張られそうで苦笑するしか無かった。




────────────────────────────────


今みたいに学校が警戒するようになったのは、2001年の事件からである。


シューズ

 ナイキのエアマックスはちょうどブームが終わっていたりする。

 そうなるとメーカーとしてはミズノかアシックスかなと考えて決まらなかったのでとりあえずぼかしておく。


ちょっと……救っちゃいますか

 『壮大に何も始まらない』

 この話自体がまさにそれである。


瑠奈の逆転劇

 『ここはグリーンウッド』(那州雪絵 白泉社)の蓮川一也が元ネタ。

 まぁ、『ウマ娘プリティーダービー』があまりに素晴らしかったのでつい。

 あのアニメを見て好きになったのはキングヘイロー。

 誰だよ。『高貴な雑草』ってコメつけたやつ……

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