VS ハゲタカ ROUND1

 日本の企業グループは株式の持合を中心にした緩い企業連合によって構成されている。

 財閥系企業は中核会社や持株会社という形で指導ができるが、昨今の中小財閥解体でそれらの企業が身を守る手段として静かなブームになろうとしていた。

 私は自分の屋敷の居間で、用意されていた書類に目を通した。


「鳥風会。中々の名前じゃない」


 桂華グループは、本来の桂華製薬を中心とした中堅財閥から、極東グループや帝西百貨店グループ、桂華銀行・桂華証券、赤松商事等を含めた企業グループに成長しようとしていた。

 そうなると問題になるのが、中枢企業による他企業の統制であり、その解決策としての社長会による集団指導体制である。

 なお、社長会だと味気ない事から大体雅な名前が付けられる事が多く、桂華グループが作ろうとする鳥風会の由来は『花鳥風月』からで、桂(月)華(花)を取って『鳥風会』である。


「これだけ大きくなると桂華製薬だけで指導はできないか。

 で、社長会参加企業はどこ?」


 私の質問に橘が答える。


「桂華製薬に桂華化学工業、桂華銀行と桂華証券に桂華ホテル、帝西百貨店に秋に合併する赤松商事です。

 社長会の開催に伴って、株式の持合と整理が行われる予定です」


 グループの統治に株式の持合を行うのは悪くない手ではあるが、急拡大の結果現在の桂華グループはそれが歪んでしまっていた。

 旧極東系の桂華ホテルは、旧北海道開拓銀行のリゾートをもらい、帝西百貨店グループ保有のトリプルオーシャンホテルとの合併を計画しており、桂華製薬や桂華化学工業が持っていた持ち株比率が低下していた。

 桂華証券や帝西百貨店、秋に合併する赤松商事は不良債権の切り離しに伴う損失の責任を取るために減資しており、桂華銀行から資本を注入されていた。

 そして、その中心に居た桂華銀行も不良債権処理を日銀特融で賄ったことで、大蔵省の影響力が大きく、大蔵省が不祥事で脳死している今の内に桂華グループで経営権を握る必要があったのである。

 

「で、ムーンライトファンドを使って、これらの株を買って持合を完成しようという訳ね」


「はい」


 私の確認に橘が頷く。

 私が押さえている『ムーンライトファンド』の資産はITバブルに乗って数千億円の資産規模になっていた。

 この資産を担保に桂華銀行から資金を借りて桂華銀行株を買って、株式の持合を完成させようというのが今回の話である。

 米国に本拠があるムーンライトファンドは、桂華銀行とは別扱いな点を使った仕掛けである。


「……現在の日本の不況は、財閥経営とそれから逃れたい財閥がグループという欺瞞でごまかそうとしている事から始まっているのです!

 日本再生の為には、断じてこれを許してはなりません!!

 財閥から日本経済を開放し、構造改革によって日本経済を再生……」


 テレビの経済番組から聞こえる野党議員の批判は、日銀特融を利用して好き勝手して焼け太りしているように見える桂華銀行に批判が集中していた。

 私はテレビを消して首をひねった。


「で、あれは何?」

「見ての通りのやっかみだと思いますが」


 私の質問に橘はそっけなく答える。

 こちらがグループの再編を始めようとした矢先の批判である。

 それに合わせてテレビの経済番組や週刊誌では、財閥解体とグループの株式持合いの解消という形で批判が噴出していた。


「これ、仕掛け人がいるわね」


 私は断言する。

 まぁ、前世で知っていただけとも言うが。


「ハゲタカファンド。

 たしかに食べるには美味しいでしょうね」


 倒産した企業を買ってその資産を売却したり、企業再建をして再上場や売却で利益をえるファンドの事を日本ではまとめてハゲタカファンドという。

 不良債権に苦しむ日本企業は、彼らハゲタカファンドにとって格好の買い時になっていた。

 とはいえ、金融機関が前世より持ち堪えているので、手が出しにくいというのがあったのだが、大蔵省不祥事のせいで身動きが取りづらい桂華銀行は彼らに隙を見せた形になっていた。


「確認したいから、桂華銀行の株価と株主についてお願い」


「現在の桂華銀行の株価は合併と減資した事で、上場を廃止しております。

 実質的に大蔵省が株式のほとんどを握っており、おそらくはこの株式を取得するというのが彼らの目的でしょう」


 桂華銀行に融資した日銀特融は無担保無制限ではあったが返さないといけないものである。

 その返済に一番都合が良いのが、桂華銀行株の売却だった。

 公開する前に桂華グループ各社に過半数を割り当て、残りは株式公開後に売却すれば、日銀特融については返済のめどが立つ計算になっていた。

 それを横から掻っ攫うつもりなのだ。

 桂華銀行を手に入れれば帝西百貨店グループ・桂華証券・赤松商事等売り払うにせよ、企業再生するにせよ宝の山が手に入る。


「競売になるわね。これ」


 目前に迫った参議院選挙を前に、支持率を上げたい与党にとって桂華銀行の問題は政治案件になってしまっていた。

 その為、中でなぁなぁで進めるはずだった桂華銀行の株式取得問題は、競売という形で公平に進める事になるだろう。

 考え込む私を尻目にドアがノックされて、メイドの一人が橘に何かを囁く。


「お嬢様。

 お嬢様にお客様がいらしてございます」


「今日は誰も来る予定は無かったはずだけど。

 その無粋な客ってどなた?」


 ジト目で尋ねた私に、橘はメイドからもらった名刺を差し出した。

 えらく長い横文字の肩書きの下に、名前が記されている。


「パシフィック・グローバル・インベストメント・ファンド。

 極東地区ファンドマネージャー。

 アンジェラ・サリバン氏と名乗っております」




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トリプルオーシャンホテル。

 2880億円で買収し、3654億円で売却された。

 買いたい連中は色々居る模様。


減資

 累積赤字の補てんや節税のメリットが有る。

 デメリットはこの時期の減資は100%減資(つまり今までの株は紙くず)になるのがデフォなので、株主責任を取らされるという事に。

 100%減資から増資までが基本ワンセット。


ハゲタカファンド

 不良債権ファンドが本来の意味でのハゲタカなのだが、外資ファンドが一斉にやってきた為に日本では企業再生ファンドや企業買収ファンドとごっちゃになっている。

 一般人ではハゲタカ=外資ファンドという時代ですらあった。

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