北の翼

 北海道開拓銀行が破綻から回避されたために、運命が変わった会社がそこそこあったりする。

 そんな会社の一つが、今羽ばたこうとしていた。


「では、テープカットをお願いします!」


 笑顔で私は新千歳空港の式典に参加し、目の前のテープを切る。

 なお、私の隣では黄色い地方局のマスコットがシューシュー言いながらハサミを持って……あ、持てるのか。ハサミ。

 格安航空会社『AIRHO』の千歳-羽田便就航記念式典はこうして道内経済界関係者を集めて華々しく行われた。




 世界でも指折りの利益率を誇る千歳-羽田便。

 日本の航空会社による寡占で料金が高止まりしていたのだが、それに道内から不満が出て格安航空会社をベンチャーとして立ち上げる事を目指していた。

 その手続は規制緩和の目玉にしたい政府や北海道の支援もあって順調に進んでいたが、資金面で苦しめられたというか銀行が不良債権処理問題に追われて何処も中々貸してくれなかったのである。

 ベンチャーといえども航空産業は莫大な資本を投下しないと成功しない。

 なぜならば、主役となる飛行機が恐ろしく高いのだ。

 安いのでも100億は当たり前にする。

 だから、ベンチャーとしてはこの機体をリースで運用する腹積もりだったが、大手が対抗して価格を下げた結果体力勝負に持ち込まれて破綻に追い込まれた。

 私は桂華銀行に融資を申し込んでいるAIRHOの案件を一条と橘を使って介入する事を決めた。


「悪い考えではないけど、大手はこっちの価格に対抗して価格を下げに来るわよ。

 体力勝負に持ち込まれたら、負けるに決まっているわ」


「では、この融資お断りする方がよろしいので?」


 一条の確認に私は首を横にふる。

 テーブルに置かれたグレープジュースを飲んで口を開く。


「北海道の新しい産業の芽を潰したくもないのよ。

 たしか赤丸商事は航空機に関してコネがあったでしょう?

 アジア通貨危機で東南アジア諸国向けにキャンセルになっている航空機が出ているだろうから、同じ機種を揃えて購入しておいて。

 業績が良くなるなら買ってしまえばいいし、撤退するとなっても赤丸商事だからうまく売りさばけるわ」


 こういうキャンセル機は行き先がない事もあってかなり安く買える。

 その赤丸商事が航空機を買いAIRHOにリースする事で、金の流れをこちらでコントロールする。


「要は価格が下がればいいのでしょう?

 ならば、独立してやるより何処かの下に付いた方がましだわ。

 今ならば、大手に高く売れる。

 コードシェアの提案を航空各社にしておいて」


 コードシェアとは共同運航便の事で、こちらからすると大手の販路が使え、向こうからすると空いて無い羽田空港の発着枠が利用できるというメリットがある。

 販売システムや搭乗手続きも大手に合わせれば、だいぶ楽ができるはずだ。


「で、貨物事業に参入するわよ。

 北海道の商品を都内に短期間で卸せるのは魅力よ。

 旅行会社への売り込みも忘れないで。

 AIRHOを使って、北海道のリゾートを少し割安で満喫できるプランを用意させるように」


 拠点空港が千歳であるAIRHOの場合、朝一で飛行機を羽田に飛ばす必要があった。

 もちろん、朝一だから客もがらがらで、貨物室が空いている事も多い。

 帝西百貨店グループ向けの生鮮食料品と出荷先が明示できるので、北海道側の生産企業も安心して荷を出すことができる。

 個々での再建はきついが、まとめて絵を書けばなんとかなるという例である。


「お嬢様。

 赤丸商事に確認の電話を入れたのですが、米国航空機で最新鋭の機が4機出ているとの事。

 ただ、そのうちの一機が……」




 関係者しか入れない新千歳空港格納庫。

 その真新しいAIRHOの機体を前に私は上から見上げる。


「へー。

 ビジネスジェットねぇ……」


 AIRHOは大手航空会社帝国空輸とのコードシェア及び業務提携を結び、三割安い価格で千歳-羽田間を飛ぶ事になった。

 帝国空輸は格安航空会社に対する経験を手に入れ、こちらは大手航空会社を味方に付けることに成功した。

 販売や整備なども帝国空輸に委託し、そのかいもあって全路線キャンセル待ちが出るぐらい満席だった。

 このキャンセル待ちもコードシェアで帝国空輸便で運べるのが大きい。


「はい。

 赤丸商事の担当によると、もともとは東南アジアの富豪が使う特注品だったそうです。

 それがアジア通貨危機でキャンセルとなって、宙に浮いたとの事。

 4機500億円の所、350億円まで安くしてもらいました」


 タラップを登って中に入る。

 私の知っている飛行機とは思えない空間が広がっていた。


「うわ。

 私の知っている飛行機じゃないわ。これ」


 私の物言いに付いてきた一条と橘も苦笑する。

 一条が奥にと手を向けて私は奥に行くと、途中にはラウンジがあり、後部にはベッドが。


「この機の航続距離だと、東海岸まで直で行けるみたいですね」


 機内のベッドで寝て、目が覚めたら欧米の空。

 なんてセレブリティなのだろう。


「とはいえ、維持にはかなりかかるでしょう?」


「はい。

 個人でこれを持つのはお嬢様でも少しきついかと」


「ですが、私はお嬢様の為に保有してもいいと思っています。

 『ムーンライトファンド』絡みでシリコンバレーの方からいろいろお誘いがありますし、彼らをこちらで接待するにも使えます」


 橘が懸念を示し、一条は肯定的にこの機体の感想を告げる。

 なるほど。

 こいつの処遇で意見が割れたから、私に判断を仰いだという訳だ。


「いいわ。

 保有しましょう。

 これ貨物は使えるの?」


「手は入れてないみたいですね」


「千歳-成田で貨物便の免許を出しておいて」


「定期貨物に使うのはもったいなくないですか?」


 私の確認に橘が答え、一条が今度は懸念を示す。

 私は子供にふさわしくジャンプしてベッドに飛び込む。

 高級ベッドらしくふかふかだった。


「貨物に使うのは別の機よ。

 けど、これを使うために千歳まで行くのは面倒でしょう?

 羽田は枠がいっぱいだから、この手のビジネスジェットが入れるのが成田しか無いのよ。

 貨物便で成田の発着枠を押さえておきましょう。

 ついでにレンタルして、少しは経費を回収できたらいいのだけど」


 嬉しい誤算だったのは、財閥社会・貴族社会が残っていたので需要があったらしく、レンタルを始めたらあっという間に埋まってしまった。

 セレブリティーな方々はヘリで成田まで飛んで、そこから欧米へ飛びこの空飛ぶホテルを堪能したらしい。




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 某TBSの連れ去り事件で、拉致られのプロを思い出して確認してみたらこの年だった。

 下手したら瑠奈は生で『アメフトには気をつけろ キックオフがせまってる』を聞いているんだよなぁ。


AIRHO

 この時期飛び出して数年で破綻する。

 格安航空会社も体力が大事。

 就航は98年年末なのだが、資金繰りとか順調でGW前に就航という設定。


地方局のマスコット

 もちろん、桂華グループというか瑠奈が冠スポンサーである。



今回の飛行機

 ボーイング737-700。

 ビジネスジェットタイプがあるのでこれに決定。

 なお、現実のエア・ドウも保有しているらしい。


 感想の指摘でビジネスジェット機は737-700ERタイプに変更。

 多分こいつの改造が元でERができたという設定で時代のズレを回避。

帝国空輸

 青い航空会社

 もちろん瑠奈はJASがJALに食われてJALが破綻する事を知っている。

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