北極星は何処?

 人の真価は落ち目にこそ分かる。

 大蔵省のスキャンダルに巻き込まれて大蔵大臣を辞職した泉川議員のパーティーは、身内を集めて地元の泉川家の自宅で細やかに行われていた。


「これは桂華院様。

 良くぞいらっしゃってくださいました」


「招待状を貰ったからね。

 裕次郎くんはどこ?」


 政治家のパーティーというのは幾つかの種類がある。

 よく皆が知っているのが政治資金を集める為のパーティーで、パーティー券の価格の何割かがその議員の政治資金となる。

 この間うちのアクトレス号を借りてやったパーティーなんかがそれだ。

 今回のケースは地元の名士や有力者を招いての宴で、本当に身内しか呼ばれないパーティーで、その目的は選挙組織の引き締めにある。


「あちらに。

 よろしければ、お呼びしますが?」


 秘書の気遣いに私は軽く一礼してそれを断る。

 差し出し人が裕次郎くんとはいえ、パーティーの主役は泉川議員だからだ。


「先に裕次郎くんのお父様に挨拶しておきたいわ」


「かしこまりました」


 武家屋敷の和風宴会場の真ん中を私は歩く。

 泉川家は武家の末裔で、地元では名士として名が通っている。

 政治家一家らしく、その貢献から歴代当主は一代男爵位を得ていたりする。

 一代男爵位がある意味継承されている問題は、地味に枢密院制度の問題になっていたりするが、ひとまず置いておこう。

 私の姿が客人たちの話題になるのも仕事の一つである。

 それは、桂華院家は泉川家をないがしろにしないというメッセージなのだから。


「やぁ。

 小さな女王様。なかなかのご活躍じゃないか」


「お久しぶりです。

 泉川のおじさま。

 今、選挙があったら私は当選してしまいますわ♪」


 その大人ぶった物言いに泉川議員だけでなく参列客からも笑いが起きる。

 この年は参議院選挙がある年で、今回のパーティーは地元参議院選挙区で与党を勝たせるために参議院候補者をどうするかを決める席でもあったのだ。

 パーティーの主役である泉川辰ノ助議員は衆議院だが、長男の泉川太一郎氏の参議院選出馬を考えていた。

 ここの参議院選挙区の定数は二。

 野党系候補者が一人と、与党系現職がすでに立候補を決めて運動をしていた。

 なお、私が知っている結果だとこの選挙は与党系まさかの敗北に終わり、現内閣は総辞職に追い込まれる事になるのだが。


「それは頼もしいな。

 君が立候補できる年になったら、私か太一郎に声を掛けてくれ。

 席を用意しようじゃないか」


「考えておきますわ。

 もっとも、まだ先の話ですけどね。

 裕次郎くんはどちらに?」


「ああ。

 少し席を外して星を見ているはずだ。

 よかったら行ってやってくれ」


「はい。

 では失礼いたしますわ」


 一礼して去る前にちらりと裕次郎くんの兄である太一郎氏の顔を見る。

 線が細くて目がきつい感じがした。

 たしか、ゲームでは彼は落選し、それが致命打になって総辞職後の総裁選に泉川議員は負ける結果になる。

 派閥内部と選挙区で力を落とした彼は次の選挙に出ずに引退し、その後泉川家は兄弟間で地盤を巡るお家騒動が発生。

 裕次郎くんが泉川家を背負うというかなりハードな設定だったはずだ。

 彼はゲーム内では18だから、被選挙権が得られる25歳まで動けないのだ。

 彼のルートは、若くしてお家を継いだのにも関わらず、表で働けない彼の苦悩と孤独のストーリーでもある。


「寒いわね。

 星なんか見て楽しい?」


 一人庭で佇んでいた裕次郎くんに私は声を掛ける。

 吐く息が白い。

 春は近いとはいえ、まだまだ私も裕次郎くんも冬着だった。


「北極星を眺めていたんだ。

 何年も何千年も何万年もずっとあの場所でひっそりと佇んでいるのは寂しくないのかなってね」


 なかなか詩人な言い方だが、彼は少し学校での立場が悪くなっていた。

 何しろ現職大臣の引責辞任という大スキャンダルである。

 そういう所は単純で純粋であるからこそ、子供のほうが敏感である。

 それだと光也くんも立ち位置的には孤立するのだが、そもそも彼は最初から孤立していた……げふんげふん。


「さあね。

 私は星じゃないからそのあたりは分からないけど。

 私なんて輝き過ぎて、みんなから避けられちゃうのよ。ひどくない?」


 その理論で行くと、庶子系で東側と繋がった上に大量の不良債権を残して両親が死んだ私なんて、文字通りのぼっちである。

 事実、精神年齢が高いこともあって、女子たちの間ではある種の不戦協定が成立していた。

 女子グループにはどこへも所属しない代わりに、オブザーバー参加として女子間の仲裁に動くという関係。

 完璧な異物だからこそ取り込めず、排除という選択肢より中立という選択肢を皆が選ぶのだ。

 まぁ、この年ではまだ色恋が絡まないからの関係とも言うが。

 女は男が絡めば、笑顔で友を売る。


「けど桂華院さんらしいよ」

「らしいって何よ!らしいって!?」

「ごめん。ごめん」


 寒空の中二人して笑い合う。

 そのまま冬の星座を眺める。


「ごめんね。

 父が僕の名前で招待状を出したみたいで」


「謝るのはこっちの方よ。

 前のパーティーで迷惑かけたじゃない。

 それで貸し借り無しよ」


 そして二人して笑う。

 寒くなってきたのか体が震えた私に、裕次郎くんは水筒から湯気の出る飲み物を差し出す。

 香りで分かる。

 ロイヤルミルクティーだ。


「どうぞ」

「ありがとう。っ!」

「熱いから気を付けてね」

「もう少し早く言ってよ!

 裕次郎くんにこんな趣味があるなんて知らなかったわ。

 今度みんなで星を見に行きましょう♪」


 ふーふーしながらロイヤルミルクティーを飲む私に裕次郎くんが苦笑する。

 その声と目に若干の諦めがあった。


「桂華院さんが来てくれただけでもありがたいよ。

 あとこんな寒空に誰が付き合ってくれるのやら……」


 裕次郎くんの言葉が止まる。

 あまいな。裕次郎くん。

 そんな気遣い、あいつが気づくわけ無いだろうが。



「おーい!

 探したぞ!裕次郎。

 なんだ。瑠奈もいたのか」


「なんだとはなによ!」


「しかし寒いな。

 泉川と桂華院は何をしているんだ?」


「星を見ていたのよ♪」


 もちろん、栄一くんと光也くんに行く事を告げたのは私だ。

 大人たちは断る方向だったが、私という理由があったために二人の参加をしぶしぶ認めたという事なのだろう。

 ちらりと裕次郎くんを見たら、彼が目をこすっていたのを見逃さなかった。


「裕次郎くんに星を教えてもらったの。

 ほら!

 あれが北極星!!」


 私は自信満々に星空の星に指を指す。

 私の笑顔と高らかな声に裕次郎くんはいつもの穏やかな笑みを浮かべて一言。


「桂華院さん。

 北極星はあっち」


 え……



おまけ


「ちなみに北極星って動いているらしいぞ」

「嘘っ!?」


 私に突っ込む栄一くんと愕然とする私のやり取りを見て笑う裕次郎くんを見て私は確信した。

 知っていたわね。この事を。


「正しいことが全てじゃないさ。

 けど、この言い回しは気に入ったでしょう?」


 目で文句を言っていた私にそう言ってウインクした裕次郎くんに私は黙り込む。

 あんた、立派な政治家になれるよ。




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政治家のパーティー

 そういう理由で、料理が渋い事が多い。

 また、献金手段として企業が買いきってただ券として配るケースもある。


98年参議院選

 新進党崩壊で、楽勝と思われた選挙でまさかの敗北。

 背景の一つに消費税増税による景気の悪化があり、消費税が鬼門として意識されるようになった。

 今と意識が違うのでびっくり。


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