パーティー前に見るできる人

 社交界においてパーティーとは戦場である。

 とはいえ、私みたいな幼女を引っ張り出すなんて事は、基本的にしない。

 その基本的にしない事を例外的にしなければならない所が、私という存在が桂華院家の中でも浮いていることを示している。


「冒頭の挨拶のみですが、参加して頂けると助かります」


 自分の屋敷で桂華院家主催のパーティーへの招待状を眺めていると、橘が恭しく参加条件について補足してくれる。

 立っているだけでいいと橘は言ったけど、要するに桂華院家本家も私のことを無視できなくなってきたという事なのだろう。

 何しろ、橘たちが頑張ったおかげで、私の資産は凄いことになっているのだから。

 その資産の持ち主が私である事は、ちょっと探れば誰にでも分かる。

 私を社交界にデビューさせることで、本家がその辺りのことに干渉する契機にしたい、といったところだろうか。


「別にいいけど、最後まで居ろなんて言わないわよね?」

「ええ。

 冒頭の挨拶と、食事の席に適当に付き合ってくれたら帰っても構わないと、当主様より言質を頂いております」


 要するにこれは私の顔見世であり、父がやらかした失敗を桂華院家本家が許す、というセレモニーという訳だ。

 この手の赦免は早ければ早いほど良いからなぁ。


「失礼します。

 橘さん。

 橘さんに来客の方が、二名ほど来られていますが?」


「はて?

 その来客者の名前は?」


 そんな報告を持ってきた佳子さんに橘が問い返すと、佳子さんはそれぞれの来客者の名刺を読み上げた。


「与党立憲政友党、大蔵大臣泉川辰ノ助議員の秘書と、同じく与党立憲政友党、幹事長加東一弘議員の秘書ですが」


 この手の秘書が橘にやって来るのは、表向きは橘が実権を握っていると見られているからで、コネを構築しておきたい腹積もりがあるのだろう。

 秘書がやってくるのはアポイントメントを取るためだけでなく、議員本人が出てくる前フリだ。

 桂華銀行を中心とした不良債権処理の絡みから大蔵大臣が、そして私の父が地盤としようとしていた酒田市を選挙区としている加東幹事長からお誘いが来るのは、ある意味当然とも言えるだろう。


「抜け目がないと言うか、節操がないと言うか……」

「選挙にはお金がかかりますからね。

 来年の参議院選挙は、与党の党勢回復のための決戦でもあります。

 万全を期す為にも、味方に付けておきたいのでしょう」


 泉川大臣も加東幹事長も次の総理総裁候補として名前が上がっているので、どちらに付くのかという話にもなってくる。


「お金があるのだから、両方に賭けておくというのは駄目かしら?」

「悪くはないですが、両方から味方でないと思われかねませんね」


 日本の政治思考と派閥というのを、社会主義や自由主義という視点だけで見ると痛い目を見る。

 もっと分かりやすい、大陸派と海洋派という地政学的な色分けがあって、その上で社会主義だの自由主義だのという主張が出てくるわけだ。

 日本海側は古くから大陸との付き合いがあった事で、大陸派の人間が多い。

 一方で、戦後米国の同盟国として海洋派が主流を占めていた事もあって、日本国内のどの政党も、大体中身は大陸派と海洋派で割れている。


「まぁ、彼らだって本命は私がデビューしてからと分かっているでしょうに。

 嫌われない程度にお茶を濁しておいて頂戴な」


「かしこまりました」



 そんなパーティー当日、開催時間の少し前のこと。

 私に割り当てられていた控え室のドアがノックされた。


「どちら様でしょうか?」


 私について来ていた亜紀さんがドア越しに確認しようとすると、相手はこんな声をかけてきた。


「失礼いたします。

 先日ご挨拶させていただきました、立憲政友党の加東の秘書です。

 加東が是非お嬢様に挨拶をしたいと申しておりまして」


 入ってきた加東幹事長は、今、権勢の絶頂に居るだけあって生気が漲っていた。

 何やら感慨深そうに私を見ると、視線を合わせて挨拶を口にする。


「はじめましてお嬢様。

 君のお父様には色々と尽くしてもらったことがある。

 お父様を助けられなかった事を、詫びさせて欲しい」


 そう言って、まだ幼稚園児の私に頭を下げる。

 それは彼なりの贖罪なのだろう。

 私の父を助けられなかったという事に対して。


「いえ。

 どうか頭を上げてください。

 頭を下げるのは、本来私の方ですのに」


 あのスキャンダルの元となった化学プラント建設事業は、当然県や市のバックアップがあり、国会議員の彼も裏に表に動いていたはずだ。

 父のやらかした事は、そういった人達の顔に泥を塗ったに等しい。


「子は親を選べません。

 償いはきちんとするつもりですので、ご安心を」


 ここで言う償いというのは、つまり金を出すという言質を与えたという事だ。

 それを聞くと、加東幹事長は安堵したような顔で去っていった。

 パーティーにもできるだけ顔を出すつもりらしい。


「今、何か山形県で派手な公共事業ってあったかしら?」


 橘に聞くと、ちょうど山形新幹線の新庄延長工事が始まったばかりであり、その建設資金を出している銀行団の中に、桂華銀行が加わっているという。

 この出資は、旧極東銀行時代から進められていた案件だそうだ。

 紆余曲折の大合併を経て、極東銀行が桂華銀行に変わって不良債権処理が加速している今、この山形新幹線建設から手を引くのでは、と心配する声が県内から聞こえてきていたらしい。

 だから、今をときめく幹事長が、わざわざ私に頭を下げに来てまで、そのあたりを確認したという訳だ。


「一条に連絡して。

 山形新幹線建設工事へ融資を続けると、銀行から県に伝えるように言って頂戴。

 銀行が無理ならば、ムーンライトファンドから出すともね」


 金が集まれば、それに群がる人たちがやって来る。

 まだパーティーは始まっても居なかった。




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大陸派と海洋派

 マハンの地政学から。

 ランドパワーとシーパワーと言われる方が一般的。

 


山形新幹線新庄延長工事

 この方式だからこそ新庄まで伸ばせたが、結局この方式で延長しようとした所はここしか存在しない。

 

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