おにんぎょうのおねえちゃん

 幼稚園においてお昼寝の時間というのがある。

 寝る子は育つというのか、面倒なので寝させてしまえというのか分からないが、まぁとにかくそんなお昼寝タイムがあるのだ。

 もちろん、体は子供だが意識は大人な私はお昼寝なんて……zzz


 ……はっ!


 毛布を掛けられて気持ちよく寝ていた私にしがみ付いている何かが。

 というか誰かなんだろうし、何かだったらそれこそ大変である。

 というわけで、毛布をのけてみると知らない誰かが私にしがみ付いていた。


「だれこれ?」


 先生に聞いてみると天音澪ちゃんといい、私のひとつ下の組の娘らしい。

 トイレに行って帰ってこなくて探した結果見付けたはいいが、私にしがみ付いて気持ちよさそうに寝ているので私が起きるまで待っていたらしい。

 たしかにしっかりとしがみ付いている。

 先生が手を合わせてウインクして『ごめんね』なんて仕草をしているので、私は諦めて彼女が起きるまで待つことにした。


「……んぁ?」

「おはようございます。

 あなたはだぁれ?」


「あまねみおです。

 おにんぎょうさん。

 おやすみなさい……zzz」


 二度寝は子供の特権である。

 そして、先生も再度『ごめんね』の仕草をして私を見捨てた。

 まったく、私はお人形さんではない……zzz

 こんな事があってから、この天音澪ちゃんが時々お昼寝時間に私にしがみ付く事になる。

 そんな澪ちゃんは私のことを『おにんぎょうのおねえちゃん』と呼ぶ。

 買ってもらった人形にそっくりなのだというが、それを許す私も甘いと言うかなんというか。

 澪ちゃんの家は貿易商をやっていて、私と間違えたお人形さんは舶来品らしい。

 人形がないと眠れない彼女はそのお人形を幼稚園に持ってきていたのだが、間違えた理由は言うまでもなく髪である。

 金髪の子って私一人だもんなぁ。仕方ない。

 で、そんな事をしていると、当然、興味が出る人間が出るわけで。


「るなちゃん!

 いっしょにねましょうよ!!」


 わくわくしている明日香ちゃんの隣でしっかり枕を持ってきて抱き付く気満々の蛍ちゃん。

 気付けよ。

 君たち二人が私に抱き付いたら、澪ちゃんはどこにしがみ付くことになると思う?

 そんな事をお構い無しに私の隣に明日香ちゃんが。

 蛍ちゃんは明日香ちゃんの隣に寝るあたり、私に抱き付くのではなく明日香ちゃんと離れたくなかったらしい。


「るなちゃんからおひさまのにおいがするー」

「あすかちゃんからはみかんのにおいー」

「オ・レ・ン・ジ!」

「……zzz」


 まだその設定頑張っているのか。

 蛍ちゃんはあっさりと夢の国に行っちゃうし。

 はくじょうも……zzz


 目が覚めた。

 重たいなと思ったら、澪ちゃんと明日香ちゃんがしがみ付き、蛍ちゃんが明日香ちゃんにしがみ付いたので私に三人分の体重がかかる羽目に。

 さすがに泣きを入れて先生に助けてもらったのは言うまでもない。


「……めでたしめでたし」

「つぎはこのほんよんで。

 おにんぎょうのおねえちゃん」

「はいはい」


 こんな事をしていると懐かれるのはある意味当然な訳で、一人っ子だった私も妹ができたみたいで可愛がっていた訳で。

 明日香ちゃんや蛍ちゃんと仲良く遊ぶようになったのは言うまでもない。

 そんな中、こんな事件が起こった。


「うわーーーーん!

 おにんぎょうのおねえちゃんーーーーー!!!」


 遊んでいたら泣きながら私にしがみ付く澪ちゃん。

 どうも人形がないと寝れない事を男子にからかわれたらしい。

 もちろん私は激怒した。


「あったまきた!

 そいつにもんくいってやるわ!!」


「まちなさいよ!

 みおちゃんのためならわたしもついてゆくわよ!」


(こくこく)


 持つべきものは友達である。

 明日香ちゃんと蛍ちゃんを連れて澪ちゃんの組に突貫して、腰に手を当てて叫ぶ。



「わたしのみおちゃんをなかしたのはだれ?」



 後にこの幼稚園の伝説となった『男子五人抜き松の廊下事件』のこれが発端である。

 男子相手に大立ち回りを演じ、相手が男兄弟で向こうも友達がやってきての大乱闘。

 男子側がこちらに傷を付けないようにと手が出せないのを良い事に、こっちはかっくんかっくんと相手を揺さ振ってのお説教攻撃。

 先生が私達を引き離すまで、泣く男子三人、逃げた男子二人という大戦果を上げ、めでたく親御を呼ばれて橘と佳子さんのお説教をもらう羽目に。

 なお、理由を聞いて橘と佳子さんの後ろでこそっとグッジョブとジェスチャーしてくれた亜紀さんは後でケーキを持ってきてくれた。

 その翌日。

 澪ちゃんが私の前にやって来て、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとう。

 るなおねえちゃん♪」


 不覚にも嬉しくて泣きかかったのを私は頑張って我慢したのは言うまでもない。

 澪ちゃんは、卒園式の時に大泣きして私と離れたくないとわがままを言ったのだが、一年の我慢だからと最後は手を振ってくれた。

 帰り道、橘がぽそっと呟く。


「天音様のお父様がなさっている貿易商、あまり景気は良くないみたいで」


 言わんとする事が分かった。

 帝都学習館学園は私学のエリート育成校だからお金が掛かる。

 このままでは、澪ちゃんと離れ離れになると言いたいのだろう。


「私の力で、澪ちゃんのお父様を助けられると思う?」

「お嬢様が天音様をどれぐらい思っているか、それ次第かと」


 親の理由で別れたり転校したりする子は居る。

 それが仲の良い子だったら尚更だ。

 私は、橘に向かってわざとぶーたれる。


「そこまで調べているって事は、私の気持ち次第で決めていいって事よね?」


 あんな事があったのだから、当然橘が親まで含めてチェックしているのだろう。

 そして、経済的問題以外はOKが出たと。


「ねぇ。橘。

 私、お人形さん欲しくなっちゃった」


「舶来物ですな。

 探すのが大変なので、代理人を挟んで業者を探しておきましょう」


 生きていれば切れる縁があるし、金で繋ぎ直す縁もある。

 けど、私はこの縁は切りたくないと思った。

 振り返って見ると、遠くからまだ澪ちゃんが手を振っていた。


「だって、私はお姉ちゃんなんだから、妹分に良くするのは当然でしょう♪」


 私も手を振ってあげたら、澪ちゃんは先生が中に戻るように言うまで私に手を振っていた。

 この後、私のお部屋に舶来物お人形ルームが出来て、遊びに来た澪ちゃんが喜んだのは言うまでもない。




────────────────────────────────


貿易商

 私の中のイメージは、孤独にグルメを楽しむあの人である。

 あれのおかげで、個人の貿易商ってのがどんなのかイメージできたのは大きい。

 なお、彼のメイドから奥さんになった人が澪ちゃんのママである。

 分かる人にしかわからないネタ。


お人形

 ビスクドール系のアンティーク。

 もちろんお高い。

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