墓参り

 私の家には、両親の写真が無い。

 東側内通という大スキャンダルの結果、存在を消された形になっているからだ。

 父の名前は桂華院乙麻呂。

 名前からして、後継者じゃないよなこれ、という名前である。

 とはいえ、その青い血には使い道があったので、優遇はされていたらしい。

 そんな鬱屈した感情が彼を事業家へと走らせたのだろうか。

 父である乙麻呂は極東グループに参加し経営に携わることになる。


「時代に乗っていた人でしたよ。

 だからこそ、時代から見放された時は哀れでした」


 父を知っている橘は私に寂しそうに語った。

 時はバブルの手前。

 山形県の一地方銀行だった極東銀行と父がコネを持つことになったのは、父が設立した極東土地開発に、極東銀行が融資したという縁からである。

 一地方都市の銀行でしかなかった極東銀行は、他行に飲み込まれるのを恐れて規模の拡大を目指しており、野心を滾らせていた父は桂華院家が見向きもしなかった北の地で、その青い血を看板に資金を集めようとしていたのだ。

 ちなみに、桂華院家の事業としては、樟脳絡みで九州に桂華製薬の工場があり、桂華化学工業の工場も岡山県の水島と三重県の四日市にある。

 その後、バブルの波に乗って規模を大きくした極東グループは、中核事業として極東ホテルを設立し、各地にホテルを建設。

 さらにリゾートを整備しようとした所で、東側内通のスキャンダルが炸裂する。


「なにをやったのよ?」

「COCOM違反です」


 思った以上にやばい事をやっていたらしい。

 思わず、私の顔も真顔になった。

 東側との船便があった酒田港に、石油化学コンビナートを作るという話が持ち上がったのがバブル前あたりの事で、この石油化学コンビナートは極東土地開発が用意した土地に桂華化学工業が工場を建設し、東側から輸入された石油や天然ガスを使って製品を国内にて販売というのが一応の計画の骨子であった。

 ところが、この建設時に多数の工作機械や建設機械が東側である北日本民主主義人民共和国に流れていた事が発覚。

 で、調べてみると、極東グループのかなりの部分に東側の工作員が紛れ込んでいたという大スキャンダルに発展した。

 不逮捕特権で表向きは罪は問われなかったものの、結局、父は自殺し、極東グループは桂華グループに吸収されて跡形も無くなり、残るはバブル崩壊でできた莫大な不良債権という訳だ。

 これは私、社交界とかに出ていけない。普通ならば。

 にもかかわらず、ゲームでは悪役令嬢として堂々と権勢を誇っている。

 なにをやった?

 いや。

 なにをやらかした?


「橘。

 今度はお母様の事を話して頂戴」


 今、私達はタクシーで酒田の日本海を見下ろせる墓地を目指している。

 両親の墓はそこにあった。

 海の向こうの故郷が見える所にと末期に頼んだ母と、見捨てられ裏切られた父の『桂華院の墓になど入るものか』の怨嗟の声で二人はこの地に葬られることになった。


「お嬢様のお父上の言葉をお借りしますが、『春のような人』だったそうです」


 名前はナターシャ・アレクサンドロヴナ・ロマノヴァ。

 未だロシアに影響力を持つロマノフ家の末裔というが、本当にその末裔なのかは、今となっては分からない。

 このハニトラを仕掛けたのは、樺太を統治する北日本民主主義人民共和国の諜報機関である国家保安省で、近年国家統一後に出てきた情報公開によると、右派重鎮だった私の祖父である桂華院彦麻呂公爵に打撃を与えることが目的だったらしい。

 北日本政府は皇室を保持していた我が国への優位だけでなく、同盟国だったソ連に対するカードとしてロマノフ家の血族を保護していたらしいから、案外本当なのかも知れない。

 ところが、ベルリンの壁が崩れた後に共産党と国家保安省と軍が内部分裂と対立を引き起こし国家崩壊。

 介入した我が国に統一されるというのだから、世の中は分からない。

 話がそれたが、父方の祖母がロシア系貴族でロマノフ家の出なのは確定しているので、まぁ、私も広義でロマノフ家の一員と名乗って良いだろう。

 母の曽祖父はロシア皇帝アレクサンドル三世なのだそうだ。

 皇帝には愛した人が居て、その人との結婚を考えていたが、皇帝の責務から別の人と結婚した。

 だが、身を退いた時にはその人のお腹には既に子供が居たという、よくある物語である。

 で、ロシア革命から第二次大戦を経て、御家の零落していた母を使って、東側は父にハニトラを仕掛けたという訳だ。

 かくして、私の髪は美しい金髪となった。


「着きましたよ。お嬢様」

「寒っ!」


 体の3/4がスラブ系とは言え魂も生活も日本人である訳で、まだこの時期の山形は寒かった。

 私が持つ花束の花は白い百合で母が好きだった花らしい。

 母の墓は十字架で父の墓が墓石なのは、なんか奇妙な感じがしたが、まぁ二人ともあの世で幸せにやっている事を祈ろう。

 私が母の墓に百合の花束を置き、橘が父の墓に菊の花束を置いて、二人して手を合わせる。

 こんな姿でも日本人を名乗っているので、手を合わせてお経を唱える。


「なんまんだぶなんまんだぶ。

 お父様お母様お元気でしょうか?

 私は橘や佳子さん亜紀さん直美さんのおかげで元気に暮らしています。

 今、幼稚園児なんですよ」


 不思議なものだ。

 知らない両親の筈なのに、声は震え涙が溢れる。


「まだそちらに行く事は無いでしょうけど、折を見てお墓参りには来たいと思っています。

 では、また」


 起き上がると、橘がハンカチを私にくれたので、それで涙を拭いた。

 これは私の本心なのだろうか?

 それとも、本当の桂華院瑠奈の心の叫びなのだろうか?



────────────────────────────────


極東グループの基盤は山形県に決定。

 新潟県が一番立地上便利だったのだけど、あそこだと全盛期の田中角栄と絡まざるを得ず色々とやばいことになるのでボツにという裏話をここの残しておく。


COCOM違反

 正式名称は対共産圏輸出統制委員会。

 東芝ココム違反事件なんかが有名。


父と母の名前を確定。

 母の曽祖父をアレクサンドル三世に設定。

 マリア・エリモヴナ・メシュチェルスカヤとのロマンスがちょうど良かったのでここからでっちあげる。

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