おれんじあすかとざしきわらしほたる

「お嬢様。

 笑ってください」


 パシャッ!


 メイドの桂直美さんがインスタントカメラで制服姿の私を撮る。

 恥ずかしいのと嬉しいのが入り混じってなんとも言えない表情に。

 今日は幼稚園の入園式なのだ。

 この幼稚園の入園に関しても桂華院本家と鞘当があったらしい。

 明らかに人目に付く金髪で、猫を被っているが基本大人である。

 いじめられたらという懸念もあって、小学校に入るまでは橘やメイド達による家庭教育でいいのでは無いかという建前で私の入園に否定的だったのだ。

 本音はというと、私の父絡みのスキャンダルでいじめられかねないという訳で。

 それを私は自らの決断で入園することを決める。


「だって、わたしもおともだちほしいもん♪」


 何しろ小学生から一応大学まで通うことになるのが帝都学習館である。

 コネと派閥と好き嫌いが最終的に十数年、下手したらそれ以上付いて回る魔境だからこそ敵味方の区別、特に味方を作っておく必要があった。

 そんな冷徹な計算より、舌っ足らずな私のおねだりにメイド達があっさりと私の味方に付く。

 で、年長組で受け入れてくれる所を探してそこに入ることに。

 当たり前だが、田園調布の幼稚園なので、基本金持ちしか通っていない。


「いってきまーす♪」


「いってらっしゃい」

「いってらっしゃいませ」

「お気をつけて。お嬢様」


 橘の運転する車に、三人のメイドさんたちのお見送りのもとで初めての幼稚園通学である。

 前世記憶があるとは言え、新鮮でウキウキしている私が居る。

 入園はその年の入園式の時に行われた。

 転入などで入ってくる人がいるので、その枠に潜り込ませてもらった形である。


「けいかいんるなです!

 よろしくおねがいます♪」


 大きな声で笑顔で私は挨拶をする。

 ある種の転校生扱いだから、みんなの質問攻めの集中砲火を受けるのは当然のこと。


「けいかいんさんのおうちはどこ?」

「すきなたべものは?」

「えほんはなにがすき?」

「おにんぎょうさんもってる?」

「かみきれい!

 さわっていい?」


 教訓。

 お子様は遠慮を知らない。




 なんだかんだと幼稚園ライフを堪能していた春先のある日。

 周囲の子たちと絵本の読み比べをしていたら、ツインテールの女の子が箱を持ってやってくる。

 その後ろにはおかっぱ髪の女の子が似たような箱を持って付いて来ている。


「みかんだ!

 みかんあすかがやってきたぞ!!」


「わたしのことはオレンジとよびなさいって言っているでしょ!

 じっかからオレンジがやってきたわよ!

 みんなでいただきましょう♪」


「「「わーい!!!」」」


 な、何事!?

 呆然とする私を尻目に、みんな二人の持っている箱からみかんを貰って仲良く食べている。

 そんな私の前にみかんが。

 差し出してくれたのは、ツインテールの女の子だ。


「はい。あげる。

 おいしいわよ」


「ありがとう。

 けど、これどうみてもみ……」

「オレンジ!!!」


 あっはい。

 とりあえずオレンジと称するみかんを剥いてぱくり。


「おいしい」

「でしょ♪

 うちのだからえんりょなくたべていいわよ。

 いっぱいあまってるんだから」


 そうか。

 日米貿易摩擦の一つだった牛肉オレンジの自由化は丁度このあたりか。

 あれで、みかん農家はかなり潰れたと聞くが。

 それにしても甘くて美味しい。

 気が付いたら、まるまる一つ食べきっていた。

 すっと二個目が差し出される。今度はおかっぱの女の子の方だ。


「くれるの?」


 こくこくと頷くおかっぱの女の子。

 ありがたく受け取ると微笑んでくれた。

 日本人形みたいで可愛い。


「わたしのなまえはけいかいんるなです。

 よろしくね♪」

「わたしのなまえはかすがのあすかよ。

 このこは、かいほういんほたる。

 よろしくね」


 聞くと実家から大量に送られてきたみかんの処理に困ってバラマキを決意したはいいが、好評になったので止められずにイベントと化したという。

 そんな話をみかんを食べながら聞いていると、当然のことながらあの疑問に行き着く訳で。


「で、なんでこれオレンジなの?」

「かっこいいからにきまっているじゃない!

 じだいはみかんじゃなくておれんじなのよ!!」


 そうですか。

 これ絶対黒歴史確定だろうな。

 ちなみに、彼女の家は国会議員をやっていて、実家というか選挙区がみかん所である愛媛県にあるそうだ。

 そりゃ余るぐらいみかんがやって来るわけだ。


「……」


 そんな話をしている最中でもにこにこもぐもぐと私達を見ながらみかんを美味しそうに食べるほたるさん。

 目や表情でなんとなく分かるのだが、この子なかなか喋らない。

 それを察してあすかさんが、フォローを入れる。


「ほたるはなかなかしゃべらないけど、わたしのともだちなのよ。

 さいしょ、はしのほうできえちゃうかとおもったから、みかんをわたしてともだちになったの。

 いまはこんなになかよしなんだから!」


 あすかさんはほたるさんに抱きついてほっぺたをすりすり。

 嫌がっていない当たり、本当に仲が良いのだろう。


「わたしもそんななかよしになりたいな」

「もちろん!

 わたしのオレンジをたべたひとは、わたしのともだちなんだから!!」

「……」


 こくこくと頷いたほたるさんが私の手を取って三個目のみかんを置く。

 いや。

 美味しいのだけど、三個目はちょっと……




────────────────────────────────


 九州の山奥で育った私は、幼稚園が一年しかないものだと思っていました。

 年長とかの言葉を見て、そうだったのかとびっくりした次第。


牛肉オレンジ自由化

 91年から自由化が始まる

 農水族議員の春日乃家はこの自由化に強行に反対していたが、そんな姿を娘はしっかりと見ていたという裏設定。

 なお、春日乃家は愛媛の旧家で大規模なみかん畑を持っている。


開法院蛍の裏設定

 奈良華族で陰陽師の家の生まれ。

 物の怪に魅入られた子で神隠しとして消えるはずの子供だった。

 そのため、周囲から忘れ去れてゆく所を春日乃明日香のみかんによって救われる。

 こうして人の世に留まり人として生きることを決めた彼女は、半分座敷童子として周囲の人間を幸せにするという能力で人々の笑顔を見るのが好きな物静かな少女として過ごすことになる。

 中等部あたりで出す予定の神奈水樹と対をなすキャラ。

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