討伐対象:魔性大群

 元オーストラリア領、ブルーエメラルド。


 未だ蔓延る魔性の世界で、千年前の自然を引き継ぎ残す数少ない理想郷。

 現在は各国富裕層の娯楽施設が作られており、世界でも希少かつ貴重な憩いの場となっているのだが、同時、毎年同時期に大量の魔性が発生する危険地域でもあった。


「で、今回はその大量発生した魔性討伐の依頼が、私達に来たと」

「あぁ」


 ブルーエメラルドへ行く唯一の手段、大型客船タイタニック。

 船としてはこれ以上なく不名誉。かつ縁起でもない名前だが、造船されてから一度も沈んだ事がない。何故なら船には、星将にはなれずとも、彼らに匹敵する実力を持つ導き手がいるのだから。


「十二天将、白虎。金刀比羅ことひら虎徹こてつ様、任務ご苦労様です」

「ご武運、お祈り申し上げております」


 兄の冠した名はカストル。妹の冠した名はポルクス。

 二人揃って導きの双子、ディオスクロイ。

 二人揃えば無敵を謳う、双子の兄妹祓魔師エクソシストである。


「船は任せた」

「「お任せを!」」


 お礼代わりのチップを投げ渡す。

 両手をポケットに入れて降りていく背中に敬礼を受ける虎徹は、隣で息を切らすシルヴェストール――シルヴィへと意識を落とした。


「荷物が多過ぎると思うのだが」

「生活必需品です。キャリーバッグ一つは妥当でしょう。あなたが手ぶら過ぎるんです。逆に何を持ってきたのですか」

「暗器一式。呪札じゅさつ礼装一式。これで事足りる」

「それで足りるのはあなただけですよ、まったく……」


 一先ずホテルへ向かい、荷物を預けて今後の打ち合わせ――と思っていたのはシルヴィだけで、ホテルでシルヴィの荷物が纏まった時には、虎徹は既に臨戦態勢直前まで入っていた。


「行くぞ」

「行くって……打ち合わせは?」

「ない。今回は長期戦になる。事前に打ち合わせをしておいて、その通りにならなかった時に平静を欠くより、常にその場の対応で応じた方が効率が良い」

「だからって、何もノープランで行く事は……!」

「今回はそれだけ大規模かつ長期戦になると言う事だ。死にたくなければ足掻け。以上だ、行くぞ」


 荷物が纏まるまで待ってくれていたのは良いとして、やはりまだまだコミュニケーションに問題が多い。


 戦いに関する考え方は効率重視で、チームワークなんてものは未だ考慮されていない。

 きっと戦いの中でも最小限の連携くらいはしてくれるのだろうが、それは慮っての事ではなくて、単に勝率の高い手段を取っているに過ぎない。


 金刀比羅虎徹が相棒に求めているのはコミュニケーション能力でもなければ、実績でも経験でもなく、純粋な戦闘能力の高さ。

 谷に落とす獅子ではないが、例えば蹴落とした相棒が這いあがって来れない弱者だったとして、彼は決して手を差し伸べないだろう。

 見限る。見切り、見捨てる。それだけだ。


 虎は決して、弱った者を助けない。


「先に言っておく。陰陽師連合デウス二枚看板、蘆屋道満様の命により、この任務の達成具合によっては、規格外番号ナンバーズと交戦する予定になっている。詳細は後日との事だが……これ以上は言う必要もないだろう。ついて来たくば必死に足掻け」


 彼に思いやりなんて物を期待しない方がいいのは、わかっていた。

 しかし、一言一言心に刺さる。

 抉る様に、深く突き刺さって来る。


「えぇ……言われずとも、足掻きますとも」


 せいぜいその程度の言葉を返すので精一杯。

 唐突に突き付けられた決定事項と、今回の長期任務の真の意味が理解出来たのとが重なって、泣きそうになる。


 自分は一体、どれだけ虎徹にとって無力な存在なのだろうかと。

 自分はまだ、虎徹にとっての戦力には足りないのかと。


  ★  ★  ★  ★  ★


 そして今、広大な大地の中で一人、シルヴィは立っている。


 状況は四面楚歌。

 背水の陣を描く背水さえなく、見渡す限り敵、敵、敵。

 階級も姿も全て異なる魔性らが、人間という異物を食い潰そうと迫り来る。


 孤軍奮闘する戦乙女ヴァルキリーは自らの士気を高めんと上げる絶叫と共に剣を掲げ、応戦。ヘドロのような異臭を放つ魔性の体液汚泥を浴びながら、ひたすらに剣撃を叩き込んで、次から次へと祓っていく。


 そんな泥臭く戦う姿を、颯爽と木の上にでも座って傍観していたなら、苛立ちもしただろう。怒号でも何でも、かける言葉があっただろう。

 しかし実際、彼もまた自らを四面楚歌の敵地に置き、シルヴィと同じように向かって来る敵を斬り伏せ、祓い続けていた。


 自分よりも多くの敵、多くの相手を迎え撃ち、倒していく。そんな相手にわざわざかける言葉は無く、怒りなんて湧いて来ない。

 ただただ自分の事で精一杯で、それがどこか情けなくて、悔しくて。

 せめて彼のフォローが出来ていればと思うけれど、そんな気配は微塵もなくて。

 どれだけ悔しく思っても、それが力に代わる好都合なんてなくて。


 ただずっと、怒りと悔しさと切なさと――とにかく込み上げて来る感情の全てを、襲い来る敵意に向けてぶつけ続けた。


 ぶつけ続けた結果、初日は何とか生き残った。

 剣に我が身を預け、乱れる息を整えながら、己の気力だけでも回復せんと呼吸に意識を注ぐ。


 隣に視線を配ると、一切息の上がっていない相棒が淡々と魔性を紙に封じる作業の最中で、自分の生死確認は二の次なのか、それとも既に確認し終えたのか。

 とにかくそんな文句も冗談も言えないくらい、まるで余裕が残っていなかった。


 なのに、まだ初日だ。


「次行くぞ」

「……はい」


 文字通り、長期任務はまだまだ続く。

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