044 潤う台地
「もー! あんなムチャしちゃってー!」
アニーがぷんすか怒りながら、傷ついたノアの肌に回復魔法をかけている。どれもかすり傷程度であり、大事には至らなかったが、それでもアニーは不満を覚えてならなかった。
「見ててすっごいハラハラしてたんだからね?」
「いや……気がついたら体が動いてて……」
「あたしにはさんざん落ち着いてとか言ってるのに、人のこと言えないじゃん!」
「ごめんごめん」
双子の姉に怒られるノアは、黙ってそれを受け入れるしかなかった。そこにふんわりとした風が、修復された肌を優しく撫でる。
「ホントにゴメンねー。かなり傷つけちゃってさ」
風に乗って飛ぶように近づいてきたジンが、ノアの顔に近づいてきた。
「むしろジンが責められるべきだよ」
「気にしないで。それより、悪い魔力のほうは大丈夫なの?」
「あ、うん!」
ノアから尋ねられたジンは、両手を広げながら明るく答える。
「かなりヤバかったけど、完全に悪い魔力に飲み込まれてはいなかったからね。もしそうなってたら、ジンはもっと大暴れして大変だったよー」
「……あれよりもすごいことに?」
「うん」
あっけらかんと頷くジンに、アニーとノアは揃って呆然とする。
「やっぱりすごい精霊さんなんだね」
「ん。見た目はぼくたちとおなじくらいの女の子なのに」
「それほどでもないよー♪ けど……ノアたちが来てくれなかったら、ホントマジでヤバかったと思う」
深いため息をとともに、ジンが青空を見上げた。
「魔力に支配されてこそいなかったけど、ジワジワと少しずつ飲み込んできてたのは確かだからね。それを抑えるために、ジンは必死だったのです!」
「じゃあ、ぼくの魔力操作だけで助かったのも……」
「ジンが自分で浄化させたから、だねっ♪」
ウィンクしてくるジンに、ノアは目を丸くする。
「風の精霊さんって、そーゆーのもできるんだ?」
「別にジンだけじゃないよ。完全に支配されてさえなければ、他の精霊たちも自力で悪い魔力を取っ払うことくらいは、多分できるんじゃないかなー?」
「イフリートは、完全に支配されてたけど……アニーの力がないとムリだったし」
「あれは、純粋に単純だから。ヒトも得意や苦手ってあるでしょ? ジンたち精霊も同じようなものなんだよ」
「へぇー」
驚いているような分からないような、なんとも言えない感情で返事をするノア。聞こえてきたウォルターも、そんなものかと思うほかなかった。
精霊も立派な生き物であれば、そこに個性が存在していて然るべき。イフリートにはできなくて、ジンにはできることがあったとしても、何ら不思議ではないということだろう。
「それにしても――」
ここでジンが立ち上がり、その場で一周回りながら周囲を見渡した。
「見事なまでに荒れちゃってるなぁ……もしかしなくても、これってジンのせい?」
「……多分」
「あっちゃー! やっぱりそーなっちゃうよねぇ」
両頬に手を添えながら大げさな反応を示すジン。しかしその直後、演技じみていた表情がキリッと引き締まる。
「じゃあ、セキニンとって、ジンがなんとかしちゃいましょーっ!」
そう叫ぶなり、ジンは再びその姿を『風』そのものに変えてしまう。ノアが驚いて返事をする間もなく、それはあっという間に大気に混ざり、肉眼でその姿は全く確認できなくなる。
不思議な風が吹き始めたのは、その直後であった。
ウォルターたちも驚いて立ち上がる中、ふんわりとした暖かい風が、まるで全てを包み込むように肌を撫でる。
――驚きすぎだよ♪
クスクスと笑う、そんな声が聞こえたような気がした。
ウォルターは勿論のこと、ヘラルドやセブリアンも大いに戸惑いながら、周囲を見渡すことしかできない。
「おぉー、なんかすごーい♪」
そんな中アニーは、両手を目いっぱい広げてはしゃいでいた。ノアも空を見上げながら穏やかな笑みを浮かべている。まるで、そこにいる『誰かの姿』を捉えているかのように。
――ノアー! ちょっと手伝ってー!
そんな声が聞こえてきた。ノアはハッと軽く目を見開くも、すぐさま表情を引き締めて頷く。そして両手を目いっぱい真上に突き上げ、その両手を開きながら、目を閉じて集中する。
流れているのは風だけじゃない。そこには確かに魔力も流れている。
ノアはそれを瞬時に感じ取っていた。同時に安心したような笑みを浮かべ出す。そういうことかと言わんばかりに。
そして――
――アニーもお願い。ところどころで汚れてる魔力があるの!
それを聞いて軽く驚きを示すアニーだったが、すぐさま力強い笑みに切り替えた。いつもなら必ずと言ってもいいくらいに見せる元気な返事も、この時ばかりは無言で頷くばかりだった。
この時点で、アニーもジンと『繋がっていた』のかもしれない。
精霊のほうから歩み寄ってきて、それを全身の細胞そのもので受け止め、体の奥底までじんわりと纏わらせる。
太陽の日差しを浴びるような心地良さだった。
風や空気の流れとはまた違う、その奥底に眠る不思議な『何か』に包み込まれ、空を浮かび上がるような感覚に身を委ねる。
双子たちは向かい合わせるように両手を繋ぎ合わせ、目を閉じていた。
風の流れは大きくなり、荒れ果てた平野全体に広がってゆく。枯れた土に命が吹き込まれていき、小さな潤いと化す。
台地が温もりとともに蘇る。
ゆっくりと沸き上がるように、新たなる命を少しずつ息吹かせていくのだった。
「これは――!」
セブリアンが驚きの声を示す。風と魔力によって、ここまで大地に新たな潤いを与えるとは、思ってもみなかったのだ。
やがて暖かく広がる風は、ゆっくりと収まってゆく。
アニーとノアも、自分たちに纏う暖かいヴェールのような何かが消えるのを感じ、互いに手を放しつつ目を開いた。
そして――
「おぉーっ!」
「すごい」
アニーとノアは二人揃って、その光景に目を輝かせる。魔力操作と魔力浄化に集中していたため、今この時を以て周りの変化に気づいたのだった。
そしてそこに風の塊がふんわりと降りてくる。
塊は淡い光とともに形作られていき、一人の少女となって具現化する。
「――にんむかんりょうっ♪」
まるでどこかで覚えた言葉をそのまま使ったかのように、やや棒読みで発言してくるジンは、そのまま双子たちに笑いかける。
「どう? どう? ジンの力は凄いでしょーっ♪」
「……うん、すごい」
「すごいねー♪」
未だ驚きが抜けないノアと、その驚きを感激に昇華させるアニー。二人の対照的な部分がよく出ており、そこもまたジンが気に入った小さな要素の一つでもあった。
「アニーとノアも凄いよ。二人がいなかったら、こんなカンタンになんとかできることはなかったもん」
「そうなの?」
「だとしたら嬉しい」
「うん。もっと喜んでいいよ♪ あ、でも……」
明るい表情を浮かべていたジンだったが、ここで初めて浮かない態度を見せる。
「一番ベストなのは『ベヒモス』の力を借りることだったんだけどね」
「べひもす? それって……」
「四大精霊の一つだね。たしか土の精霊さんだったはず」
首を傾げるアニーにノアが答える。それに対してジンも、小さく頷いた。
「ここ最近、ベヒモスの気配が全然分かんないんだ」
「どこにもいないの?」
「うん。今までこんなことなかったから、ジンもちょっと心配してるんだよね」
「そっかー」
落ち込む人の手を取り、アニーが励まそうとする。ノアもジンの肩に手を添え、穏やかな笑みを向けた。
精霊の子たちと四大精霊との間に、友情が生まれようとしていた。
それ自体は素直に微笑ましく思えることだが、その一方でウォルターは、今の言葉が気になっていた。
(ベヒモスが行方不明……面倒なことじゃなけりゃいいけど……)
そう思いながらもウォルターは、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
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