第3話 血筋を遡る

「眩しい!」


その光は目が開けていられないほど強く光り、やがてしばらくして目を開けた時、梓は何故か布団の上にいた。


「あれ?」


ムクリと起き上がると、そばにはハナが布団から出たところに倒れていた。


「ハナちゃん、起きて、ここどこ?」


肩を揺すると、ハナは、うーん、と言って目を覚ました。


「うわ、やっちゃった?」


「うん?」


ハナは壁に下がったカレンダーを見た。そして、溜息をつくと、梓を見てあんぐりと口を開けた。


「うん?」


梓は首を傾げた時、自分の髪が妙に長く、三つ編みしていることに気がついた。


「あれ?なんで髪長いの?」


梓はいつも肩上までのボブカットだ。

少し癖があるので、引っ詰めれば結べる長さでいつも切ってもらっている。それが今、ふたつに結んだ三つ編みが胸の辺りまで垂れている。どういうことだろう。棚の上にあった鏡の布をそっと外し、ギョッとした。


「え?誰!?」


髪が長い以外は自分だ。だけどどこか違う。カレンダーを見ると、1978年、とある。


「ここって、おじさんちだよね?2階の上がったとこの部屋…」


言うと、階段を上る足音が聞こえてきた。


(おばさんかな?)


そう思って襖の方を見ると、先程と襖の絵が違っていた。あれ?と思う。戸がトントン、と聞こえて、


「起きてる?」


明るい声がした。戸が空いて顔を出したのは、おばあちゃん、父の母親である。だけど目の前の祖母はものすごく若い。今の母と変わらないのではないだろうか。


「ああ、ゆきちゃん起きてた?今日はスッキリ起きられたのね。布団自分であげなさいね、お母さんちょっと出かけてくるから、朝ごはん食べたら洗い物だけしておいてね」


「…はい」


頼まれたことの返事は習性でしてしまった。どういうことなの?


「今日は日曜日?」


「うん?何言ってんのよ、日曜日よ?頼んだこと、よろしくね」


「うん、わかった」


ゆきちゃん、と聞いて、思い浮かんだ人物は、今は亡き父の姉で、小さな頃、梓を可愛がってくれたおばさんである。何故か梓は今、そのゆき叔母さんの子供の頃に還っていて、先程の若い祖母が、母親なのだ。


「ハナちゃん?」


若い祖母が下に降りて行って、部屋を見回すと、いつの間にかハナがいないことに気がついた。


「なに?」


ハナは、ひょこっと押し入れから顔を出した。


「なんで隠れてんの?」


「私ここの座敷わらしになったの、もうちょっと後なんだもん」


「そうなの?」


「また話すよ、でも、あのミシン、妖術がかかってた」


「は?」


「こんなことするのはあいつしか居ないからなぁ」


ハナはキョロキョロと周りを見渡す。


「いるんでしょ?出てきなさいよ」


ハナが天井を見上げながら言うと、天井の板から頭が逆さにぶらさがった。


「ひっ!!」


「なんだよ、もうバレたの?今度来るって言ってた新人の座敷わらしってお前?ややこしいな、未来からついてきちゃうなんて」


「タケル、私はハナ。この子は中身はさっきの人の孫で梓。どういうことか説明してくれる?」


天井にぶらさがった男の子は、身体まで、すう、とでてきて空に浮かんだ。畳の上に着地すると、


「まず布団畳めよ、それと言われたように朝ごはん食べて洗い物。それからにしよう」


タケルとよばれた、どうやらハナの先輩座敷わらしは、ツンと顎を上げて偉そうに指示した。

ハナより少し背の低い、もう少し幼そうな風貌である。

梓はとりあえず布団を畳んで押し入れに片付ける。 座敷わらしの子供二人がの後ろをついていく。こんなにウロウロしてて見つからないんだろうか。


「まあ、大抵の大人には見えないからな」


「心読んだ!?」


「タケルは上級の座敷わらしなの。妖術が使えるから、ミシンに何かしたのはタケル。ねえ、まずおしえて?私や梓は元の時代に戻れるの?」


「それは大丈夫、後始末はちゃんとやる。しかし、そっちから来ちゃうなんてな」


「あんた、相変わらずというか、昔からいい加減だったんだね」


「うっせ!」


二人の座敷わらしのやり取りを聞きながら、座敷わらしにも上級だなんだって階級があるの?などと呑気な事を考えた。


居間に出ると、そこには私が知ってるよりずっと若い曾祖母が座っていた。


「おはよう」


ゆきの振りをしようと挨拶した。


「ゆき、おはよう。まあまあ、今日は賑やかね」


私はえ?と思った。


「タケルちゃん、お友達?」


「おう、もうすぐここに来るハナだよ。あと、ゆきは今日は休んじゃってて、中には、ばあちゃんの曾孫の梓って子が未来から来ちゃってる」


「私の曾孫?孫の誰が親なの?」


私は驚いたまま、これは夢だと思った。


「父が、登です」


「登ちゃんが?あの子、今日はお父さんと一緒に出かけてるのよ?会えなくて残念ね」


私は面食らったまま、タケルを見た。


「大抵の大人には見えないけど、ばあちゃんにはどういう訳か昔から見えるみたいなんだ。俺は少しずつキズナを強めたから話もできるようになったの、上手く知らん振りしてくれるから助かってる」


「ふふっ、だって、私にだけ見えるってすごくお得じゃない?神様にご褒美貰ったみたいに思うわ」


「私が話した時も、見た事ある、くらいしか話してくれなかった」


「まあね、子供に妖怪だなんて話したら、怖がるじゃない?そうしたらせっかく出会えても、それがいいものじゃなくなるもの」


曾祖母は、とりあえず食べなさい?と食事を促した。

洗い物をした後、おばあちゃんが庭で洗濯物を干していたので、手伝った。


「梓ちゃんは今いくつなの?」


縁側に座って見ていた、おばあちゃんが聞いた。


「十四歳。中学二年生、春から三年になるよ」


口にして、不安になって俯いた。


「あら、どうしたの?」


「学校にね、行けなくなったの、私」


「あら、どうして?」


「上手く言えないんだけど…」


私は、ぽつりぽつりと事情を話した。友達のこと、耳が聞こえすぎること、母親と上手くいってないこと。


「そうか、未来の子供も色々あるんだね、昔とは事情も違うだろうし、大変なんだねえ」


私の頭を、おばあちゃんはそっと撫でた。


「でもね、それでゆきの身体に飛んできちゃったのが、何となくわかったよ、ゆきとそっくりだ」


「え?」


「ゆきもね、繊細なんだろうね、小さいこと気にしすぎて上手くいかなくて、もっと図太くいれば楽なんだろうけど。ゆきもよく学校を休んでるよ」


「そうなんだ」


「優しすぎるんだよ。大人になっていくにつれて、その性格とも上手に付き合えるようになる。悪いことの反対側はいいことなんだよ?」


「え?」


「お人好しな人ってあんまりいい言い方じゃないだろう?それをひっくり返したら優しい人なんだよ。逆に怒りん坊の人は、悪いことを許さない正義を持ってる」


「うん」


「ゆきも、梓ちゃんも、その優しさに強さが加われば、きっと素敵な大人になるよ。少しづつでいいんだ。時々勇気を出してご覧?きっと自分を支える幹になっていくから」


「…うん」


「急に一気にはダメだよ?好きなことから少しづつ、ね?」


「うん」


おばあちゃんと話して、私は少しだけ元気になった。


「さて、タケルちゃんにお話聞こう、ばあちゃんの部屋、行こう」


「うん!」


立ち上がるおばあちゃんは、左足を庇っていた。戦争中、空襲から逃げる時、爆発にあって、左足の膝を痛めたらしい。それでもがんばって歩けるように訓練したと言うのだから、努力する人なんだな、と、そんな人と血が繋がっていることが誇りに思えた。

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