クズ芸人、美少女に転生する

深月珂冶

第1話 クズ芸人(上)

クズ芸人 上


「どうもダウトです」

「突然だけど、生まれ変わりって信じる?」

俺とたかしはお笑いコンビの「ダウト」を組んでいる。今日も漫才をしている。俺がツッコミで、隆がボケだ。今からやるネタは「恩返し」だ。

「俺は信じないよ。だって嘘臭いじゃん。あの時、助けてもらった鶴ですとかさぁ。りゅうは信じるの?」

「信じるよ。つか、今から俺が生まれ変わるから、隆は恩返しを受け取る役やって」

「おう。わかった」

「コンコンコン」

「え、もう始まってるの?」

「あの時、助けてもらった虫です」

「え。俺。虫を助けた憶えないんだけど劉」

「おい、そこは助けてもらった設定だから可笑しいだろうが」

隆のボケに俺がツッコミんで笑いが起きた。

今日の客も中々、調子が良い。

隆がボケて、俺が切れ味よくツッコむ。それがお笑いコンビ「ダウト」の笑いの取り方だ。デビューして5年でここまで売れたのは軌跡に近い。


俺がお笑いを始めたのは高校3年を卒業してすぐだ。今年で結成10年になる。

俺が隆に誘われて、この道に入った。

このまま、つまらない日常を過ごすかもしれない俺にとって隆からの誘いは魅力的に思えた。

お笑いの養成所へ一緒に通い、誰よりも練習し、誰よりもネタを作った。

とは言ってもネタの大元おおもとを作っているのは隆だ。

俺はそのネタに対して、意見をしたり、そうしてネタを作り上げる。

いつ何時も一緒に練習をした。

そのおかげで今では押しも押される人気芸人コンビだ。

芸能界という場所は華やかの裏でどす黒いものがある。けれど、俺にとってはあまり関係のない話だった。

そもそも男だし営業の云々の前に、実力と外見の良さから売れた。だから、誰からも営業する必要すらなくなった。

俺らを超絶ちょうぜつ馬鹿ばかにしていた先輩芸人ですらも態度が急変したのは相当に面白かった。

今日も三回のステージを終えて俺は満足気に楽屋に帰る。

ウケも上々だったし、新しいファンも沢山増えたように思う。

楽屋で寛いでいると、隆が不機嫌な顔でこっちをにらんできた。

ここのところ、ステージが終わると隆は俺を説教してくる。

大方、今から俺に説教をしにくるのが解り、内心で鬱陶うっとうしいと思っていた。


その場から逃げれば良いが、俺はそのまま座っていた。隆が俺の隣に座る。

「おい。劉。いい加減にしろ。お前の素行そこうが悪い所為で謝罪しゃざい案件あんけん出ているぞ」

「は?一夜限りの女くらいでどうでもいいだろう。それよりお前はどうだ?まゆみちゃんだっけ。結構、胸デカかったよな?」

俺は隆の説教に慣れている。

「お笑い」の仕事はステージで笑いを取ってなんぼのものだろう。

だから女関係だの素行などどうでもいいと俺は思っている。けれど、隆は違うらしい。

「はぁ。ダメだ。お前は外見が良いけど、中身が本当にクズだな。お前が手出したコ、俺らがCM契約しているオオミヤ製麺せいめん令嬢れいじょうだぞ。お前が本気で付き合っているならともかく、遊びならどうすんだ?」

「ああ?しおりのこと?顔はブスだったけどめっちゃエロい身体だったよ?」

「そんなことじゃない!本気なのか?」

「あーうるせぇな。本気なわけねぇだろう。あんなイモ女。お前、溜まってんじゃねぇの?出してんのか?」

俺は隆の説教を終わらせたく、揶揄からかう。隆はそれでも俺への口撃を止めない。

「あーうるさい、うるさい。お前に倫理観を求めるのが間違いだったよ。あと、これ明日のお笑いライブでやるネタな。これに文句あるなら、お前とはもうやらん。解散だ。じゃあな」

隆は机の前にネタの内容を書いた紙を置く。隆が俺に「お前とはもうやらん。解散だ」と言ってくるのはこれまで何度かあった。

隆は何度か「解散」と口にするものの、実行しない。どことなく、今回の「解散」への言及は最終通告にも思えた。恐らくは俺だけの単体の仕事のオファーが入ったことを耳にしているからだろう。

俺は先日、マネージャーの御木本おぎもとからキー局のトーク番組の司会レギュラーのオファーが入ったと連絡を受けた。

正直なところ、ダウトとしてやっているから降板するつもりだった。

けれど、隆が「解散」を本気で考えているなら話は別だ。

別の道を考えるときが来たのかもしれない。

俺はお笑いじゃなく、タレントとして生きていくことも視野に入れようと思った。

隆の作るネタは正直、面白い。俺でも嫉妬するくらい面白い。

俺は隆のようにネタを作れない。隆の作るネタはほぼウケる。

けれど、俺はコンビのダウトの芸人としての寿命は短いと解っていた。

今でこそ、若い女性以外からも人気も得ているが、いつまで続くかは解らない。

先行きへの不安は正直に言えば結構ある。けれど、いくら考えても仕方のないことだとも思えた。スマホが鳴り、俺は出る。


「おう。どうした?」

『劉君?今日は大丈夫そう?』

「おう。行けるよ、行くよ」

電話は俺の所謂いわゆる、遊び相手の女だった。

名前は忘れたがノリのいい女だ。尻軽というべきかもしない。

俺は上着を着て、隆が書いたネタの紙をカバンに仕舞って楽屋を後にした。

ネタの紙は女と遊んで寝て起きた次の日に憶えればいい。

俺はそう思いながら、遊び相手の女の家に急いだ。


********

 女の部屋で俺は早々に目が覚めた。

隣で眠っている女が起きる気配はない。俺は女を起こさないようにベッドから出た。

時刻を確認するとまだ、午前の5時半くらいだった。俺はシャワーを浴び、脱いだ

服を着て女の家を出る。俺は隆が渡してきたネタの紙をカバンから出そうとした。

しかし、見当たらない。俺は「しまった……」と思わず口にし、隆に電話をかけた。

数回の呼び出しコールの末に隆が電話に出る。

「隆?」

『おう。どうした?朝から何だ。早朝から電話する仲か?』

隆は心の底から迷惑そうな声色だ。

「わりぃ。あのさ。あの。隆が昨日渡してくれたネタの紙じゃん?」

『ああ。あれか。憶えたか』

「それが。失くして……予備ってあるか?」

『お、お前。本っ当、いい加減な奴だな。解ってんのか。今日のステージのだぞ。解った。すぐうちに来い。いいな』

「解ったよ。本当、ごめんな」

『謝る暇があったらすぐ来い』

隆は電話をブチ切りした。完全に隆を怒らせてしまった。


クズ芸人(上) 了


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