カレーが身にしみる~理想の休日が程遠い私の休日~【朗読にも使える】
つづり
カレーが身にしみる~理想の休日が程遠い私の休日~
今日から、三日間、私は自由。
クリスマス、正月とうちの店が忙しくなる二大イベントが終わり
私はたまっていた疲労をとるという目的で、三連休をとった。
普段だったら、パートリーダーにいっぱい休むのねぇと嫌味のひとつでも言われそうだが、長く続いた繁忙期が終わったということもあってか、何もいわれずに私は休みの日を迎えた。
「この三日間を充実させよう」
忙しくて、頭をくらくらする日々で私はそれだけを誓っていた。
だって、それくらい楽しみで、むしろ、この連休だけを頼りに、日々の業務をこなしていったと言っていい。
遊ぶんだ、楽しむんだ……と、仕事が終わって私は家に帰ると
ビールを一本飲んだ後、早々に寝る準備をした。
そう、それが昨日で、そして今は
翌日の夜、二十二時五十分。
私はチューハイ片手にぼんやりと動画を見ていた。しかもあんまり面白くないギャグを挟む、解説動画だ。あまりに滑りまくるギャグで解説の巧みさが吹き飛び、一周回って面白くはあるのだが。私は……一体何をしているのか。
激務で化粧品が減っているので、見に行くはずだった。
ちょっと気になっている映画を見に行くつもりだった。
アニメ映画をまったり観るとか楽しみすぎると思ったものだ。
しかし私は行かなかった。行けなかった訳ではない、行かなかった。夕方までベッドで寝転がり、流石にお腹が空いて、出前を頼んで、スマホをいじりながら、ソファでごろごろ…
そっからほとんど何もしていない。
あ、嘘だ。チューハイのつまみに、コンビニで買ったパウチのオカズをレンチンしてた。それをつまみながら、酒を飲み、今日を終わろうとしている。
何もしない、休日が悪いわけではない。休み方だって色々ある。
ただ、私の中で、充実した連休という理想が、夢があっけなく崩れた瞬間であった。
しかも冷蔵庫のキムチを、チューハイで喉奥に流し込んでようやく、その(休日を無駄遣いしている)ことに気づいて、私はギョッとした。
左右と視線をキョロキョロさせる。いや、こんな現実嘘ですよね。そんな確認のような問いに誰も答えてくれなかった。
よ、翌日に取り替えせば、いいのよ。
私は動揺する自分に言い聞かせるように呟いた。
連休二日目、夜二十三時五分、私はお茶を飲んでいた。
働いてる店で廃棄寸前と安売りしていた茶葉があり、それを頑張って飲む自分がいた。このままだ飲みきれず、廃棄沙汰になるのが怖かった。
「あ、飽きそう」
美味しいお茶に対して、何たる言葉……でも、お腹がお茶でいっぱいになってしまった。
今日は昨日ほどの目も当てられない事態ではなかった。
朝も起きられたし、ダラダラする時間も少なかった。
しかし何か記憶に残ることがあるかと言うと……掃除で一日が終わった……親が今週末の休日にくると連絡が来たのだ。
繁忙期が終わる頃合いだと把握していたのか……
「あんたの顔が見たいのよー、部屋だって片付けるから」
親と仲が悪い訳でも、反抗期をしているわけでもない。
しかし部屋の片付けは……鬱陶しい……。
いいかげん、親の中で、私は大人であるという分別をつけてもらいたいものだ。言いたくないが、アラサーだ。しかし一生無理な気もしている。
「余計なこと、されないように……」
私は「ゆらり」と効果音がつきそうな感じで立ち上がり、部屋の片付けや、見られたらまずそうなものを処分した。消費期限の近い、茶葉も、頑張って飲んで処分しようとしてる。
「もったいないで、手元に置きっぱだから……」
こんな事態、きっと親は呆れつつも笑うのだろう。
親はいい人だし、優しい人だし、私を愛してくれてもいるが。
親子ということで、距離感を間違えることがある。
私の決断に余計な茶々を入れて、どうにかしようとするというか。
茶の消費を手伝って、私のやらかしを無かったことにするのは、明白に想像できた。それが余計に感じてしまう。こんな私は心がせますぎるのだろうか……そうでないと、いいな……いや、どうなんだろ……。
急に飽きながらも感じていた茶の美味しさがどっかに行った。
私はベッドでまた横になる。ああ……疲れた……となっていると、スマホがブルルと身震いするように震える。
この時間に電話……何事だとおもって、電話の相手を確認すると
友人のKだった。
「え、何……急に」
「いや、今さっき一人飲んでたんだけど、〆にカレー食べに行こうとおもって」
「え、いってらっしゃい……」
意図してではないが、言葉を遮ってしまった。するとやれやれと言わんばかりのため息を聞こえてきた。
相当酒を飲んでいるんじゃないかとすら思うほどに、酒焼けした声で。
「一人でカレーもつまんないから、あんたと行きたいの」
「え、もうテッペン近いのに?」
動揺が声に出てしまう。カラカラとKは笑った。
「連休って言ってたし、たまには付き合ってよ」
結構付き合っている気もするが……と思いつつ、頷いてしまう。Kは距離感のいい友達だった。このまま無為に時間を過ごし、ベッドでウダウダ、後悔して一日を終えるよりは、いい時間の使い方かもしれない。私はいそいそと準備をして、指定の場所へと向かった。
少し古びたビルの地下にあるBARにKはいた。
Kはワインを飲んでいた。
「〆のカレーを食べるとか言ってなかった?」
「ここ、BARだけどカレーが名物なの……手頃な量だし、すごく美味しいのよね」
赤ワインを傾けながらKは淡々と言った。電話口だと明るいのに、酔いがすぐ覚めてしまうせいか、実際に会うとどこかクールさがある。
「カレーと、後ジントニックで」
定番すぎるが、凝ったものはまるで分からない。私らしい飲み物の注文だった。バーテンダーは畏まりましたと言い、作り始める。カクテルが届いて、それから十分ほどして、カレーが届いた。
ほろほろと煮崩れた骨付きチキン入りのカレーだった。トマトと玉ねぎもたくさん使われていて、スパイシーさもある。
「美味しい……」
なんだろ、食べ物を食べたと思うような美味しさだ。連休に入ってから食事があまりにまともじゃなかったこともあり、カレーライスが身に染みる。
思わず、二口、三口とスプーンが進む。くぅと声が漏れ、ぎゅっと目をつむった。味が本当に身に染みる。
「生活荒れてたの……?」
呆れたような心配してるような顔でKが言ってきた。その表情を見ると、急に自分の状態のヤバさを再認識して、私は目線を逸らした。
「そういう訳じゃないけど……ただ……」
私は連休に入ってからの生活を話した。忙しさのあまり日々大変だったが、連休に入れても、ろくに何もやれてないという現実を……言っていて虚しくなってきた。
私は空笑いした。
「もったいない時間の使い方してるよねぇ……明日で何かできるのかな」
連休最終日は流石に大人しく過ごそうと思っていたが、いっそ遠出するのも手か……と話をしていると、Kがカレーをもぐもぐと食べながら言った。
「なんか、本当に疲れてるのね」
「何を急に」
Kはスプーンの先で、お肉を崩していく。
「楽しいことってさ、それだけでも疲れるじゃん、楽しいことでもストレスなんだなって、大人になって気づいたけど」
「肉体疲労とか、精神的にも疲れないわけないかもしれないね」
「そう、だから楽しいことにも体が動きださないってことは、体は寝てたいのよ」
問題の本質を分解するというべきか、私は思わず背筋を伸ばした。
「え、でも休んでるよ……休んでるのに、やる気出ないってダメじゃないかな」
「もしかして……理想の休みの過ごし方とかあるのかな……」
「うっ」
なぜわかる。
Kは逡巡するように目線を動かし、バーテンダーにビールを頼んだ。
「わかるよ、動画で、休日ルーティンとか見ちゃうと憧れる時あるし」
「ま、まあ、あなたのいう通りだけど。他にも……時間って限りあるから、出来るだけちゃんとというか、意味ある使い方というか、そう思っちゃうし……」
Kは食べきった私の皿を見て、それから唇を尖らせて、考え込む私の頬を指で突っついた。
「ひゃっ」
意識が立ち戻る。
Kはしょうがないわねと言わんばかりの、優しい笑みを浮かべていた。
「体の声を聞くのも大事だよ……疲れているから、休もうとする、体の声。休みたいし、栄養も欲しい……意味がない時間の過ごし方に思えても、それが体が欲してることあるんだから……その要望、否定しちゃかわいそうよ」
「体の声」
確かに繁忙期でくたくたになった体のことをあまり考えてなかった。ただ日々をこなすことで精一杯で、我慢することも多くて、休日で何かを、とにかく何かを取り返したかった。
でも、形も分からない何かを取り返すより、もっと大事なことがあったんじゃないか……
空っぽになったカレー皿の綺麗さ、体が美味しいものに喜んでいる感じ、何とも言えないほどの深い充実感……
私はジントニックを飲んだ。ぐびっと。
「良いこと言うじゃん」
「でしょ」
Kはくつくつ笑った。ビールがもう空になっている。
「私は心のために、体に悪いことしてますけどね」
「どんだけ飲んでるのよ」
私は呆れつつも、クスクス笑った。
急に気分が軽くなった気がした。
アルコールが気持ち良く、罪悪感なく、体の中を回っている。
カレーが身にしみる~理想の休日が程遠い私の休日~【朗読にも使える】 つづり @hujiiroame
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