第42話 だから誤解だってば
「だから、誤解だってば」風花はミオの前に割り込んで立ち塞がり、孝太の部屋でのことの経緯を話した。「孝太君と私は友達。ミオから誤解されるようなことは絶対してないから!」
「別に誤解なんてしてないと思うよ? それにさ」そこまで言ってミオという名の小悪魔がそっと風花の耳元で囁いた。「もう高校生なんだからキスぐらい、いいでしょ」
ちょっ! いや待って。
「いやいやいや、友達とは普通しないし」
「じゃあ、付き合っちゃえば? 孝太、いい奴だよ」
噛み合わない。今日はミオととことん噛み合わない。
「前から思ってたんだけどさあ、ミオってなんで私と孝太君をそんなに付き合わせたいの?」
「いやなの? 風花は孝太が嫌いなの?」
「えっ、えーっと。い、いやって……孝太君はいい人だよ。嫌いじゃないよ。うん」
「じゃあ、付き合ちゃえばいいんじゃない?」
「だからあ、それは私だけじゃなくて孝太君の気持ちだってあるわけだし。それに孝太君は絶対ミオが好きだと思うよ?」
「ははは、ナイナイ」ミオは顔の前で手を振った。「ああごめん、バスが来た。かるた会に行かなきゃ。じゃあ、また明日ね」
小雨降る中、ミオがバス停へ駆け出して行ってしまい、風花はその背中を見送るしかなかった。
「えっ、今週だったの?」
翌日、いつものバスでミオと学校へ向かう。
「そうなんよ。それでも、どうしても地区大会は出るってうわ言みたいにさ」
孝太が出場を予定している陸上の地区大会は、今週の日曜日だという。今日はもう水曜日なのに、まだ熱が下がらずに学校もお休みだと言っている。
「じゃあ、今週が地区大会だったのに、なんで……」
ただでさえ、あの大雨の中でプール掃除なんてありえないのに、まして大事な試合前なら無茶をするにもほどがある。
「あいつには、今は陸上より水泳ってことじゃないの? 孝太なりに色々考えがあるんでしょうよ」
なぜか少し冷めたような、しらっとした顔でミオが言う。
「水泳ったって、孝太君は今までちゃんと水泳はしてないんだよね? 陸上を捨ててまでやるようなことじゃないよ」風花もつい口調が強くなってしまう。「ミオちゃん、止めなかったの? それができるのはミオちゃんだけじゃん」
非難してるわけじゃないけど、彼が陸上で頑張ってたことを、一番知ってるのはミオのはずなのに。
「違うよ」だが、ミオがじっと風花を見ながら言った。「いま孝太を止められるのは風花だけだと思ってる」
風花にはミオの言ってる意味がわからない。
「そんなわけないよ。だって、私たちって春に知り合ったばかりだし、ミオちゃんができないのに私が止められるわけないでしょ」
風花がそう言うと、ミオは「ふう」と一つため息をついて口を尖らせた。
「わからないなら、まあいいわ。それよかさ、大会の応援、もちろん風花も行くでしょ?」
「行く行く。どこであるの?」
「びんご運動公園の陸上競技場よ」
「びんご? 何か数字を揃えるの?」
——ビンゴ!
「違うよ。備えるに後ろって書いて
「ああ、知ってる。おばあちゃんの茶色い湯呑みが備前焼だって言ってた。へえ、備後か。覚えとこ。運動公園はどうやって行くの?」
「バスもあるけど、日曜日だからうちのお父さんが車で連れてってくれるよ」
えっ、うちのお父さん?
「——やっぱり、ミオのお父さんっているんだ」
「そりゃあいるよ。いないとでも思ってたの?」
「だって、いつ行ってもおばちゃんしかいないじゃん。もしかしていないのかなって——」
「市役所の広報するところにいるからね。休みの日も結構あっちこっち駆り出されて、最近忙しくてあんまり家にいなかったからなあ。仕事が仕事だから、お店には出ないしね。風花が知らないのも仕方ないか」ミオは、ふん、と鼻で息をして腕を組んだ。「ほんと、父親が家庭を顧みないってのも考えもんよね」
風花はドキッとした。自分の家のことを言われたみたいで——
「どした?」
ミオが風花の顔を覗き込んだ。
「ああ、いや別に。それより、そんな忙しいのに日曜日は大丈夫なの?」
「あっ、それは大丈夫。連れてってくれなきゃ親子の縁を切るって脅したのさ。ほほほ」
どこぞの奥様風に、口に手を当ててミオは笑った。なんだ、結局はお父さんとは仲がいいんじゃん。
バスが学校の前についた。バスに乗るときには降っていた雨は、いつの間にかほとんど小雨になっていて——
〈よしっ〉
どんよりと曇った空を見上げながら、風花はある決心をしていた。
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