第32話 吠えた!
「海潮一勝!」
大会初戦の福山両徳高校戦で、真っ先に勝ち抜けて雄叫びを上げたのは、おそらくその場にいた誰もが予想していたであろう中堂秋穂でも小柴美織でもなく、上本梨花だった。
対戦相手の福山両徳高校はB級3人C級2人というチーム構成で、1、3、5番目にB級を置き、C級2人を挟んで両側から少しでも気持ちで引っ張り上げようという、ある意味では順当な構成で海潮高校との団体戦に臨んできた。
団体戦の作戦としては海潮高校も全く同様で、読手に近い1番に「感じ」のいいミオ、2番に風花、3番にキャプテンの中堂秋穂、4番に孝太、そして最後に上本梨花を置いた。これは対戦相手に関係せずにA級3人がチーム勝敗の肝となるのは間違いなく、初心者2人も一番力を発揮しやすい構成がこの形だろうとみんなで話し合って決めた。もし勝ち上がっても、この構成で最後まで通す予定だ。
団体戦は、級別に別れて闘う個人戦とは違う戦い方があり、苦楽を共にした仲間と一緒に戦うというモチベーションが、実力不足を補って展開の妙で下克上を起こしてしまうこともあり、それこそが団体戦ならではの怖さでもあるのだ。
だからこそ、対戦相手に関係なく、今の自分たちの100パーセントが出せるこの形にこだわることに決めたのだった。
ところで今年の広島大会への参加校は12校で、1回戦を勝ち上がるとシード校との対戦が始まる。1回戦の福山両徳高校はシード校4校と比べると少し実力が劣る相手でもあり、だからこそ風花と孝太にとってはこの2ヶ月の特訓の成果を試すチャンスでもあるのだ。
「さあ、いよいよ初戦。梨花ちゃん、ミオちゃん、ここは一気に勝ち抜くよ」
試合前、海潮かるた部はさっそく円陣を組み、キャプテン中堂先輩が上本先輩とミオの顔を覗き込みながら鼓舞し、2人は静かに頷いて応えた。
「孝太君、相手はC級よ。チャンスはあるよ。いつもの君のように遠慮せずに思い切り攻めていこう」
中堂先輩が言うと、今度は孝太が「ウス」と短く応えた。
「風花ちゃん、昨日までの練習は絶対嘘をつかない。あなたの全力を出していこう」
そう言われて、風花も「はい」と応えながら、大きく深呼吸をした。胸がドキドキする——
「相手なんか関係ない。黙って3回勝てばいい。いい? 今年近江神宮へ行くのはウミコーよ!」
中堂先輩の声に気合が入った。入ったけど——
「あ、あの。近江神宮ってどこですか」
だってほんとに知らないんだもん。
気合が高まったところで、風花の一言でタガが外れ、円陣がガタガタと音を立てて崩れ落ちた。
「まず、そこかあ——」
みんなが涙を流しながら笑い転げたのだった。
「近江神宮っていうのはね、高校野球に例えたら甲子園なのよ」円陣を一旦解いて車座になって座り、ミオが風花と孝太に説明する。「この広島大会で2位以内に入ったら、近江神宮である全国大会の出場権を手にするの」
「その近江神宮ってどこにあるの?」と風花。
「滋賀県よ。琵琶湖の西側にあって、年明けに名人戦とクイーン戦も近江神宮にある
「へえ。じゃあ、クイーンになるミオちゃんの目指す場所ってわけね」
「うちらもね」横から中堂先輩が言う。上本先輩も自分を指差した。
そうか、やっとわかった。わかったけど。
「でも、なんで近江神宮なんですか」
風花にもうひとつ疑問が湧いた。
「風花ちゃん、小倉百人一首の1番の歌はなんだったっけ?」
上本先輩がすかさず風花に聞く。
ええっと、1番の歌は——
あきのたの かりほのいおの とまをあらみ
わがころもでは つゆにぬれつつ
「はい、よくできました。じゃあ、誰の歌か知ってる?」
上本先輩がにこりと笑っていう。
「たしか
「おめでとうございます! アメリカ横断達成!」先輩がパチパチと拍手した。「近江神宮は、その天智天皇が祀られてる神社なんだよ。だから、カルターにとっての聖地になったのよ」
そっか。そんなことさえも知らずに私は百人一首をやってた。ひょっとして、おばあちゃんがかるたをやるなら、百首をちゃんと覚えてほしいって言ったのは、こんなことなのかもしれない——
「じゃ、仕切り直し。もう一度円陣」
中堂先輩の掛け声で円陣を組み直した。
「この大会、2位でも近江に行けるけど、そんなものうちはいらない」
中堂先輩が全員の顔を見回した。
「最後まで勝って近江に行くよ!」
「はいっ!」声を合わせる。
「うちらの目標は準優勝じゃない!」
「はいっ!」ますますみんなの気合が高まる。
「さあ、4試合ぶっちぎって優勝するよ!」
「はいっ!」
「いくよ。ウミコーーー!」
——ファイッ!!
全員が一つになり、風花の心の中で一気に何かが弾けた。
思えばついこの間まで、かるたさえも知らなかった私と孝太がいる。そして円陣さえもまともにできなかったこのチームで、私はいま違う競技で全国を目指してる。
そうだ。今の私の目標は——近江神宮だ。行くぞ、近江勧学館!
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