第31話 練習は嘘をつかない、はず
6月の最初の日曜日、尾道海潮高校かるた部の5人は広島市内にいた。今日は全国高等学校小倉百人一首かるた選手権広島大会が広島市中心部、中区にある元町高校で行われる。
早朝の6時、大河内写真館が所有する9人乗りワゴン車に、かるた部の5人に加え、顧問の野間先生——実はかるたのことは何も知らないお飾り顧問である——と小柴美織の母が乗り込み、孝太の父の運転で尾道を出発した。広島市までは高速で片道約1時間半ぐらいだ。
小柴美織の母は現役は退いたが、もともとは地元の尾道では有名なA級の選手であり、中学生の頃から風花の祖母に師事し、かるたを覚えた。今回は競技かるたを知らない顧問のサポートとして付き添ってくれている。孝太の父は、地元で頑張る学生を応援するために、自治体から大会の様子を撮影するよう依頼され、その写真は尾道市報に掲載される予定だ。
高速の広島インター出口付近から、すぐ近くに山が見える。頂上からえぐり取られたように山肌が見えるところは、数年前の山崩れで土石流が起こり大勢の痛ましい犠牲者が出た場所だと野間先生が教えてくれた。広島市は中四国地方で一番の都市ということだが、こんな街の近くまで山が迫っているのが風花には少し不思議な風景だった。
——こんな場所があることを忘れないでね。
先生は山を見つめながら、静かに言った。
大会が開催される元町高校は、広島県では名の通った強豪高でもある。尾道昇華高校や呉原高校、私立セントポーリア純真高校とともに今年はシード校となっているが、最近は有名な少女漫画の影響もあり競技かるた人口も増え、昨年よりもさらに激戦が予想されている。そんな広島の高校かるたの聖地へ、今年初めて団体戦に参加する海潮高校のメンバーを乗せた車が静かに学校の駐車場へ入っていったのだった。
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あの練習試合で惨敗した日から、風花は、それこそ寝る間も惜しんでかるたに打ち込んできた。団体戦である以上、自分がみんなの足を引っ張らないように、そしてひとつでも二つでも勝つことができれば、A級選手を3人抱える海潮高校はかなり上位に食い込むことができるのは間違いない。そんな思いで毎朝の体力作りから頑張ってきた。
今度は公式試合であり不安しかないが、努力はきっと嘘をつかないはずだ。そう何度も自分に言い聞かせた。
そんな大会直前のある日のこと、ミオが先生に呼ばれたためひとりで早めに部室に行くと、上本先輩がもう畳の上で素振りを始めていた。
「上本先輩、早くから頑張ってますね」
素振りをしていた先輩がチラッと風花を見たので、そう声をかけた。
「うん。秋穂ちゃんとミオちゃんの足を引っ張るわけにはいかないから」
上本先輩は、そう素振りの手を止めずに言う。
「足を引っ張るって……。先輩だってA級じゃないですか。すごく強いのに」
「うちはA級って言っても、B級準優勝2回でA級にさせてもらったの。あの2人とはレベルが違うのよ」
先輩がこんなことを思っているなんて、少しも知らなかった。
「私、まだかるたのことはよく知らないんだけど、中堂先輩とミオって、そんなに強いんですか?」
「
「尾道三姫! なんか三国志みたい。でも、ミオと一緒にいても誰もサインくださいとか言ってこないし、そこまで有名だなんて全然知りませんでした」
「ははは、あったり前よ。競技かるたはそこまでメジャースポーツじゃないからね。でも、かるた界隈じゃ超有名な3人なんだよ。うちは少しでもあの子らに近づきたくて、部じゃなくてかるた会に通ってたの。今回も誘ったのが秋穂ちゃんじゃなかったら絶対に断ってる」
「そんな強い3人が同じ時期に同じ尾道にいるなんて驚きです」
「そうでもないと思うよ。強い床田さんがいたから秋穂ちゃんも頑張ったし、その2人がいたからミオちゃんも強くなった。たまたまじゃなくて、なるべくしてなったってことかもね。相乗効果じゃないかな」
そういえば、ミオと中堂先輩が勝った日、ミオが確かにそう言ってた。
——やっと勝ったあ!
あれは、そういうことだったんだ。
「なるほどですね。でもやっぱり、私からみれば上本先輩もかなり強いですよ」
上本先輩が素振りの手を止めて体を起こし、ニコリと微笑んだ。
「お世辞でもうれしいわ。でもね、今度の大会は絶対うちが狙われる。覚悟してんのよ」
「狙われるって……。どういうことですか」
「団体戦って5人だから3人勝てばいいでしょ。A級3人のうち、誰かをひとりを潰せば、初心者の大河内君と風花ちゃんには勝てるって計算するよ、きっと。するとさ、尾道三姫の2人じゃなくて、もうひとりの力の劣る方のA級を潰しに狙ってくるんだよ。それが団体戦。うちが相手チームにいてもそうする」そう言って、ふう、と上本先輩は大きく息を吐いた。「だから、その作戦は失敗だったと相手に思わせてやるって、心に決めてんの」
上本先輩はキラキラと輝く目で風花を見据えてそう言った。
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