第11話 隣の窓
「ちょっと寄ってって」
バスを降りると、ミオが少し家に寄っていけという。今日は初日ということもあり、早めに部活を終わったので、まだ世間は明るい。
「じゃあ、ちょっとだけ」
昨日ミオと孝太には家に来てもらったこともあって、風花はミオの招待を受けることにした。
バス停のある国道から、家の方向とは反対に海へ向かう道へ入る。途中でちょうど商店街のアーケードとその道路が交差するため、その道路の部分だけアーケードが切れている形だ。
進学が決まって風花が尾道に来た頃、街を早く覚えようとこの辺りを散々歩き回った。この道路を突き当たって左に曲がると尾道市役所があり、その市役所の裏あたりから西に向かって尾道駅の南側あたりまで続く防波堤の向こうが、尾道水道と呼ばれる海となっている。
尾道水道を挟んだ向こう岸が
アーケードの入り口まで来ると、「こっち」とミオに言われるまま、左に曲がりアーケードの中へ入って後をついて行く。それからしばらく進むと少し古びた写真館の隣に「着物の小柴」という立看板があり、ウインドウから鮮やかな着物が見える店が小柴呉服店であり、小柴美織の自宅だった。
「ねえねえ、見て」
隣の写真館には、道路に面して何枚かの着物を着た子供の写真がディスプレイされている。あれ、この子の顔をどこかで——
「うちが小さい頃の写真なんよね。ここのおじさんが写真を気に入って、ずっとお店に飾ってくれてるの」
ちょっと照れながら、少し自慢げにミオが言った。写真の中の着物は赤い生地の古典柄で、小さい子供が着るととても可愛らしい。
「ただいまあ」
ミオは正面の扉から中に入る。「おかえり」と店の中にいた女性が返事をした。この人がミオの母親だとすぐにわかった。それほどよく似ている。
「昨日言った友達連れてきたよ」
ミオからぐいっと手を引かれて、風花は母親の前に出され、「同じクラスの大道風花です」と言いながら頭を下げて挨拶をすると、
「ほんまじゃあ。あんたの言ったとおりじゃわ。えらいべっぴんさんじゃねえ」
と言いながら、風花が恥ずかしくなるほど頭の上から下までじっくりと眺め回された。
「それにしても、スタイルええわあ。痩せすぎてないのがまた。なんかスポーツでもやっとるん?」とミオの母。
「いえ、今は……」とつい、小声でこたえる。
「あんたさ、今度店頭に飾る写真のモデルやってくれん?」
ミオのお母さんは、グイグイくるタイプのようだ。ある意味、ミオも似てるのかもしれないと思いながら、全力でお断りした。
「あら、もったいない。これから何年か、女の子が人生で一番綺麗な時期が来るんだから、一度ぐらいうちの着物着て写真を撮れば一生もんになるんよ」
という母親を、「お母さんたら。しつこい」とミオが遮って、風花は手を引かれて店の奥から2階に上がったのだった。
「ごめんね、しつこくて」
ミオがカップにドリップバッグ式のインスタントの紅茶作り、「どうぞ」とソーサーに載せて和菓子と一緒に出された。昨日も思ったが、ミオのこういった仕草がいちいち丁寧で綺麗だと風花は思う。
「ありがとう」そう言って、添えてあったスティックシュガーは使わずに、そのまま風花は紅茶に口をつけた。中学生になった頃からだったか、砂糖を入れない紅茶の味が好きだった。特に和菓子と一緒だと、砂糖を入れると甘過ぎると感じるのだ。
他愛もないおしゃべりと、かるたをやるための体力作りの話をして時間を過ごし、気がつくと6時を回っている。少しずつ外が暗くなり始めてた。
「ごめんね。送って行きたいけど、ご飯を作らなきゃ」
「えっ、ご飯はミオちゃんが作ってるの?」
「できる日はね。お店が7時までだからさ、お母さんができない日は、うちが作ってるの」
「うわ、感心する。他に兄弟とかいないの?」
「ああ、男のおるよ。もう帰ってるはずだから紹介しとくわ」
「えーっ、いいよ。恥ずかしいから」
「まあ、そう言わんと」
ミオはニコリと笑いながら立ち上がると、ガラリと窓を開けた。驚いたことに、たった今ミオが開けた窓の、ほんの僅かな距離の向こうにもう一つ窓があった。
「ねえ、帰り着いた?」
ミオが窓に向かって声をかける。すると、窓の向こうから「おお、今ランニングから帰ってきた」という男の声と共に、その窓が開く。
上半身裸の孝太がそこにいた。だが、孝太はそこに風花がいたことは知らなかった様子で、目が合った途端に慌てた様子でいきなりバシッと窓を閉め、
「おめえ、風花ちゃんがいるなら先にそう言えよ」
と孝太の怒鳴り声がした。
「あらあら? 孝太くん照れてるね?」
ミオがからかうように言うと、「うるせえ」という声とともに、今度は紺色のトレーナーを着た孝太が再び窓を開けた。
「風花、紹介するわ。うちの男の兄弟。名前は孝太君です」
えつ、兄弟? どういうこと?
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