第9話 一字で決まりっ!

「ひょっとしたら、6月の県大会、団体戦にも出られるかもしれんね」

と中堂先輩が言い出した。

「えっと、高校の県大会の団体戦って何人必要なんですか?」とミオ。

「まっ、基本は5人だけどね」

 あら、知らないの? という顔で、先輩がすまして言う。

「えー、じゃあダメじゃないですか。うちと先輩だけですよ? あと3人は勧誘しなきゃいけんし」

 あからさまにミオががっかりしてる。すると中堂先輩が、

「あら、そこにいるじゃない」

と言い出して、風花の方へ振り向き、釣られてミオも視線を向けた。

 ——へっ?

 慌てたのは風花だ。

「ちょっ、ちょっと待ってください。そもそも私、かるた自体やったこともないし、できるかどうかもわかんないし、それにかるたのルールもまだ……」

 風花は両手を顔の前で振って、必死に先輩たちの視線を打ち消した。

「そうですよ、先輩。風花を入れてもまだ3人です。あと2人必要ですよ?」

 ミオが中堂先輩にそう言うと、

「あら、5人揃ってなくても、一応3人いれば団体戦は出られるのよ。だって3勝すればいいんだから。私と君は当然勝つとして、あとは風花ちゃんが勝ちさえすれば、勝ち上がれるんだよ」

と、涼しそうな顔で中堂先輩は言い、「ねえ?」と風花は相槌を求められ、つい勢いで、「はい」と返事をしてしまいそうだったが、さすがにありえないと必死にかぶりを振った。そんな風花の気持ちなどどこ吹く風、

「ああ、そうなんだ。じゃあ風花が勝てるようになればいいのか……」

とミオが先輩に同調したのだった。

 まったく意味わかんない! 風花は頭を抱えた。


「ん? その本は?」

 この時になって、風花が手にしてる本にミオが気がついたようだ。

「ああ、これはおばあちゃんから貰った百人一首の本なの。まずは百首を覚えなさいって言われてるから」

「へえ、ちょっと見せて」

 そう言われて本をミオに手渡すと、ミオはパラパラと本を捲りながら、フンフンと頷きながらしばらく目を通し、

「これはこれでためになるし、絶対覚えた方がいいんだけど——。ねえ、先輩」

と本を中堂先輩に渡しながら、なにやら言いたげな様子。中堂先輩も、

「うーん、確かにこれを覚えるまで待ってたら、6月に間に合わない……かな」

と言い、本を閉じて風花に返した。

「でも、うちのおばあちゃんが、まずこれをって……」

 2人の様子がなんかおかしい。風花は少し不安を覚えた。

「うん。風花のおばあちゃんは正しい。本来の百人一首の覚え方としては正しいんだけどね、その、間に合わないと思うんだ」

と、ミオは含みのある言い方をする。そういえば、中堂先輩も6月にどうとか言ってたっけ。

「でも、競技かるたって、まず百首覚えなきゃできないんでしょ? 違うの?」

 風花がそう聞くと、

「まあ、6月の大会に間に合わせるために、時短っていうか、覚える方法を端折るっていえばいいのかなあ。そんな覚え方も必要かなあって」

と中堂先輩がいう。

「端折る?」風花には、なにやら意味がわからない。

「じゃあ、ちょっと説明するね」

 そう言って中堂先輩がかるたの札を畳の上から取ってきて、一回咳払いをする。

「確かに競技かるたって、歌の上の句を聴いて下の句の書いてある札を取り合うんだけどね」

 中堂先輩は札をささっと捲って、二組に分けてある札の山から、それぞれ二枚の札を風花の前に置いた。

 ——あれ?

「先輩、その前にひとついいですか」

「なに?」

「こっちの札は、全部ひらがなで——」

 緑の縁取りに、白地に黒の文字。漢字がないと、妙に読みづらい。

「ああ、札をちゃんと見るのが初めてなんだね。競技かるたの札は、取り札の方は全部下の句をひらがなで書いてるんだよ」

と、先輩は他の札も見せてくれた。確かに全部そうだった。

「取り札ってなんですか」

 中堂先輩は、和歌と絵が書いてある札を手にして、

「こっちが、読み札。読手どくしゅ、つまり読み手にこの札が読まれたら、それに対応した下の句の絵のない札を取るんだけど、それが取り札っていうの。しかも、取り札には濁点とかもないからね」

と言う。

「うわあ、私、札の区別がつかないです」これは探すのに混乱しそう。

 すると、中堂先輩はニヤリと笑い、

「だからこそ、時短」

 うんうん、とひとりで頷き、そして最初に置いた札を指差した。

「これ、さっきのミオちゃんとの試合で最後に出た札なんだけどね、風花ちゃんは見てて何か感じなかった?」

 どう? という顔で先輩が見ている。

 何か? そんなこと漠然と聞かれても——

 風花は困って、畳に置かれた札に視線を落とした。


 忍ぶれど 色にいでにけり わが恋は

  物や思ふと 人の問ふまで


 一枚の絵の描いてある札に、和歌が全部書いてある。そしてもう一枚は例のひらがなの札だった。


 ものやおもふと ひとのとふまで


 なるほど、下の句だけがひらがなで書いて——

 ああ、そうだ。携帯からこの句が聞こえた瞬間に、2人とも手が動いたんだ。

「あの時私は、しの、しか聞こえなかった!」

「よく覚えてたね。風花ちゃん、なかなか耳がいいよ」そう言って、中堂先輩は再び下の句の札を手に取りる。「この札はね、しの、が聞こえたら取れる札なの」

「えっ、なんでですか」

「だって、他に、しのから始まる句はないからね。これがつまり時短」

 そういうカラクリなんだ。だから。

「じゃあ、他にもそんな札があるってことですか」

「そうだよ。む、す、め、ふ、さ、ほ、せ、の七枚ね。この文字から始まる上の句の札は、頭の一文字を聞いただけで、下の句を取れるのよ。これを一字決まりって言うんだ」

 どうよ。面白いでしょ。先輩はそんな顔をして笑った。


 

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