第26話
次の日、掲示板にプリントアウトした知らせを貼ろうとした頃には、すでにフウカの存在は島民の間で知れ渡っていた。回覧板をまわす必要もなさそうだ。
俺らの心配をよそに、彼らのフウカへの反応は、島に子供が1人増えたという程度の認識だった。掲示板に知らせを貼る俺に、大変だねなんて話しかけてくる。部署で孤児を預かっているだけとでも思っているのだろうか。フウカの写真も知らせのプリントには印刷してあるけれど、それを見ても怖がる様子はない。
ここまで穏やかな反応だと、フウカの認知の歪みが一層恐ろしいものに感じた。子供たちはこちらに駆け寄ってきて、フウカは?とたずねてくる。
「まだ寝てる」
「会いに行っていい?」
「お前ら、学校はどうした」
「おやすみだよ」
そう言う子供たちを振りきれずに、部署まで連れてきてしまった。俺が外に出ている間に目を覚ましていたらしいフウカが、部署の扉を勢いよく開ける。子供たちの声が聞こえたのだろう。俺に挨拶すらせずに、子供たちの方へ駆けて行った。
「パパ、行ってきます!」
ああ、と言いかけたが慌てて追いかけた。さすがにフウカを1人で外に出すわけにはいかない。追いかける途中で会ったゴウに後を頼むと、フウカたちの背を必死に追いかける。
それからしばらくは、ずっとそんな調子だった。学校が終わった子供たちが部署に遊びに来てはフウカを連れ出す。それを慌てて俺たちの中の誰かが追いかける。子守の大変さは結局変わっていないような気がした。
それでも、フウカが楽しそうだった。彼女の表情こそ見えないけれど、話す声が弾んでいる。俺が面倒を見ていなかった日は、外から帰ってきて1番に誰と遊んだとかいうことを話しに来るのだ。
「ツキがね、いっつも私ばっかオニにするの。でもハナがね……」
同年代の子供と関わっている影響か、フウカはよく喋るようになった。彼女の話に登場する子供の名前はどんどん増え、わからないことも多い。俺やゴウ、ナオヤがさっぱり覚えられないのに対し、シグレはすんなりと子供たちの名前が出てくる。そもそもナオヤは覚える気がなさそうだが。
島民はフウカの姿を見ても怖がる様子がなかった。子供たちと遊んでいるフウカを、ほほえましく眺めているような場面も何度か見た。
それでも時折、黒災から生まれたというのが本当か、というような質問を受ける。けれどそれは何かを恐れているわけでもなく、単純に事実を確認しているだけのようだった。
フウカに認知の歪みが生じることは伝えていない。それがどんな影響を及ぼすのか明確にわかっていないし、今のところフウカが俺らに危害を加えてくることもないからだ。不確定な情報はなるべく伝えないようにしていた。
フウカがこの島になじんでいくのが、ひっそりと恐ろしかった。穏やかな時間が続けば続くほど、不安が波のように押し寄せる。ずっと側にいるせいで、『フウカオーラ』の影響が薄れてきているのだろうか。
フウカが外に出るようになって、ナオヤの表情に拭いきれない疲れが浮かぶようになった。前はフウカに構われてイライラしていただけだが、今はきっと俺が感じている以上の不安を、無意識にため込んでいるのだろう。
それに反して、シグレはうきうきとご機嫌にフウカの面倒を見ている。フウカが子供たちに呼ばれて外に飛び出すと、真っ先にその背を追うのはシグレだった。
ゴウも、ナオヤほどではないとはいえ、何か良くないものを感じているらしい。仕事で小さなミスをすることが増えた。
フウカが来た当初とは、環境が変わり始めている。アカネさんにここではもう面倒を見きれないかもしれないという趣旨のメールを送ったが、煮え切らない返信が帰ってくるだけだった。
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