第25話
フウカが子供たちの間に溶け込んでいるのを眺めているうちに、スピーカーから5時のチャイムが流れ出した。子供たちは目を覚ましたようにふっと顔を上げて、散り散りに家へ帰っていく。いつもは事務所で聞いているチャイムの音がやけに大きかった。
「フウカ、帰るぞ」
誰もいなくなった空き地の真ん中で、フウカはぽけっと立ち尽くしている。1人になったのが寂しいのか、それとも興奮冷めやらないのだろうか。動こうとしない彼女の体を抱き上げると、ほのかに温かいような気がした。
部署に戻り、いつの間にか眠ってしまっていたフウカを応接室のソファに寝かせる。事務所に入ると、デスクで何か話していたらしい3人の顔がこちらを向いた。
「隊長、どこ行ってたんすか?」
ナオヤのその言葉に、どう返答しようか悩む。しかし今日あったことを黙っているわけにもいかないだろう。そう思い、簡潔にフウカが島の子供たちと接触したことを説明した。
「……大丈夫なんですか? それ」
意外にも、そう言いだしたのはシグレだった。ナオヤは言わずもがな不満そうな顔をしているが、シグレは特に心配そうな表情を浮かべている。
「子供って、結構なんでも親に喋っちゃうじゃないですか。それに、フウカの容姿が違うこともわかってるんですよね? フウカに何かあったら……」
「いや、そっちの心配ですか」
そわそわと口元に手を当て、不安そうにしているシグレにナオヤが呆れた顔で口を出した。
「あんな化け物と子供が関わる時点でいい影響あるわけないし、フウカのことより他の人のこと心配する方がよくないですか? 俺らだって何言われるかわかったもんじゃないんだし」
子供たちはそれほどフウカに嫌悪感を抱いている様子はなかったが、彼らの親たちもとい島民がフウカのことをどう思うかはわからない。そもそもこんな小さな島で、フウカのような存在を預かることになった時点で、バレたときのことは考えておくべきだった。ナミさんに見られた時点で検討しておくべきだったのに、どうして頭から抜けていたのだろう。
公表すれば、島民たちは不安を覚えるかもしれない。しかし、隠し続けることももうできない。
「まあ、伝えておくのもいいんじゃねえか? 幸い俺ら以外の人は、今のとこフウカに敵意も恐怖も覚えないみたいだし」
ゴウのその提案に、簡単に頷くことも難しかった。うちにだって、ナオヤという例外がいる。みんながみんなフウカを怖がらないとは限らない。
怖がる怖がらないに関わらず、伝えるべきだということはわかっている。それでもこんな風に渋っているのは、シグレと同じようにフウカへの影響を恐れているからだ。フウカの認知の歪みは、情を重視する人間にとってひどく厄介だ。
島民に不安を与えたくない。けれどフウカに何か影響が出ることはしたくない。そんな自分勝手な感情でうまく動けなくなってしまう。
「私も、伝えておくべきだとは思います。フウカがどんな風に見られるかはわかりませんが、もう子供たちにフウカの存在は知られてしまったわけですし……」
シグレにまでそう言われ、俺は改めて頷いた。決断力のない隊長で申し訳なくなる。ひとまずその日の夜は部署に泊まり、フウカの面倒と島民へフウカの存在を知らせる文書の作成を請け負った。
あとは明日これを掲示板に貼り、回覧板で回してもらう。小さな島だから、それだけで情報は伝わるだろう。随分近代化した日本に住んでいるにも関わらず、この島の情報伝達方法は数十年前で止まっていた。
いつもは元気が有り余って深夜まで起きているフウカが、夜に1度少し目を覚ました程度であとはぐっすりと眠っていた。体力がなくなるまで子供たちと遊んだのだろう。
ただの子供と一緒に暮らしているような生活が続いているのが、平穏なのに恐ろしかった。フウカは人間じゃない。そう言い聞かせていないと、自分も他の島民のように、フウカを見た目が少し違うだけの普通の子供だと思ってしまいそうだった。
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