第18話
床をくるくると転がる鉄パイプと、腕がなくなったフウカの体とを何度も見比べる。声も発さないフウカの表情は読めなくて、ますます現状がわからなくなった。
「フウカ……痛くないのか?」
「いたい?」
フウカはこてんと首をかしげる。どうやら痛覚はないらしい。押さえたままの左手を離すのが怖かった。
「隊長、何か落としましたか? なんか大きい音しましたけど……」
事務所の扉から顔をのぞかせたのはシグレだった。彼女は床に転がった鉄パイプには気づいていない様子でこちらに歩いてくる。俺のデスクに近づいて、ようやくフウカの腕が床に落ちていることに気付き、小さな悲鳴を上げた。
「えっ、ど、どうしたんですか、それ」
シグレは2歩ほど後ずさってフウカの腕を指さしている。俺が首を横に振ると、彼女は恐る恐るフウカへと近づいた。
「フウカ、腕痛くないの? 大丈夫?」
「いたくないよー」
うろたえる俺たちを前に、フウカだけがいつも通りだった。シグレはナオヤとゴウを呼んでくる、と部屋を出て行く。その瞬間、確かに俺がつかんでいるフウカの左手がふっと重くなった。手を離さなくとも、外れたのだとわかってしまった。
恐る恐る腕を持ち上げれば、俺の手をすり抜けてまた床に落ちる。フウカは両腕のないいびつな姿になってしまった。いや、元々いびつな存在ではあったのだけれど。
2人を連れてきたシグレは、両腕とも失くしたフウカの姿にまた驚いている。ナオヤとゴウも目を見開いて、何が起きたのかわかっていない様子だった。
「隊長、それ、どうしたんすか……」
「正直、俺が聞きたいところだが」
フウカは足で反動をつけ、器用に俺の膝から降りる。それからぎょっとした顔をしている3人のところへ走っていった。腕がないとやはり今まで通り上手く歩行できないのか、体がふらついている。
「フウカ、腕、なんで外れちゃったの……?」
シグレがフウカの目線にしゃがみ込みそう聞いた。フウカは頭をゆらゆらと動かしながら、何か言葉を探しているようだ。
「みんなみたいな手が、ほしかったから?」
疑問形なあたり、フウカ自身にもわかっていないようだった。ぱたぱたと、身軽になった体で事務所を走り回っている。
「……これ、もしかしたら足もそのうち外れるんじゃ……」
ぼそりとナオヤがつぶやいた一言に、思わず言うなと返した。幸いフウカには聞こえていなかったようだが、もしも聞こえていたら今度は足を外しかねない。
フウカ自身で自発的に外したわけではなさそうだが、彼女が望めば、体がフウカを構成するパーツを変更しようとするのかもしれない。にしたって、自分の腕が外れても同様ひとつしないフウカは不気味だ。
改めて、彼女は根本から何もかも俺らとは違うのだと実感させられる。
「俺らと同じような腕がほしいからってなあ……」
黙ってフウカを見守っていたゴウが、腕を組んだまま吐き出すようにそう言う。彼女のかつての腕は、まだ床に放置されたままだ。触る前に念のため手袋をしようと引き出しを開ける。
拾い上げた鉄パイプは、よく見るものとなんら変わりなかった。それだけで動くこともなく、特別重いわけでもない。魔法が解かれたみたいに見えた。
どうしたものか、と頭をかく。フウカが来てからそんな風に悩んでばかりだ。俺らみたいな手が欲しいと言った割に、フウカは腕を失くしても平気そうだった。何か新しい腕を探した方がいいのか、それともこのまま成り行きを見守ればいいのか。
イレギュラーなことばかりで決断に困る。せめて足はしばらく外れてくれるなよと祈った。
「これ、付けなおせないんすかね」
いつの間にか隣に来ていたナオヤは、俺が持っている鉄パイプを指さした。一応試そうか、と窓辺に立っていたフウカを呼ぶ。
さっきまで腕のあった場所に鉄パイプを当ててみるも、形の合わないパズルのように嚙み合わない。鉄パイプを体に近づけるたびに、フウカは不快そうに体をよじった。
諦めて鉄パイプをデスクに転がす。ふと頭に浮かんだのは、ゴウの経歴書だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます