第6話
いつも通り全員が立ち上がり、俺が本部から届いた連絡事項を読み上げていく。黒災の発生頻度が上がっているので注意するようにとのことだった。
「それで……まあ、今日の問題はあいつのことだ」
俺が応接室の方へ視線を向けると、3人もそちらへ目をやる。廊下の向こうからは何の物音も聞こえなかった。
「……あの、1つ提案、というか、お願いがあって」
シグレがおずおずと手を上げる。頷いて話すように促せば、彼女はそわそわとしながら口を開いた。
「あの子の呼び方を決めませんか。ずっとあいつとか、か……呼びづらいと、思うし」
可哀想、と言いかけてやめたのだろう。シグレの言葉に1番に嚙みついたのはやっぱりナオヤだった。
「はあ? あんなやつ化け物で十分ですよ」
そんな風に吐き捨て、おまけに舌打ちまでした彼をゴウがなだめる。
「いや、実際呼び名がないと不便だ。いい提案だと思う。どうせまだしばらくはここで面倒をみるんだ」
ナオヤに吠えられてしょげていたシグレがぱっと笑顔になった。代わりにナオヤがこちらをキッとにらんでくる。
「そーですか、あんたもそっち側ですか、隊長」
「ナオヤ、気に入らないからって何にでも噛みつくのはやめろ。業務上支障が出るから、シグレの意見に賛成しただけだろう」
ナオヤはぐっと押し黙り、俺から視線を逸らす。
「何が気に食わないんだ、お前は。担当地域の黒災で発生したことの後始末だろう。何かおかしいことでもあるか?」
ナオヤは返事をしない。シグレは自分の提案のせいだ、と顔面蒼白になっている。
「これは仕事だぞ、ナオヤ。何かちゃんとした理由があるなら聞いてやるから」
ナオヤはじっと黙っていたが、しばらくして小さな声ですみませんでした、と言った。
それほどまでに怖がっているのか、それとも何か別の原因があってあいつのことが気に食わないのか、俺にはナオヤの気持ちがわからなかった。
「よーし、じゃあ呼び名を決めるってことでいいんだな? じゃあ、ミクニ、お前が決めてくれや」
重くなった空気を吹き飛ばすように、ゴウが明るくそう言う。てっきりシグレが決めるものだと思っていた俺は、びっくりしてゴウとシグレと顔を見合わせた。
「そうですね、私も隊長に決めてほしいです」
シグレからもそう言われ、何かちょうどいい呼び名を考えようとしたが、頭の中に名前と呼べるものが1つしか浮かばない。
けれどこれは、と躊躇したが、それ以上に何も思いつかず、仕方なく口を開く。
「それじゃあ……フウカ」
「フウカ?」
ゴウとシグレ、むくれていたナオヤまでもが、思わず顔を上げて名前を聞き返した。3人から驚いたような視線を向けられて、俺は誤魔化すように着席する。慌てたせいで、足がほんの少し椅子から落ちた。
「ほかに思いつかなかったんだよ」
「にしたって、フウカって……まるで人間の子供じゃないすか」
それに続くように、ナオヤも着席する。
「まあでも、可愛くていいじゃねえか」
そう言って、ゴウはやたらと響く声で笑った。ナオヤが迷惑そうに顔をしかめる。
「フウカ……いい名前ですね」
隣でシグレが嬉しそうに微笑んでいた。本当に子供の名前をつけたときのようで、段々恥ずかしくなってきた。がしがしと頭をかいて、羞恥心を紛らわす。
「仮だからな、別に深い意味はないから」
さっきまで重かった空気がほぐれ、ナオヤまでもがくつくつと笑っていた。
「ま、ここ暇ですし、あの厄介なの抱えるくらいで丁度いいんすかねー」
ナオヤは頭の後ろで腕を組み、ぐうっと椅子の背もたれへともたれかかった。さっきまでの不機嫌はなんだったのか、とゴウと顔を見合わせて笑う。
そのとき、アカネさんからのメールが届いた。フウカの対応が決まったのかと思いきや、やはり『しばらくはそっちで面倒みてな』とのことだった。
平和だったこの島での暮らしが、少しずつ変わっていくような、そんな予感がした。
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