いつか鳥になる日

ニド カオル

いつか鳥になる日

 登場人物

文雄(フミオ)...中年男性

慶和(ヨシカズ)...中年男性



 二人の男が立ち話をしている。


文雄「突然だけど前々から、聞いておかなきゃって思ってた事があるんだ...。」

慶和「え、何?」

文雄「ヨシ君は、死ぬ時はどんな最期がいい?」

慶和「突然過ぎじゃねぇ?」

文雄「大事な事だよ、友人がどんな最期を望んでいるか知っておくのは。」

慶和「そう?でもさ、流石にどんな風に死ぬかは自分じゃ決められないだろうし。月並みだけど痛く無くて苦しまなかったら良いなぁぐらいしか思いつかないな。」

文雄「うん?」

慶和「そういう話じゃないの?」

文雄「違うよ。理想の死に方聞いたって何にも出来ないでしょ。」

慶和「そうだよ。何にも出来ないのに何で聞くのかなって。」

文雄「死んだ後の葬儀とか...。こうして欲しい事とか、何か無い?」

慶和「そういう事?いやでも特に無いなぁ。」

文雄「え、ないの?」

慶和「葬式は家族がやってくれるだろうし...たまにでいいから墓参りしてくれたら、それでいいかな。」

文雄「ないのか...。」

慶和「え?俺死ぬの?」

文雄「何で?」

慶和「突然、友達が、葬式でやる事ないか?って聞くって事は...そうなの?」

文雄「何でそうなるの?」

慶和「いつも行ってるお医者さんがさ、俺に内緒で家族に告知して、で、ウチのがフミさんに、主人がどんな葬式がしたいか聞いて下さいって...。」

文雄「ヨシ君がいつも行ってるお医者さんて小児科の谷先生だろ。何で小児用シロップ渡すだけの先生が余命宣告するんだよ。それとも何処か大きい病院で診て貰ってるの?」

慶和「そう言われればそうだな。」

文雄「馬鹿な事言うなぁ...。いや、もうさ、正直我々人生折り返してるだろ。二十年、三十年先の事だけどさ、元気なうちに聞いておいた方が良いかなって思ってさ。」

慶和「ああ、でもあんまり考えた事ないな。葬式来て、たまに墓参りして思い出してくれればいいよ。」

文雄「普通だね。」

慶和「まあ普通だな。フミさんは、なんかあるの?」

文雄「あ、いや、俺のはいいよ。」

慶和「俺のはいいよって事は、なんかあるの?出来る事ならするよ。」

文雄「いいって。」

慶和「水臭い事言うなよ。出来るかもよ。」

文雄「無理だって。」

慶和「分かんないじゃん。聞くだけ聞くよ。」

文雄「...俺さ。」

慶和「うん。」

文雄「狭い所苦手でしょ。」

慶和「知ってるよ。子供の頃平気だったのにな。」

文雄「年々、狭い所が怖くなってくのよ。でね...。」

慶和「うん。」

文雄「棺桶に入るのが嫌だ。」

慶和「おおっと...。」

文雄「ヨシ君、俺、棺桶に入りたくない。」

慶和「フミさん、それを俺にお願いしてる?」

文雄「あんな狭い所には入りたく無い。」

慶和「落ち着け。うん、気持ちは分かる。俺は狭い所苦手じゃ無いけど、怖いという気持ちは分かる。いいか、落ち着いて俺の話を聞け。怖いのは分かるけど、大丈夫だ。何故なら棺桶に入るのは死んだ後だ。」

文雄「ヨシ君も結局、そっち側の人間か...。」

慶和「そっち側以外にどっち側があるんだ?」

文雄「分かるよ。今は生きてるから棺桶が怖い。でも死んでしまえば、怖いも何も感じない、死んでるんだからって。そう言いたいんだろう。」

慶和「うん...そうだよ。分かってるじゃん。」

文雄「もし、生き返ったら?」

慶和「...滅多に無いんじゃ無い?」

文雄「滅多には無いだろうけど、もし目が覚めて棺桶の中にいたら?」

慶和「ああ、フミさんに賛成するつもりじゃ無いんだけど、棺桶の中で目が覚めるってかなりピンチなんだよなぁ。火葬場に着くまでだったら何とかなるかも知れないけど、目が覚めて焼かれてる時だったらもう手遅れだよなぁ。」

文雄「ん?」

慶和「何?」

文雄「焼かれるとか、沈められるとかの話しじゃないんだよ。」

慶和「えぇ?」

文雄「俺は狭いのが嫌なの。」

慶和「生きたまま焼かれる方が嫌だろ?」

文雄「仕様が無いじゃん。火葬場でボタン押しちゃった後なら。」

慶和「それは納得出来るのかよ。」

文雄「問題は棺桶が嫌って事なんだ。」

慶和「でもさ、棺桶嫌って言ったって、土葬だって棺桶だぞ。棺桶からは逃げられないんじゃ無いか?」

文雄「俺も最初はそう思った。」

慶和「何か別の埋葬方法が有るの?」

文雄「ヨシ君、鳥葬って知ってる?」

慶和「鳥葬って言った?鳥にアレしてアレして貰う奴?」

文雄「知ってるんだ、良かったぁ。」

慶和「全然良くない方に話行ってねぇかな。」

文雄「世界的に余り多くは無い埋葬方法なんだけどね。山岳地域に稀に見られる風習なんだ。」

慶和「俺、別に詳しく知りたいとか言って無いから。」

文雄「集落で誰か亡くなったら、お葬式をして、皆んなで遺体を担いで山道を運んでいくんだ。コレが面白い事にね、日本はさ、集落とか基本山の下で、里山より先の山の上の方が神域でしょ。高山地域に住んでいる彼らは、崖の下が神域なんだ。」

慶和「こういう状況でなければ興味深い話だったと思うよ。」

文雄「日本人が山の上の滝や、里山の頂上にお社を立てる様に、彼らは崖から降りれる限界の所に櫓を組んで、崖の上から、そこに遺体をポイって。」

慶和「何で嬉しそうなんだよ、フミさん?」

文雄「彼らにとって鳥は天国とこの世を行き来する存在、天使の象徴なんだ。櫓の上に落ちた遺体を、鳥が食べて天国へ。最高にクールだろ。」

慶和「究極のホラーだよ。」

文雄「ヨシ君お願い、俺が死んだら...」

慶和「嫌だよ。だいたい日本にそんな崖も櫓もねぇよ。」

文雄「そこを何とか友達の誼で。」

慶和「フミさん、同じだって。櫓の上で息吹き返して、目を覚ます可能性だって有るんだよ。」

文雄「大丈夫、例え葬式の間中、実は未だ生きてて死んだ様に眠ってるだけだったとしても、崖の上から櫓に百何十m叩き落とされたら、そこで完全に事切れる。生き返っちゃった。どうしよう?って事は無い。」

慶和「分かんないよ。目が覚めて鳥が目ん玉くり抜いてたらどうするよ?」

文雄「狭く無かったら、何でも良い。」

慶和「そうだった...。論点はそこだった。」

文雄「例え鳥に喰われててもさ、それは俺の血肉が鳥になって空を飛べるって事だよね。」

慶和「火葬場で焼いて貰えば、その場で煙突から空を飛べるよ。」

文雄「ただ、問題が一つあってね。日本で鳥葬は法律的に不味いんじゃないかって...。」

慶和「そうだよ。もし手頃な崖と櫓が有ったとして、俺がフミさんをポイってやったら...。俺が死体遺棄で捕まるんじゃないの?」

文雄「弁護士の先生もそう言ってた。」

慶和「相談済みかよ。」

文雄「ヨシ君が捕まるって。」

慶和「俺が投げるとこまで弁護士に報告済み?」

文雄「いや、投げてくれるとしたらヨシ君かなって...。」

慶和「ごめん、それは、無理だよ。」

文雄「やっぱり無理だよね...。」

慶和「...これはその、こうしろって言ってる訳じゃないぞ。」

文雄「何?」

慶和「あと二十年か三十年で、金を貯める。」

文雄「ああ、金の力で。」

慶和「その金で人知れず山を買う。」

文雄「その山の谷間に人知れず櫓を建てる。」

慶和「大事なのは、奥さんより意地でも長生きする。奥さんより先に逝っちまう時は、鳥になる夢は諦めるんだ。」

文雄「ああ、そうだ。最後に鳥になるなんて無茶するんだから、嫁には迷惑かけない。嫁より長生きする。」

慶和「そして、その時が近づいたら、人知れずその山に籠もる。」

文雄「そしていよいよその時が来たら、信頼出来るだれかを呼ぶ。」

慶和「あんまり早く呼ばないでくれよ。死に目に遭うのは辛いから。俺が行ったらもう投げるだけで勘弁してくれよ。」

文雄「ヨシ君?ヨシ君は呼ばないよ。」

慶和「え、何で呼ばないのよ。俺だろ?俺しか居ないだろ?」

文雄「呼ばないっていうか...ヨシ君は呼べないと思うんだ。」

慶和「だから何でよ?」

文雄「...突然だけど前々から、聞いておかなきゃって思ってた事があるんだ...。」

慶和「え、何?」

文雄「ヨシ君は、死ぬ時はどんな最期がいい?」

慶和「ん?」

文雄「ヨシ君の奥さんに、どんな葬儀が良いか聞いてくれって頼まれてるんだ。」

慶和「おおっと...。」

文雄「詳しくは小児科の谷先生に聞いてくれ。」

慶和「俺も、鳥葬が良かったなぁ。」


 いつか鳥になる日 完

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