吸血鬼の噂
波流「やー、お疲れ様。」
美月「お疲れ様です。」
波流「今日もよく頑張ったー!」
美月「平日とはまた違う練習メニューですもんね。」
波流「そう!休みの日はいつもあのダッシュが追加されるんだよね。」
美月「体育館何往復したんでしょうか。」
波流「あはは、そういえば数えたことないなあ。」
美月「結構往復しましたよね。」
波流「ね!今度数えてみようかな。」
美月「今度までには絶対忘れてますよ。」
波流「そんな、美月ちゃんまでそんなこと言うなんて。」
美月「他の誰かからも言われたんですか?」
波流「梨菜。」
美月「ああ。」
波流「梨菜じゃないんだから忘れないよーっていっつも言い返すの。」
美月「何回かは言われてるんですね。」
波流「もうしょっちゅう。」
美月「想像出来ます。」
波流「えー、そう?」
からりからりと背で奏でられる音。
5月に入ってたった数日、
夏なのか春なのか分からない
生ぬるい風が頬を撫でる。
部活後、遊留先輩と2人で帰っていた。
帰宅時は大体同級生と帰るのが
メジャーではあるだろう。
けれど、何故か私はその路線からは
綺麗に外れていた。
仲のいい部活の同級生はいる。
一緒に帰ることも勿論出来たが、
遊留先輩から誘われたために
今日は先輩と帰ることにしたのだ。
波流「そういえば美月ちゃんって兄弟いるんだっけ。」
美月「唐突ですね。」
波流「気になっちゃって。」
美月「その質問、誰かからもされたような。」
波流「誰だろう。この話題って出しやすいからなぁ。」
美月「確かに。前も話しましたよね。」
波流「梨菜と3人でいた時だっけ。」
美月「そうです。遊留先輩は1人っ子でしたよね。」
波流「そうなのー。んで、梨菜が妹1人。」
美月「嶋原先輩の妹さんの話はよく覚えてます。」
波流「あはは、あれだけ話してりゃあね。凄かったでしょ。」
美月「怒涛の褒めちぎりでしたね。」
波流「ね。いつもあんななの。」
美月「姉妹仲が良いのは素敵なことじゃないですか。」
波流「あれはシスコンって言うんだよ。」
美月「その域なんですね…。」
波流「あれはそうでしょー。美月ちゃんは兄弟とべたべたする感じ?」
美月「いえ、弟2人いるのですが両方ともそんな感じではないですね。」
波流「それが普通だよ。」
美月「まあ、私の場合は異性の兄弟ということも大いにあると思いますけれど。」
波流「そんなもんかなぁ。」
美月「えぇ、きっと。」
かつん。
また小石を蹴ってしまう。
つい先日も公園に寄った際、
石を蹴飛ばして自分で驚いた記憶がある。
足をあまり上げずに歩いているのだろうか。
よくない習慣だ。
このままでは靴もすり減ってしまうし
デメリットしかないだろう。
普段から気をつけて歩かなければ。
そうとは思いながらも
遊留先輩との話に夢中になっているのか、
また小石を1つ蹴飛ばしていた。
からんからん。
近くの鉄柵にでも跳ね返ったよう。
美月「そういえば、何で一緒に帰ろうって誘ってくれたんですか?」
波流「そりゃあ可愛い後輩だもん。誘うでしょ。」
美月「なら、他の1年生も当てはまるでしょうに。」
波流「もー、そんな理詰めしてると頭がぼかーんってなっちゃうよ。」
美月「ならないので安心してください。」
波流「冷静沈着ってこのことかぁ。」
美月「身をもって知っていただけて何よりです。」
波流「これまで騒ぐタイプの人しか周りにいなかったから新鮮!」
美月「それこそ、あのレクリエーションがなければ私達はこんなに話していませんよ。きっと。」
波流「…。」
不意をついてしまったのか、
遊留波流の歩はゆっくりとなり
遂には止まってしまった。
隣から消えたにぎやかの巣窟。
ふと振り返ると彼女は
俯いているものの顔は確と見えた。
風で髪が揺らいでいる。
時間が流れているのが嫌でも理解できた。
美月「誘ってくれた理由、それですよね?」
波流「まあね。ほら、長束さんが戻ってきてないじゃん?」
美月「ええ。」
波流「結局何が原因だったのかも分からないままだし、私たちもそうなるのかなって。」
美月「…どうなるかはわかりません。」
波流「…。」
美月「だからこそ、暗くしてるだけじゃ意味ないじゃないですか。」
彼女は憂いた顔をしながら
穏やかな笑顔を向けてくれた。
そうだね、そうしかないよねと
言っているかのように。
4月。
突如としてレクリエーションと称し
宝探しが始まった。
そしてその最中、長束先輩という方が
突如として姿を消した。
その事件からおよそ2週間。
今でも見つかる気配はなく、
日々は何気なく過ぎていく。
私自身大きく関わりがあったわけではなく、
会ったのもたったの1回だけだった。
そんな私すら、うっとくるものはあるのだ。
嶺先輩の取り乱しようは
スマホの画面越しでも悲壮感が漂った。
目に見えておかしくなっているのが
奇妙な感覚がして絶えなかった。
波流「そうだよね。暗くなってても仕方ないか!」
美月「ええ。警察に任せて私たちは今やるべきことでもしましょうよ。」
波流「そうだねー。やるべきことかぁ。」
美月「試験勉強、とか。」
波流「わ、絶対やだ。」
美月「学生の仕事でしょう。」
波流「美月ちゃん鬼だ…。」
美月「そんなことありません。怖くないですよ。」
波流「あ、思い出した。」
美月「…?」
唐突に声を上げ、
ぱーっと走って私の隣へ。
そして再度歩き出し、
いつもの笑顔で話しかけてくる。
嶋原先輩もそうだったのだが、
表情がころころと変わっていて
見ていても飽きないなと感じる。
これは花奏と会った時とは
また違った感覚だろう。
波流「ねねねね、吸血鬼って知ってる?」
美月「何ですか急に。」
波流「まずは答えてもらおうか。」
美月「馬鹿にしてますか?」
波流「いやぁ、違うんだこれが。」
美月「…まあ、勿論知ってはいますけれど。」
波流「その吸血鬼が学校に出るって噂があるの。」
美月「また変なことを言い出したかと思ったら。」
波流「ん?また?変なこと?」
美月「えぇ。」
波流「なかなかやりよるこの後輩。」
美月「それで、その吸血鬼がなんですか。学校に出るだけなんですか?」
波流「いやいや、まだ続きがあってね。」
美月「はぁ。」
波流「夜中まで学校に残ってると「血ぃ…血をくれ…」って声がするんだって。」
美月「そ、その辺りでやめにしましょうか。」
波流「えーなんでー。」
美月「怖いのは得意ではないんです。」
波流「これはあんまり怖くなくない?私もホラーは苦手だけどこれはいける。」
美月「私と先輩は同一人物じゃないんです。」
波流「そうだけど美月ちゃんならいける!…んでね」
美月「続けないでくださいよ…。」
視界の隅には横に伸びて
気持ちよさそうに眠っている猫がいる。
ふわっと大口を開けて欠伸をした後、
頭をこてりと倒していた。
からからからと台車を引くような音が
遠くの方から聞こえてくる。
眺むと、予想通り台車が現れた。
段ボール箱をいくつか積んでいた。
遊留先輩は怖いのは苦手だと
口にしていた割には
吸血鬼の噂については
口角を上げてはなしているようで、
テンションの上がった時特有の
声を上振れが見られた。
もしかしたら、その噂が
面白そうだからではなく、
私の反応を面白がって
話しているのかもしれない。
意外にも遊留先輩は
少々意地悪が好きな人なのかもしれない。
波流「あと少しで全貌が!」
美月「……はいはい、好きに話してください。」
波流「やった!それでね、吸血鬼は若い女の人を狙って」
美月「やっぱり辞めましょうか。」
波流「えー。」
美月「というより、勝手に話を付け加えて怖いようにしてるでしょう?」
波流「あれ、バレた?」
美月「ばればれです。」
波流「でもでも、付け加えたって言っても少しだよ?最後の方だけ」
美月「もう知りません。」
波流「もーそんなぷりぷりしないでよー!」
美月「ふふ、してません。」
日々を歩く中、
いつの間にか遊留先輩が
隣にいるだなんてことが
これから先もあるのだろうと
それとなく感じた瞬間だった。
夕暮れともなると気温は下がり、
歩いていても発汗量は少なくなる。
比較的過ごしやすい5月の午後。
1年生の4月はあっという間に
道端に落ちていった。
***
先日とは違い寄り道をせず、
真っ直ぐ家へと帰る。
カラスが鳴くこともなく
近くのゴミを漁っており、
近くに寄らないよう道の隅に
体をよせるようにして歩く。
すると、遠くを歩いているはずが
ばっとこちらの方へと視線をよこし、
一寸たりとも目を離さない。
かと思えばけろっとして
再度ゴミを漁り出す。
それを見た猫は飛び付かずに
塀の上を軽々しく歩き、
しまいには塀の奥へと姿を消した。
美月「…。」
遊留先輩と分かれて早数十分。
夕暮れだったはずの空は
忽ち仄暗くなりいつからかは
自然光の存在は明日へと
かくれんぼし出していた。
遊留先輩との話は楽しく、
結局終始はしゃぎそれに乗せられ
瞬く間に時間は過ぎていった。
西日は緩やかに沈んで行った。
美月「…ふう。」
一息吐き、息を吸うと一気に
冷ややかな酸素やその他の気体が
胸へと吸い込まれる。
すうっと体の芯を冷やす頃には
段々と存在感は薄れて、
今ではもうわからなくなっている。
今日も寄り道をすれば
茉莉に出会えたのかもしれないが、
今日はお預けだ。
何があったわけでもないが、
そう頻繁に会いに行くものでも
ないのかもしれないと
刹那過ぎったのだ。
1度でもそう考えてしまうと
今日はやめておこうという
流れができてしまう。
それに抗うことは難しい。
ふらりふらりと歩く中、
不意に筋肉痛が4月当初よりかは
幾分もマシになっていることに
今更ながら気がついた。
連なる日々の中で
自分が気づかないうちに
体には大きな変化があったらしい。
涼しげな風の中、
私はどうやら変わっていたと
漸く気づくことができた。
そう。
人間は知らずのうちに変わっていくんだ。
私も、遊留先輩も、あなたも。
みんなみんな、変わっていくんだ。
美月「………当たり前、か。」
独り言は夜風に溶けて
誰かに届いているのかもしれない。
ゆるりととぐろを巻く恐怖。
夜はやはり怖いものだった。
遊留先輩から吸血鬼の話を
聞いたことも大いに関係しているだろう。
吸血鬼は夜に住むものだと
いつからだか信じ込むようになっていた。
それもそのはず。
吸血鬼は日光が苦手だと
何かの小説で読んだことがあるからだ。
他にも大蒜や十字架、流れる水が嫌いだとか。
様々な伝承は真偽が定かではないままに
今まで伝ってきていた。
実際のところどうなのだろう。
…だなんて考えてしまうのだ。
怖いのが苦手と言いながらも
好奇心ばかりは抑えられないと
いうことなのか。
ふと自分の手を握ってみる。
すると、かるかると微かに震えている。
きっと寒いからだ。
昼間の気温が高ければ
そりゃあ夜は冷え込む。
美月「…?」
両手を擦り合わせながら
夜道とも言える場所を歩いている時だった。
目の前から女性が歩いてくるのだ。
遠くからちらと見た時、
目がばっちり合ったような気がした。
しかし、そんなのは大概気のせいなのだ。
見知らぬ人がじっと私を見ていることなんて
早々にないのだから。
見られてるなんて思っても
大体はそんな気がしているだけ。
目が合うことはあるはあるだろう。
けれど、それも普通は一瞬。
そう、普通なら。
私は目があったと感じた瞬間
目を逸らさず、何故だか
視線を返すようになっていた。
私は逃げる意志など毛頭ないという
気持ちの表れなのかもしれない。
目を離さず監視するように
鋭い眼光を飛ばしている間に、
女性はどんどんと近づき
その姿が露わになってゆく。
お団子を左右にしていて、
そこから長くツインテールのように
髪の毛が垂れている。
私よりも随分と背が高く、
それをみるに花奏が想起された。
美人でスタイルがいい。
そんな簡易な言葉でいいのであれば、
この言葉を選ぶだろう。
綺麗な人だなと思うだけ。
そう。
思うだけ。
他の人同様、一瞬のみ何かしらの
印象が脳に残るだけだった。
そのはずだった。
女性が横を通った瞬間のこと。
理解するまでには
相当の時間が必要になったような気がした。
また、気がしただけなのかもしれないな。
美月「…っ!?」
刹那、首元に違和感が生じた。
どんなと問われれば、
虫が這っているかのような、
将又水滴がびっしりと
塗りたくられたような。
美月「…………ぁい゛……っ!?」
ぼうっとしてる間に、
突如、首元に激痛が走った。
びりりと痛む首。
電気が走ったようで、
その場で蹲りたくなるのを必死に抑え
私は声を押し殺した。
見知らぬ女性は何事もなかったように
私に足音も立てず近づいてきていた。
よりも高い身長の彼女は
ぬっと這い寄ってくるようで。
夜に溶けかけた女性の瞳には
どうやら朝や昼は宿っていなかった。
まるで腹の空いた獣のよう。
狙われている。
食われてしまう。
そんな印象まで抱いてしまう。
瞳が全てを物語っていた。
私に恨みを抱いている。
そのように見えてしまう。
まるで。
まるでー
°°°°°
「友達なんていらない!」
°°°°°
美月「はゔっ!?」
気づけば女性は私のことを
被さるように覆い抱きしめて、
首元に口をつけているようだった。
じゅ、ぢゅ、と、吸っているような
奇妙で汚らしい音が聞こえる。
刹那、遊留先輩の顔が過ぎった。
吸血鬼ー。
美月「ぃや、嫌、離してっ!」
叫んでも誰も来ない。
それもそのはず。
この辺り一帯はこの時間帯になると
殆ど人は顔を出さない。
夜を恐れるように
朝に願いをかけるように、
逃げるようにいなくなる。
そう。
私とこの人以外、
今は夜に溶けかけていないのだ。
美月「助け…助けてっ!」
金切り声を上げる。
気持ち悪い。
気持ち悪い!
いくら女性だろうと急に
首元にかぶりつかれるのは
吐き気がしてたまらない。
助けて。
助けてー。
そう何度も心でも唱え
口にも出したがら必死に抵抗し、
延々と蹴ったり殴ったりを繰り返すも
全く効いていないのか、
ずっと首元を舐められた。
時に歯を立てていたのか、
びりりと背骨にまで
電気が流れる感覚がする。
何故だか過る言葉は死。
長束先輩ももしかしたらこうやってー
そんな予想が脳裏に浮かんだ瞬間、
ばっと女性は私を引き離した。
私はというと抵抗する意志は
少し前からなくなっており、
だらりと腕を垂れてぼんやりしていた。
どれほど時間が経ったのかわからない。
女性は私を突き放し、
そのせいで後ろに勢いよく飛んでしまい
盛大に尻餅をついた。
美月「った…!」
「…!」
女性は何を思ったのか知らないが、
顔を窺う余地もなく
私に背を向け走り去ってしまった。
背を追って走ることも
勿論出来たのだろうが、
安心のあまりか腰が抜けてしまい、
この場から動くことができなかった。
美月「………何よ……あれ…。」
もしかしたら。
もしかしたら、
まだ終わっていないのかもしれない。
そんな考えが過る5月の夜。
首元は涎が乾き出しているのか
すうっとした風を感じた。
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