カレンダーの裏側

@natsume30843

カレンダーの裏側


数字の真相



 君の誕生日はいつ?

 

 引っ越しをして、はじめての中学校の登校日。自分の周りをクラスメイトたちが物珍しそうに囲んでいる。

 12月25日だよ、というと、皆が、おお~、クリスマスだね!と言う。見慣れたいつもの反応。

 親が転勤族で、1年、2年ですぐに見知らぬ土地に行く生活。この生まれた日のせいで、行く先々の学校で有名人になってしまう。からかわれたり、すんなりと受け入れられたり、その学校毎に反応は違った。

 イエス キリストなどというあだ名になったこともあった。ただ、そんな二つ名に見合うほどの中身がある人間ではない。クラスメイト達が、この見知らぬ異邦人へ質問を投げかけるたびに帰ってくるのは、単調な答えばかり。今回も、キリストの過去にクラスメイト達はすぐに飽きたようで、一人、また一人と自分から離れていった。


 やがて一人自分が取り残されたとき、右斜め前方の席に座っていた男子生徒がすくりと立ち上がり、近づいて来た。目はぼさぼさの黒髪ですっかり覆われていて、上下にぷっくらと膨らんだ口の周りは白く乾いている。


 「じゃあこれ、今日の君」


 彼は何かを差し出してきた。10cm四方ほどの大きさの紙に、よれて滲んだ赤い数字が書かれている。英数字の12。これは何だ。転校初日でこの反応ははじめてだ。新手のいじめだろうか。裏を見ると、17と印刷された黒い字が見切れている。どうやらこれは、壁掛けのカレンダーを切り刻み、その裏側に書いたものらしい。渡された紙を手にとり、天井の照明に透かすように右手でかざした。しばらくそのまま考え込んでていると、前髪君は何も言わずに、すたすたと席に戻っていった。

 前髪君は机の中から切り刻んだカレンダーの束を取り出した。彼は肘を直角に横に突き出し、机に突っ伏すような体勢で、赤いラッションペンを使い何かを書き込みはじめた。


 「あー、ジーザスは12なんだ、残念」


 右隣席の女生徒が自分に話しかけてきた。どうやらこの子の中では、自分はジーザスという名に定まったらしい。

 手に持った切れ端を指し、これはなんなの?と女子生徒に聞くと、気にしないで、あの子はみんなにあげているから、今に分かるよ、と微笑むと、はっとした様子で、あ、私は佳穂て言うんだ、よろしくね、と名前を告げた。

 前髪君は相変わらず何かを書くことに憑りつかれているようだ。

 あらかた何かを書き終えた様子の前髪君は、佳穂の元へとかけてくると、カレンダーの切れ端を渡した。それに書かれていたのは、よれて滲んだ赤字の3。


 「えー、ゆうやっちありがとう」


 佳穂は右片手を右の頬にあて、にっこりと目を細める喜んだ仕草をしたのち、前髪君の右手を両手で握りぶんぶんと振り回した。不格好に前髪君の右腕が波打っている。

 ゆうやっちの右手が佳穂から放たれると、彼はクラス中の皆へ駆け寄り、片っぱしからカレンダーの切れ端を渡していく。まるで広告の入ったティッシュを配っているようだ。みな、さも当然のようにゆうやっちから渡された切れ端を受け取っていく。そうして、あらかたクラスメイトへ渡し終えた彼は、残ったカレンダーの切れ端をもち、教室の外へと出て行った。どうやら彼は別のクラスにも配布するらしい。


 倉知ゆうやくん。前髪君の名前だ。倉知君は不思議な雰囲気の少年だった。

 授業中、いつも彼は勉強ではない何かに没頭していた。特に国語の時間になると、倉知君のそれは著しくなる。若くて経験の浅い挙動不審な女教師だから舐めてかかっているのだろう。一見、彼は熱心にノートを書いているように見える。だが、こちらからみると、彼はただカレンダーの裏に、ただ数字をひたすら書き込んでいるだけだ。

 いつもの彼は、クラスの中で誰かと積極的に関わることはない。しかし、彼は毎朝カレンダーの切れ端をクラスの皆に渡していく。そうして、彼はその存在を教室の中にはっきりと示す。普段は気づかないけれど、そこに無ければ何かが変わってしまう事象のような。あえて例えるなら彼は空気のような存在だろうか。


 自分に紙切れが渡されるたびに倉知君、これはなんなんだい?と聞いてみるが、うん、ちょっとねー、と誤魔化される。これも倉知君の口癖だ。

 毎朝彼から手渡される滲んだ赤の数字。よれよれに書かれたそれは毎日変化する。今日は6で昨日は9。今さっき数字の2を受け取った佳穂は、にこにこと倉知君の右腕を両手でぶん回している。

 誰かにこの数字の謎を聞けば早いだろう。でも、あっさり聞いて秘密を知ってしまうのは負けた気がしてならなかった。この空気の組成を暴いてみたい。


 倉知君を観察してみた。

 彼はぬかりない。どこでも、どんな時でも、満足するまでカレンダーの裏側に数字を書きなぐっている。

 それがホームルーム、授業中、休み時間であっても。彼が数字を書き終えたとき、それが授業中であれば、教科書に載った偉人の顔たちに、シャープペンシルで素敵な皺と、涎と、鼻毛を足しはじめる。国語の時間にいたっては、走り出したメロスの全身から血が噴き出す始末である。

 書き終えた時間が、休み時間であれば、ぐったりと疲れた様子で、机に突っ伏して起き上がらない。そうして、一日が終わると、終礼が終わるなり、倉知君はクラスを真っ先に飛びだしていった。話しかける隙さえ与えてくれない。誰も寄せ付けない。そんな不思議な彼の存在が、自分の中では日々膨らんでいった。


 だが、ある時を境に、彼は学校から姿を消した。誰も話題に出すことは無かったが、自分は、何か大切なもの失った感じがした。

 彼は、近所の病院に入院しているらしかった。そんな彼に、担任の教師からプリントを渡すという口実で病室を聞き出し、見舞いに行くことにした。

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