俺にヒーローは訪れなかった。

理系メガネザル

第1話 決意

盗賊が俺の街を襲った。大人は殆ど殺された。子供も見つかったら攫われた。昨日まで平穏そのものだった町は、一夜で死の町へとなってしまった。

俺は物陰に隠れている時に好きだった物語達に出てくるヒーロー達を思い出していた。

彼らはかっこよかった。困っている人が居れば自分を犠牲にしてでも人々を救う。どんなに酷い状況でも彼らが居れば全ては好転した。俺は小さい頃から彼らにいたく憧れていた。将来は弱きを助け、強きを挫く。そんな人間になりたかった。


しかし俺はヒーローには成れないんだと、この夜に痛感した。


目の前で幼馴染が、親友が、気になるあの子が襲われている時に俺はなにも出来なかった。その時俺は只、奴らに見つからない事だけを祈っていた。


大人の怒号、子供の泣き声、金属と金属がぶつかる音。そして肉が斬られるあのなんとも不愉快な嫌な音が聞こえなくなり、陽も登り切った頃、ようやく俺は物陰から出ることが出来た。

見渡してみると、この世の物とは思えないような惨状が眼前に広がっていた。

隠れていた者以外、生きている人間は一人も居なかった。



あれから8年、その光景はずっと俺の中から消えない。



俺は運よく他の町で暮らすことが出来た。最初はあの光景が頭から離れず、何もできなかったが、俺を拾ってくれた老夫婦がずっと一緒にいてくれたことで、なんとか最初の頃よりはましになった。しかしそれでもやはり血を見ると体が硬直して、震えが止まらなくなってしまう。


そんな老夫婦も2年前に死んでしまった。俺は何の為に生きているのか分からなかった。死んでいるのか生きているのか、そんな良く分からない状態で生きていた。


今日も死なない為に市場に食料を買いに向かった。この街は人口は1万程居て、皆がお互いに関心が無い。俺の町とは大違いだった。

人込みの中を歩いていると、向こうから歩いて来た男とぶつかってしまった。

お互いに会釈をすると、何事も無かったように歩き出す。


筈だった、しかし俺は見てしまった。会釈した時にチラリと。あの時のヤツの一人と同じ傷跡を。 偶然だと思った。偶々同じ様な傷を持った人間が居るのだと。

だって、殺しても殺しきれない憎い相手が都合よく出てきてくれるか?

しかし俺はこいつを尾行する事を選んでしまった。


着いていくと、街の外れに出た。中心部は人で溢れていたが、外れは人が閑散としていた。長く住んでいた街の筈なのに、なんだか知らない場所に来たみたいだ。

少し歩くと、みすぼらしい小屋に着いた。そこがこいつの家なのか、男はフードを取り、その素顔を晒した。


あの男だった。何度も何度も夢に出てきて、その顔はもう見間違う筈は無かった。

何人もいて他の男は覚えていないのも居たが、コイツの顔だけは忘れない。目の前で母親を殺されているから。


俺が物陰に隠れて体を震わせ、拳を握りしめていると、地面にキラリと光る物を見つけた。何かと思い拾ってみると、それは錆びているが、ナイフだった。

俺はこれを神からのお告げだと思い、覚悟を決め、音を立てない様にゆっくりと、しかし確実に男の元へ向かった。

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