閑話・後日談

閑話 僕のお姫様

レオニード視点


 泉に行くまではリーナと手を繋いでいた。

 彼女の機嫌も良かったと思う。

 胸がドキドキして、ちょっと苦しかった。

 これくらい歩いた程度で息が切れたりしないから、不思議だ。


 氷の壁みたいな大きな崖を見た時のことだった。

 リーナの様子がおかしくなっていたけど、僕にも変な声が聞こえたんだ。

 それに頭の中に直接、送られてきたような奇妙な記憶……。

 一瞬だけ、見えた髪の長い女の子はリーナに良く似ていた気がする。

 ずっと昔に知っていたような不思議な気持ちだった。


 でも、泉に着いたら、彼女が急に怒り出した。

 何が原因か、分からなくて、困ったよ。

 服を着替えるのにどうして、見てはいけないんだろう?

 全然、分からなかったんだ。


 だけど、父さんから、約束は守るものだと教わった僕だ。

 約束は破ってはいけないんだ!

 リーナに言われた通り、決して振り返らないぞ。

 何か、あったらすぐにでも行くけど、そうではない限り、約束は絶対だ。




 リーナが泉に向かってから、暫くしてから、アイツが現れた。

 見たことがない魔物だった。

 狼みたいな頭をしているけど、ライカンスロープとは違う。

 体つきが大きくて、ごついし、気持ち悪い。

 僕が知っているライカンスロープよりも遥かに悪いヤツだとはっきりと肌で感じられる。


「小僧。怪我をしたくなかったら、どけ」


 島で会話の出来る魔物はほとんどいなかった。

 父さんセベクが珍しかったんだ。

 コイツ、普通に喋った。


「ダメだ。僕はここを守るって、約束したんだ」

「そうか。ならば、死ね」


 大きな体の割に動きが速かったけど、驚くほどのことはなかった。

 リーナに貰ったカタナという武器を使って、攻撃を捌くの自体はそれほどに難しくない。


 それよりも僕を苦しめたのはリーナとの約束だった。

 決して、振り返らずにこの場を守る。

 それは動きを制限されるということだ。


 アイツはそれを見破ったのか、僕は避け切れず、捌き切れずに傷を負った。

 体中が痛いし、たくさん血を流しちゃったみたいだ。

 意識を失いかけたけど、約束を守る為に最後の力を振り絞った。


 彼女を守るって、約束したから。

 絶対に守るんだと願ったからか、あの時みたいにスゴイ力が出たみたいだ。

 でも、それが僕の限界だった。

 何だか、眠くなってきて、目の前が段々と暗くなっていった。


 もしかしたら、僕は死ぬのかもしれない。

 意外と怖くないんだと変に冷静になれたのは何でだろう。

 僕はこれが最期なら、もう一度、リーナに会いたいと願った。


 願いが叶ったんだろうか?

 それとも幻を見たんだろうか?


 泣いているリーナが僕を抱き締めていた。

 温かくて、気持ち良くて、僕の意識は深い闇に落ちていくように消えていった。




 そこから、先のことはあまり、覚えてない。

 あれだけ、服を脱ぐところを見るなと怒っていたリーナが何も着ないで僕を抱き締めてくれて、助けてくれたことは何となく、分かった。

 その後の記憶があやふやなんだ。

 いつの間にか、頭におおきなたんこぶが出来ているし。


「ごめんなさい。レオ」


 しおらしい顔をして、癒しの魔法をかけてくれるリーナはかわいく見えた。

 きれいな金色に光る手で僕の傷を触って、治してくれる姿はまるでお姫様みたいだ。

 実際、お姫様なんだよね?

 その割に結構、暴力的で言いたいことを言ってくるんだけど、お姫様という生き物はこういうものなのかな?


「レオ。忘れなさいよ。さっき、見た物は忘れるの」

「は、はい」


 心の中でかわいいとほめたら、これだよ。

 でも、リーナは怒っているようで怒ってないのかな?

 彼女の顔はちょっと赤くなっていて、怒っているのに微笑んでいるような不思議な表情を浮かべていたから。

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