第28話 光を望む者

 自らを女神バステトと名乗った謎の声。

 どうして、こんなにもフレンドリーな話し方なのかしら?


 『運命の泉』は首を斬られた知恵の巨人ミーミルから流れ出た血。

 さすがに眉唾物とは思ってましたわ。

 このような辺鄙な地にあるのがおかしいんですもの。

 でも、まさか、そもそもの前提から間違っていたということではなくて?


『あーしさ。契約を取って、力を渡して自由になりたいんだわ。だぁら、力欲しくね?』

「いりませんって」

『今なら、世界を十日間で滅ぼせる力をプレゼントでお得なんだわ。どうなんだわ?』

「これだけで十分ですわ」


 わたしはそう言って、左手の指を五本立てて、アピールしましたの。


『五日間なのだわ?』

「御冗談を。五時間ですわ。世界を滅ぼすのにそれくらいあれば、十分でしょう?」

『むむむ! で、でも、あーしが困るんだわ。もらって。ねぇ。もらってー』


 まるで駄々っ子のように騒ぎ立てるのですけど、声だけのせいか、姿のイメージは出来ませんわね。

 どんな姿をした子なのかしら?

 気になりますけども、知らない方がいいとも感じましてよ。


『ふふん。いいことを思いついたのだわ』

「思いついても力はいりませんけど?」

『これを見るのだわ』


 バステトの声に呼応してなのか、視界が明るく、開かれていきましたの。

 目の前に泉の周囲の状況が映し出されていますわ。

 形は丁度、円形の鏡のようで……レオが何かと戦ってますの!?




 右手でカタナを構えるレオの前に立ちはだかっているアレは何ですの?


 頭は狼に似ていますけど、別物ですわね。

 もっと気持ちが悪い何かですわ。

 毛皮ではなく、硬質のうろこ状の物質に覆われてますわね。

 スベスベというよりもヌメヌメしていて、背筋がゾワゾワとしてきますの。


 姿形自体は人狼に似ている気がしますわ。

 やや猫背気味で長い腕に比較して、足が短いのが特徴ですわね。

 特徴的と言えば、右腕もかしら。

 五本の指が揃った拳ではなく、ボウガンに似た形状をしてますの。

 長い尻尾のような物も生えてますけれど、アレは尾というよりも触手ですわね。

 これも見ているとゾワゾワしてきますわ。


「リーナと約束したんだ! 僕が守るって! ここは絶対に通さないぞ」


 彼の力強い言葉はわたしを温かくしてくれる。

 わたしがでいてもいいと感じさせてくれる。

 だから、わたしはレオのことを好き……?


「生意気な小僧め。身の程を知れえ!」


 危ない! と思わず、目を瞑ってしまいましたわ。

 レオは紙一重で避けたから、よかった……。

 人狼もどきのしならせた触手が風を切って、襲い掛かってきたのをカタナの刃を使って、上手く逸らしたのですわ。

 本当によかった。

 レオが無事で……。


 でも、彼の体はあちこちが傷だらけ。

 血もたくさん流れていて、息も荒い。

 大丈夫なのかしら?


『ねーねー。あの子を助けたいっしょー? 力がいるのだわ?』

「……」


 力。

 力は必ずしも、敵を倒す為だけのものではないわ。

 そうですわ。

 力ではない力……。


「レオを助ける為の力はありますの?」

『そうなのだわ。汝、力を……え? 助ける力? むむむなのだわ』


 バステトとこうして話している間にもレオは消耗していて、顔色が良くないわ。

 このままではダメ。

 レオが死んでしまう……。


 彼を助けたい。

 わたしにも何か、出来るはずですわ。

 ただ、力を振るうのではない何かを……!


「わたしは助けたいの」

『汝の願い、確かに聞き届けた。汝を真の女王ヘルと認めよう』


 バステトではない声。

 もっと重みがあって、低音で威厳がありますの。

 空間に響き渡るのではなく、わたしの頭の中に直接、聞こえる不思議な感覚ですわ。


『汝に光の加護あれ』

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