第8話 ヘルちゃんと林檎ちゃん

 第一の落とし物シンは恐るべき速度でニブルヘイムに馴染んでましてよ。

 『こういうのって、チートで異世界で無双出来るんじゃないのかよ!』などと訳の分からないことを申しているようですわ。

 チートとやらが何のことを指しているのかは分からないですわ。

 でも、彼も異邦人エトランゼの例に漏れず、渡り人の恩恵持ちであることは確かでしてよ。

 まず、おかしいとは思いましたの。


 空から落ちてきた場所がいかに藁山の上だったとはいえ、少々の擦り傷程度で済んでいるんですもの。

 見た目は人間ですから、かなりの怪我を負ってもおかしくない状況のはずですわ。

 とんでもなく頑丈な肉体を持っていると考えた方がいいかしら?

 あの身体があるのなら、スカージとドローレスが鍛えれば、一角くらいにはなるのではなくて。




 しかしながら、第一の落とし物はわたしにとって、さして影響を与えない些事ですわ。

 問題は第二の落とし物でしてよ。


 七つの門セブン・ゲーツによる鉄壁の防御陣が備えられたニブルヘイムに外敵の侵入は万に一つもありませんの。

 異世界から落ちてきたシンの事例は珍しいですし、アレは外敵ではないですもの。

 ニブルヘイムにとっての外敵とは七つの美徳を捨てる必要がある者。

 つまり……


「う~ん。怪しいでしゅわ」

「うん~うん~」


 視線の先には籐で編まれたバスケットを手にした小さな女の子。

 わたしも小さいのに小さいというのはおかしいかしら?

 細かいことを気にしたら、いけませんわ!


 わたしの髪がやや色素が薄い白金色プラチナブロンドなのと比べるとはっきりとした太陽の輝きのような金色ブロンドですわね。

 瞳の色も晴れ渡った青空のような澄んだ空色できれいでしてよ。

 まるで磁器人形ビスク・ドールみたいにかわいいですわ。

 着ている服も赤のワンピースにフリルの袖がついた白いブラウスでフード付きの赤いケープを羽織っていて、まるでお人形さんですわね。


「あのリンゴは……」

「むしゃ~むしゃ~」


 ニーズヘッグが頷きながら、興味津々なのは涎の量で分かりますわ……。

 わたしの頭の上にいるという自覚がないのではなくて?


「あたしはイズンでぇすなの。よろしくですなの」


 女の子はペコリという効果音が聞こえてきそうなほどに深々とお辞儀をすると左手に抱いたバスケットから、ゴソゴソと何かを取り出しましたわ。


「皆様がた~、お近づきの印に黄金の林檎はいかがなの?」


 彼女の右の掌の上にフワフワと浮かび上がっているのは金色に輝く、世にもきれいなリンゴだったのです。

 この子、やはりアスガルドの関係者ですわね。


 これがわたしと終生の友となるイズンの出会いでしたの。

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