三面鏡

しーちゃん

三面鏡

「おはよう。もう起きる時間よ」その声で目を開ける。「おはよう。ママ」挨拶をして、リビングに向かう。朝ごはんを食べ私達はお部屋に戻り2人で遊ぶ。私達は生まれた時からずっと一緒。何をするのも片時も離れない。まるで鏡写しのように、私と同じ顔に同じ遺伝子を持つお姉ちゃん。「ねぇお姉ちゃん?今日はおままごとしましょ?」そう言うと、「いいよ!私ママ役する!」そんな感じでいつも2人だけの世界で遊び過ごした。周りはそんな私達を訝しげな目で見た。「ほんとに気味が悪いわ。」と隣に住むおばぁちゃんは私達を見るなりシッシッと手で払うように言う。私達は周りの人が苦手だった。ママは私達に「可愛い私の双子達。2人共仲良くするのよ」と言うのに、なぜか周りは私達が一緒にいることを良しとしない。不思議だった。外の大人たちは私達を理解しようとはしなかった。でもいいの。だって私達には優しくて大好きなママがいるだもの。私達はパパを知らない。ママはパパの話はしないが、隣に住むおばぁちゃんが話してくれた。「お前んとこの父さんはな、家族を捨てて別の女の所に逃げたんや。お前らが邪魔だったんだろうよ。卑しい子やわ。」それがどういう意味かは分からない。それでも私達は幸せだった。私達は学校には行かなかった。ママは行かなくていいと言うし、私達自身、離れ離れの部屋で知らない人たちと過ごすなんで考えられない。だから、1度学校に行ったきりで、二度と行くことは無かった。でも私達は独学で勉強を始めた。学校からもらった教科書。私達は教科書がボロボロになるまで読み返し暗記した。

ある日ママが泣いていた。「ママ?どうしたの?」そう聞いても全く答えてくれない。私達はとても悲しくなった。私達は意味もわからずママと一緒に泣いた。泣き疲れ私達は眠りについた。翌日、部屋のドアが空いた気がした。眠たさと戦いながら薄ら目を開くとママが居た。「可愛い私の子。いい子にして待っててね」そう言いどこかに出かけて行った。その日の夕方、家のインターホンがなった。ドアを開けると、そこには大人の知らない女の人と男の人がいた。彼らは私達を見るなり少し戸惑った顔をして「えっと。お父さんやお母さん居るかな?」と聞いてきた。今はママはどこかにお出かけしている。私達は首を横に振り「パパは居ない。ママは今お外にいる。」と伝える。「ママはいつ頃帰ってくる?」そう聞かれたが、いつ帰ってくるかは検討もつかなかった。「分からない」そう言うと困ったよに見つめ合う彼ら。「分かったわ。明日また来るね。」そう言い帰って行った。彼らが帰ってから数時間してからママが帰って来た。「今日はパイを焼くわよ!」そう言いキッチンに向かうママ。私達はママの作るパイが大好きだった。とても嬉しかった。ママがどうして昨日泣いていたのか分からない。それでもママは今とても幸せそうに笑っている。私達も幸せを感じる。今日は3人で寝よう。3人で抱きしめて、小さなベッドで眠りについた。翌朝、またインターホンが鳴る。私達はドアを開けると昨日と同じ人が居た。「今日はママいる?」そう聞かれた頷いた。すると「中に入ってもいいかな?」と聞かれて、「ママに聞いてくる」といい、寝室に向かった。「ママ、お客さん来てる」そう言うと、ママは玄関に向かった。彼らは戸惑った顔をしながらママとお話をしている。何を話しているかは分からないけど、ママは少し怒っている。私達は不安になる。すると彼らが私達に近ずき言う。「ママからのお願いで私達はここに来たの。」そう私達に話しかけてくる。「ここを出て、別の所で暮らすんだ。荷物をまとめておいで?」そう言われた。「ママも一緒?」そう聞くと、彼らは顔見合わせてから頷いた。「もちろんだよ。」私達は安心した。すると彼らから大きな袋を渡され部屋に連れていかれた。私達はお洋服に本、ぬいぐるみと袋がパンパンになる程に部屋のものを詰めた。彼らの車に乗り、どこかに向かって走り始めた。初めて見る景色。だって私達は家の周辺しか知らないから。遠くへ出かけたことは無い。本で見たことある、大きな海。実際見るのは初めてだった。私達は目をキラキラさせながら窓の外から目が離せなかった。しばらくして、大きな建物が見えた。すると車が止まり「着いたよ。」そう男の人が言う。私達は車から降りて彼らの後ろをヨロヨロと着いていく。「今日からここで過ごすんだよ。」そう言われ1つの部屋に案内された。私達は1度も自分達の家以外で過ごしたことはない。だからなのか、とてもドキドキした。窓の外を見るとお庭がある。そこには数人の子供達が遊んでいた。「ここには同い年くらいの子達も沢山いるから、仲良くしてね」と女の人に言われた。でも、私達は仲良くしたいとは思わなかった。私達程分かり合えて、仲が良くなれる人なんていない。そう思った。私達はお庭のベンチに座って2人で本を読んでいた。すると1人の男の子が近ずいてきた。「こっちで一緒に遊ぼうよ!」そう言われて、私達は首を横に振った。「私達はここで本を読むから、貴方とは遊ばない」そう言い本に目を落とす。彼は首を傾げ、また走ってみんなの所に戻って行った。

最近は、白い服を着たおじいちゃんが私達の部屋にやってくる。毎日、同じ時間にやって来てお話をする。彼のことを皆先生と呼ぶ。だから私達も彼を先生と呼んだ。「先生!今日は何の話をするの?」そう質問するとニコニコしながら「そーだな。君たちは普段どんな事をしていたんだい?」と聞かれ、おままごとや本を読んだり、いつも2人で仲良く居たと伝えた。すると、先生は何かを紙に書きながら「そうか。そうか。ところで、その鏡はどうしたんだい?」そう聞きながら机に置いてある三面鏡を指さした。「あれはママのよ。ママが私達にくれたの。」そう言うと先生は「そうか。」と少し溜息混じりに答えた。それから少したわいも無い話をして先生は部屋を後にした。先生はとてもいい人だと思う。私達が2人で居ることを否定したりしないし、引き離したりしない。他の子達と仲良くしろとは言わない。だから、先生とは普通に接することが出来た。ママはここに来てから、あまり話さなくなった。環境に慣れないのか元気がない。私達はママが心配で仕方なかった。ここでの生活が1年程たった頃、私達は私達以外に1人だけ仲良くなった。彼は私達と一緒に本を読んだり、おままごとをして遊んだ。でも時々私達は彼に合わせてかけっこもしたりした。私達3人で過ごすようになった頃、先生が私達の頭を撫でながら困った顔をしている。「先生。どうにか出来ませんか?」そう懇願する大人達。私達は訳の分からないまま、先生の顔を見つめる。先生は何も言わず頭を撫でるだけだった。しばらくして先生は大人達と一緒に部屋を後にした。

それから暫くして、私達はまた別の場所で住むように言われた。私達は2人で居れるならどこでもいいと思った。しかし先生は私達に伝える。「君達は今日から別々に過ごすんだ。」私達は言葉を失った。どうして?今までそんな事言わなかった先生。私達は泣き崩れた。嫌だと叫んだ。でも、私達は切り離された。私はショックでご飯も食べられなかった。すると「ねぇ、こっちよ。」と声が聞こえた。「お姉ちゃん!」そういうと、人差し指を唇に当ててシー言う。私も慌てて口を押さえる。「どうしてここに?」と聞くと、「抜け出して来たの。」とお姉ちゃんが言う。私は嬉しかった。やっぱり私達は一緒でないといけないと思った。しかし、部屋に先生がやってきた。お姉ちゃんを隠す。すると「誰とお話してるんだい?」そう質問された。「いいえ。誰とも。」そう言うと先生は少し鋭い目付きになって「お姉ちゃんかい?」と聞いてきた。私はドキッとした。すると先生は「今日はお姉ちゃんは居ないんだ。分かったかい?」そう言われてまた悲しくなった。気がつけばお姉ちゃんは部屋からいなくなっていた。先生に怯えて帰ってしまったんだと思うと、先生が嫌いになった。それに、ママの大切な三面鏡を先生は「これは私が預かる」と言って持って行ってしまった。私は何もかも失った気がした。そんな日が何日も何日も続いた。「先生。ママの鏡返して?」そう言うと、「どうしてだい?」そう聞かれる。「ママの大切な鏡だから、傍に置いておきたい。」そう言うと「今はダメだ。」と断られた。もう涙も出ない。私達は一緒に居ないとご飯すら喉を通さない。ベッドから動くことも出来ない。すると声が微かに聞こえた。「ねぇ、こっちよ。」お姉ちゃんがまた来てくれた!そう思って周りを見てもどこにもお姉ちゃんが居ない。なんで?そう思いキョロキョロしていると、「こっちよ」と声がする。あ、ドアの向こうにいるのかと思った。私は外鍵がかかってるドアに近ずき「お姉ちゃんに会いたいよ。」そう言うと、「私もよ。」そう言われる。嬉しい。やっぱりお姉ちゃんと私は仲良しなの。そう思ったのもつかの間。「でも、今はダメ。会えないわ」とお姉ちゃんが言った。私はびっくりした。どうして?どうしてなの?私はお姉ちゃん大好きなのに、会いたいとお姉ちゃんも言ったのにどうして会えないの?私はパニックになった。

目が覚めると先生が隣に座っていた。「目を覚ましたかい。気分はどうだい?」そう聞かれて私は何も答えられずにいた。理解が追いつかなかった。先生は静かに話し始めた。「1週間前、君は夜急にパニックに陥って倒れたんだ。1週間眠ったままだったんだよ。」そう言われ思い出した。私は涙が止まらなかった。先生に「どうしたんだい?話してご覧。」そう言われ私は話し始めた。「お姉ちゃんが会いに来たの。私はお姉ちゃんに会いたいって伝えたら、私もって言ったの。なのに、お姉ちゃんは今は会えないって、」私は泣きじゃくる。先生は「そうか。」と言いながら頭を撫でてくれる。なんだかとても安心する手だった。「辛い思いをさせているね。これはきみのためなんだ。」そう言い私を優しく見つめる先生。私は先生に撫でられているウチに嫌いと言う感情は薄れていった。

それから数年、私は先生の元で生活をした。お姉ちゃんが居ない生活に慣れた頃だった。先生が私に言う。「高校卒業試験を受けてみないか?」私は学校にずっと通っていない。しかし家庭教師をつけて勉強はしていた。私は先生を見つめる。「将来の話だ。近い将来。君は社会にでて1人で立って歩いていかなくてはいけない。その為に学歴はある程度ないと困る。だから、高校卒業試験を受けて合格すれば大学に通ってみるのもいいんじゃないかと思ったんだ。もちろん通わなくてもいい。道を広げるための1つとして考えてみてはどうかな?」そう言われ私は考えた。

私は私として、自分で歩いていかなくてはいけない。先生の言葉を何度も繰り返した。私は私なんだ。そこで気がついた。今まで私は姉に母に、ある時はもう名前も忘れたあの男の子に依存していただけなんだ。私は先生に試験を受けることを伝えた。先生は「そうか。」と優しく笑い、昔よりもシワシワな大きな手で昔と変わらず優しく私の頭を撫でた。

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三面鏡 しーちゃん @Mototochigami

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