楽しく辛い

シヨゥ

第1話

「楽しいか辛いか。これを1か0かの二択で見る人が多いこと多いこと」

 先輩は酒の回った赤ら顔でそう話し出した。

「と、言いますと?」

「俺たちはコンマ以下があることを知っているだろ?」

「小数点」

「そう。0.1から0.9でもまだ大雑把だな。0.01から0.99これでも大雑把かもしれない。完全に楽しいが1とした時、人が感じる楽しいなんて1に達していないことの方が多い」

 そう言って酒を呷る。

「たしかに酒を飲むのは楽しい。だが完全に楽しいわけじゃない。考えるのが馬鹿馬鹿しくなって、力みも取れる。だが体には毒だ。内臓は荒れるし、脳細胞は死滅する。これを辛いと言わずしてなんと言う」

 そう言い切ってジョッキを置く。

「だけど人は酒を飲む。それは楽しい度合が辛い度合よりも強いからだ。楽しい中にも辛さがある。それは何事にも当てはまる。だから」

 指さされた。

「自分が楽しいと思うことを選べ。辛いけどそれより楽しいことを選べ。そうすりゃ人生は安泰だ」

 これが酒の席じゃなかったらかっこよかったのに。そう思っている内に先輩は突っ伏した。

「僕にとって酒は……楽しくないかな」

 そう独り言ち手酌で酒を呷る。酔えないし、翌日はなんだか疲れているし、先輩の介護はあるし。閉店時間までに先輩が復帰することを祈りつつ、追加注文で間をつなぐのだった。

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楽しく辛い シヨゥ @Shiyoxu

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