第55話 みんなの想いが私の力になる

 またこの白い世界へとやってきた。バルセルラ上空では突如巨大な白い霧が発生し、異様の光景が広がっていた。


 何もない人の世界から閉ざされた空間を私はカイトと手を取り合い進んでいく。


 そのまま真っすぐと進んでいくと不思議と分かるのだ、竜王様にどんどん近付いていってることが。私は自分が竜の気配を感じとった事に驚いた。それはこの感覚が人のものじゃないと理解していたからだ。


 そして竜王様の前に近づくと、私は足をとめた。ゆっくり振り返るとカイトの胸の前に手をやり言った。


 「カイトあなたはここで待ってて」

 その言葉にカイトは動揺したように声を荒らげた。


 「俺も一緒にいかせてくれ。アサを一人にはできない」


 私がリィズさんの体から落ちたことがカイトの中でトラウマとなり、私を一人にさせることをカイトは恐れているのだろう。


 「気持ちは嬉しいけど、竜王様はきっと人間がいたら話を聞いてくれないわ」


 「アサだって人間じゃないか」


 「私はもう違うの……」

 私は視線を落とし言い、カイトもその意味をくみ取り、目に寂しさをにじませた。


 「カイト分かって、みんなが幸せに暮らせるようにするためなの」

 数秒、間を置きカイトが「分かった」といい、繋いだ手をそっと離した。うつむいた気持ちからかその視線は下を向いている。


 「うん、いってくる」

 私は頑張って作り笑いをしてカイトに言ったが、カイトは私の顔を見てはくれなかった。私が笑えば、きっとカイトも笑い返してくれると思ったんだけど……けどそれでもいいの、カイトには今まで沢山助けられてきたから。私は彼の幸せを願うわ。


 私はカイトをおいて竜王様の元へゆっくり歩き出した。そして背中を向けたままカイトに言った。


 「貴方に会えたこと決して忘れないから」気を張ったつもりだったけど少し声が震えてしまった。


 カイトは顔を上げすぐ様私の後を追ったが、見えない壁に阻まれそれ以上先に進むことは許されなかった。


 「アサ、アサ、アサ戻って来い!!」

 何度も壁を叩き、必死に叫ぶがその声はもう私に届かない。カイトには私と竜王様との謁見を見守ることしかできなかった。


 そして竜王様が謁見の間から姿を現した。


 「竜王様、只今戻りました。約束の品を届けにきました」

 私はイヤリングを外し右手に広げ、竜王様にイヤリングを差し出した。


 「ほう時間は守ったようだな」

 竜王様が振り返り、私の顔を見やった。片手をひょいとあげると私の手の上にあったイヤリングは宙を舞い、竜王様の手元へ飛んでいった。


 そしてイヤリングを見つめ竜王様は私に言った。


 「確かにこれは竜のイヤリングだ」

 そして私に視線を移す。


 「ことわりはどうやら説明するまでもなさそうだ」

 私の意志の固まった顔つきをみて竜王様は私が記憶を取り戻したことを理解した。そして私は本題を切り出す。


 「これで竜が人間の世界にいる理由はありません。もうすべてをおわりにしましょう」


 「お前は何か勘違いしてるようだな」

 竜王様が睨みをきかせ私に言った。


 「お前は失敗したんだよ。ようく自分の言葉を思い返してみろ。お前はこの事件を平和的に解決するために自分を使えといった。だがこれがその結果だ」

 聖域の壁にリンドセル号が竜の聖域に向けて大砲を撃ち込む映像が映し出される。


 「聖界には無数の大砲が打ち込まれ、バルセルラもいまやこの有り様。人にも竜にも甚大なる被害を与えた。これならばリィズを強行突破させたなら竜にまで被害を及ぶことはなかったというもの」


 「お前は自分自身で自らの無力さを証明したに過ぎない」

 竜王様になんと言われようとここで引き下がる訳にはいかない。私はバルセルラのみんなの命を預かっているんだ。


 私は拳を強く握り、自分を奮い立たせ一歩前に出た。


 「被害のお話をするのならば、これ以上の破壊行為をやめさせてください」


 その言葉が竜王様の気に触れ、突然声を荒上げた。

 「だまれー、人と竜を同列に扱うなよ小娘が」

 そして大きな体を宙に浮かせ、私の目の前へと降り立った。


 凄い重圧だ、いつもの私だったらここで怖じ気ついて何も言えなくなってたかもしれない。


 でも今は違う、リップ、ジョセ、カトリーヌさん、ポルンさん、ルヴィーさん、カイト、リィズさん、そしてお母さんも。皆が私の心の支えになってくれている。


 私はポッケに入ったイヤリングを右耳に取り付けた。お母さん見てて下さい、私は絶対に諦めない。


 「竜王様は大砲が打ち込まれたといいましたが、それによって命を落とした者がいるのですか?」


 「聖域を汚されたのだぞ」


 「そんなもの頭の中の感情でしかないじゃないですか?命はもっと大事なもののはずです」


 「そこをいますぐどけろ。お前の目の前でバルセルラを滅ぼしてくれる」


 「どけません」

 私は震える声を張り上げ、両手を広げ竜王様の前に立ちはだかった。


 「今すぐどけるんだ、さもなければお前を」


 「どけません絶対に」


 「ならばこの落としまえどうつける?お前が世界の変わりになるか」

 竜王様がとうとう言葉による言い合いやめ、私に拳を振り上げた。それを見て私は恐怖から目を閉じ、最後の言葉を叫んだ。


 「私もこの世界の一部です」


 ドスンと大きな音が竜の聖域を響かせ、カイトはその瞬間を直視出来ず視線をそらした。


 私は眉に力をこめ、目を瞑っていると暗闇の中不意に拍手する音が聞こえてきた。


 目をゆっくり開くと大きな白い竜が私の目の前で竜王様の拳を受け止め、尻尾を器用に使い、まるで人が拍手するように音を鳴らしていたのだ。


 「ははははは。やっぱりあんたは面白いよアサ。でも人の心を動かせる何かは持ってるよ」

 その声には聞き覚えがあった。そしてどこまでも透き通る白と蒼い目。


 「ルヴィーさん?」

 その声は確かにルヴィーさんのものだった。


  「私に助けたを求めたということはまだ私のことを許してくれるのかい?」

 私の右耳につけたイヤリングは、真っ直ぐ光を放ちルヴィーさんのイヤリングへと光を届けていた。


 あの一瞬、私は皆の顔を脳裏に浮かべたためにその一人だったルヴィーさんに私の気持ちが届いたのだった。


 「ルヴィーさん」

 私は緊張の糸が解け、ルヴィーさんの大きな体に抱き着いた。


 「こらこら竜王様の御前だよ。みっともない姿晒すんじゃないよ」

 ルヴィーさんは顔を赤らめ、恥ずかしそうに慌てて言うが、内心満更でもなさそうだった。


 「だってもう会えないんじゃないかって」


 「まったく。それにしてもまぁ無茶するよ。私がいなかったらどうなってたことか。もうちょっと上手くやれなかったのかい? でもまぁ君のその言葉に嘘偽りはないし、不器用だけど上っ面だけを塗り固めたものじゃないってことは分かる。本当はそれだけで十分なのかもね」


 「ルヴィー貴様なんのつもりだ」

 竜王様は落ち着き払ったようすで言ったが、その静けさがかえって私の恐怖心を煽った。


 でもルヴィーさんはいつもの調子で顔を和ませ竜王様に言った。


 「竜王様、世界の罰はこの私が引き受けます」


 「ルヴィー勘違いするな、お前には元々処罰を与えるつもりだ」


 「人が犯した罪も合わせて受けるという意味です。私がこの事件を引き起こさなければ、こんなバカげた事はおきなかったことですから」


 「本当にいいのだな?死ぬことより苦しいぞ」


 「覚悟はできてます」


 「ふん、話が済んだら私の元へ来い。それがお前の地獄のはじまりだ」

 竜王様はルヴィーさんにそう言い残し、私の前から姿を消した。


 「ルヴィーさんどうして?」

 私はルヴィーさんのその後を案じ、何故あんな事を竜王様に言ったのかルヴィーさんに問いただした。


 「いいんだアサ、これからは真っ当に生きようと思ってね。それには今までの生き方を清算しなくちゃならない。こうする他ないんだよ」


 「それじゃールヴィーさんの幸せはどこにあるの?」

 このままじゃルヴィーさんだけが犠牲になってしまうように思え、私は無性に悲しくなった。


 でもルヴィーさんは持ち前の笑顔で私の涙を拭うと優しく温かな言葉で私に言った。


 「今アサが私のために涙を流してるそれだけで私は幸せだよ」


 そして私の体を優しく抱きしめ耳元で言った。

 「だから何も心配いらないんだよ。あんたは他人に優し過ぎる、これからは自分の幸せも考えなくちゃね」

 

 ルヴィーさんは私の頭をぽんぽんと叩き、立ち上がると私とは別の方を見上げ言った。

 「ナタリヤあんたからもいいたいことがあるんじゃないのかい?」


 ナタリヤ?ルヴィーさんは誰と話をしているのだろう?

 私が周りを見渡してもそこには誰の姿も見えない。


 「それじゃーなアサ」

 私がキョロキョロと首を回してる間にルヴィーさんそう言い残し姿を消してしまった。


 「ルヴィーさん?」

 私がルヴィーさんを引き止めようと声をあげたがそこにはもう誰いない。私は白い空間で一人ぼっちになってしまった。


 でもすぐに温かな声が私の元へやってきた。


 「アサ」


 「この声?お母さん?」

 私は声なる方へ顔を向けた。

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