第32話 龍の遣い

 「はじめましてアサと申します。あなたの子供を返しにきました」

 荒々しい呼吸をする音はきこえるが返事という返事は一向に返ってこない。


 「もう用は済んだはずです。どうかあなた方が住む世界にお戻り下さい」

 私は深々と頭を下げた。すると低い女性の笑い声が聞こえてきた。


 「ふふふ面白い小娘だ。人間の分際でこの私と意思の疎通を図ろうと?」

 咄嗟に下げた頭をあげた。遂に龍、リップの母親が暗闇から姿をあらわしたのだ。

 その大きさに私は言葉を失った。全長6メートルはあるだろう青い巨体に私は開いた口がふさがらなかった。

 私の懸念材料はただ1つ、このまま一飲みにされてしまわないか。


 カイトも完全に私の背中に隠れて放心状態で男らしさの欠片もない。


 「まぁよい。息子をここまで送り届けたことは感謝しよう」

 私はこの言葉に一瞬口許をゆるめたが龍の要求はそれだけでは終わらなかった。


 「だがそれだけでは足りぬのだ」

 私達に緊張感が走る。


 「お前のその身につけているもの、それは我々龍にコンタクトをとれる品物だ。お前のイヤリングがその力を有していることは先程実証済みだ。

 人間に我々の居場所を知られる訳にはいかない。それは我々に返してもらう必要がある」


 「わかりました」

 私はイヤリングを外しリップの母親にイヤリングを差し出した。

 しかしリップの母はそれを受け取らず、質問を返した。


 「もう一つはどうした?」

 どすのきいた怖い声、それでも私はのまれることなく正直にあるがままを話した。


 「もう1つはバルセルラにあるはずです。税収の集金人にお金のかわりにおさめました」


 「ならばそのもう1つ、取り返せばならん」

 そういうとリップの母は私に背を向けたので、私はすかさず引き留めた。


 「なら私に行かせてくれませんか?」

 リップの母は体制はそのままに長い首だけをこちらに伸ばし、私のおののく姿をみた後、笑い飛ばした


 「ふはははは」


 「私の行ってることおかしいですか?」

 私は茶化されているようで少しむきになってしまった。


 「悪いがお嬢ちゃん、その権限は私にはないのだよ」


 「私はもう誰にも傷ついてほしくないんです」


 リップの母が少し考えこみ。「ふむ、どうしてもというのなら、お前自身が交渉してみるがいい。本来人間が踏み入れるなどご法度だが、お前ならばもしかすれば受け入れられるかもしれん」


 「もし受け入れられなかった?」

 私はもしものことも考えて質問した。


 「その場で体をパクっとだな」

 この人私の不安な心を呼んでる。この人の前じゃ嘘は通用しない。


 「どうする?やめるか?」


 「いえ、お願いします」


 「声が小さいね?」


 「お願いします」

 私は今自分に出せる最大限の声で発した。


 「龍からしたら屁でもないが、まぁ良しとしよう」


 「それでどなたに許可をとればいいんでしょうか?」


 「我らが主、龍王メリクリュウス様にだ」


 「龍王様?」


 「そうだ、道は私開く。アサ、私の目をみるがいい」

 私はリップの母の言うがまま瞳を見つめると意識が遠のいて行き、その場で意識を失い倒れてしまった。


 「アサ」

 カイトが倒れこんだ私を受け止めた。


 「お前アサに何をした?」

 カイトがリップの母に敵意の目を向ける。


 「案ずるな。アサの魂は今我ら龍の聖域にある。ことが済めば魂は戻るべき所に帰るだろう」

 しかしカイトの耳には龍が唸っているようにしか届いていなかった。


 「お前では我々の言葉がわからぬか?」

 リップの母がカイトのことを哀れみ深く蔑んだ。


 カイトは脈を調べ、口元に手をあて息があること知る。

 「アサ、アサ、アサ」

 それでも最悪の事態を想定してしまって、体を揺すり私の名を何度も叫んだ。




 最初こそは意識の中でカイトが私の名を叫ぶ声が聞こえた。意識が深層部に向かうほどそこには無の境地が広がっていた。

 そこに辿りついたときには私の五感は全て閉ざされ何も考えられなくなっていた。そんな中1つ声が私の心に訴えかける。


 「アサ、もし龍王様に聞かれる事があれば、私の名を出しなさい。私は名はリィズ。王族の血を引く者だ」

 そして次に目を覚ました時は、そこには真っ白な、雲のような世界が広がっていた。これが龍の生きる世界。


 時間が経つにつれ時間差を生じて私にもその世界の実態が見えてきた。

 スタジアムの観客席のよう所から龍が私を囲み、皆私がここにいることが不満で盛大なガヤ沸いてる。


 「歓迎ムードとはいかないか、まぁこうなる事は百も承知してたけど」

 私が用があるのは龍王様、民衆などれだけ嫌われようが龍王様にさえ分かってもらえれば私はそれでいい。


 「しずまれー」

 その太い声に民衆が一瞬にして静まった。


 「道をあけよ」

 そして中央前方の道が開け、奥からドスン、ドスンと大きな音をたてこちらへと近付いてくる。


 リィズさんの大きさでも驚いたのに、これは規格外過ぎる。誰の目にだって分かるこの方が龍王様だ。


 龍王様が重い足取りでこちらにくると玉座とおもわれる椅子に腰を下ろした。


 「何故この龍の聖域に人間がおる?」

 圧倒されワンテンポ遅れてから私が言った。


 「あっリィズさんにここに通してもらいました」


 「リィズが?まぁよい話をきこうではないか?」


 私は事のいきさつを龍王様に説明する。

 「龍の子供はリィズさんの元にお返ししました。そしてこのイヤリングもあなた方に返すつもりです」


 「しかしバルセルラにもう片方があります。私があやまって渡してしまいした。

 これからバルセルラ向かいますのでどうか私にこの一件を任せてもらえないでしょうか?」


 「仕事を買ってでようというならば、力を示してみろ」


 「え」

 力?突然のことに頭が真っ白になってしまった。私に取り柄なんてない、ドジで何をやるにも要領悪いし。

 しかし龍王様の発言はなにも私個人だけに限ったものではなかった。


 「人間である貴様にどんな力があるのだ?」

 口調こそ穏やかだが威圧を感じる。


 「それは……」

 萎縮して言葉が出ない。


 「無力であろう?この件はリィズに全て一任しておる。お前の出る幕はない去れ」

 話は終わったと言わんばかりに龍王様が玉座を立ち上がり、去っていく。


 去り行く背中をみて焦った私は思いつく言葉並べ立て叫んだ。


 「でもリィズさんがバルセルラにいけば争いがおこってしまいます。私なら平和的にこの事件を解決できます。それがリィズさんにはない私の力です」

 静まり返った空間に私の声が響く。

正直ハッタリだ、私には人を説得させるだけの話術もなければ、それだけの地位も権力もない。

 あるのは、争いなんて起きてほしくない気持ちだけ。悔しいけど自分でも薄っぺらくて子供が考えそうなことだって思う。それでも--


 それまで黙っていた龍の民衆がざわつきはじめ、そんな物は力として認めないと講義をはじめた。


 腕をあげ地面叩き大地が揺れて龍王様が皆を黙らせた。

 私も腰がぬけ倒れたこんでしまった。

顔をあげると龍王様が私の目をじっとみて大きな口をゆっくり開いた。


 「お前このイヤリングが何を意味するか知っているか?」


 「リィズさんからは龍とコンタクトがとれるものだとお聞きしました」


 「何もわかっていないようだな、これは我ら一族の証なのだ。絶対に人の手に渡ってはならぬ」


 「一つお前に試練をあたえよう、明日の夕暮れ日が沈むまでに私の元にイヤリングをもってこい」

 これってもしかして--言葉は脳に届いたが信じられなくて思考が中々追い付こうとしない。


 「聞こえぬか?」

 龍王様の言葉に現実に立ち戻り私は深々とお礼した。


 「ありがとうございます」


 「それがタイムリミットだ。その先は龍の遣いにバルセルラに向かわせる」

 目をつむり頭をさげる私に龍王様の声だけが届く。


 「もしまた会うことがあれば、その時はイヤリングの真実を教えてやろう」

 真実?私が腰を伸ばすとそこに龍王様はおろか民衆の龍もみな姿を消していた。


 そして--


 「はっ」

 悪夢から目覚めるように飛び起きた。


 「アサ、大丈夫か?」

 カイトが目の前にいて心からほっとした。私帰ってこれたんだ。


 「カイト、平気」


 「どうやら上手く説得できたようだな」

 リィズさんが言った。


 「急がなきゃ明日の夕暮れまでだって」

 私は立ち上がりリュックの紐を腕に通した。


 焦り急ぐ私をみてリィズさんが言った。

 「アサ、徒歩ではどうあがいても間に合わん。私がバルセルラまで送ってやる」


 「でもそれではまた騒ぎになってしまう」


 「分かっておる。バルセルラの近くで下ろしてやる」

 そういい、息子であるリップの元に駆け寄った。


 「我が息子よ、またお前を一人にしてしまうな。でもお前はもう一人ではない。何かあれば私を思い浮かべ、助けを求めるがいい。そうすればそのイヤリングが私の居場所を示すだろう」

 私はリップをみつめリップもこちらに目をやったので言葉を返した。


 「リップまだお別れじゃないよ。必ずお別れしにここに戻るから」

 リップが私の胸に飛び込んできた。


 「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

 興奮するリップを撫でておちつかせる。


 「よし、アサ背中に乗れ」

 私がリィズさんの背中に跨がるとカイトが私の元にかけよってきた。


 「バルセルラにいくなら俺もつれていけ、軍人の俺なら必ず力になれるはずだ」

 リィズさんは目を合わせようせず、相手にしてない様子だったが、私にはカイトの本気の気持ちが伝わったので手を伸ばした。


 「掴まって」

 私がカイトに手を伸ばしカイトはリィズさんの背中にまたがった。

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