第12話 旅の先客者

 私たちはそれからも歩き続け、ようやく折返し地点である場所まで辿り着いた。   

 地図を見てみると、この先に休憩所と記載されており、私はそこで少し休もうと決めた。


 「リップ頑張って。もう少ししたら休憩所に着くから、そこで一息しましょ」


 そして休憩所のベンチが見えはじめた。しかしそこには3人の人影がみえる。

 口元に手をやり、私は小声で素早くリップに合図をおくった。

 「ハウス」


 「くあ?」

 リップは私の言葉に何の事だかぴんときてない様子。


 「違うかリュック」

 私はリュックを指差しリップを促すと、今度は理解しリップはすかさずリュックに潜り込んだ。


 私は彼らが席を離れるまで少しの間待つことにした。

 しかし彼らはずっと立ち往生を決め込み、いつになってもそこを離れようとしない。

 道の外れの木々に身を潜めていた私だったが、そろそろ痺れがきれはじめた。

 「こんな所で長時間も覗きこんで、これじゃまるで私達が怪しい人みたいじゃない」


 「大体なんなのかしら、こんな時間にぞろぞろと集まって、絶対育ちが悪いわ」

 リップがリュックからひょいと顔をだし、ぶーぶーと深々と頷いた。


 「んーしょうがない。休憩はもう少し先にしましょ。通り過ぎるからリップは絶対に物音たてちゃだめよ」


 「くー」

 リップは力強く鳴くとリュックの中に潜りこみ、器用にも内側から上カバーを下げた。


 私は絶対目を合わせないようにしなくちゃ。

 あんな柄の悪い連中に変に絡まれたくないもの。少しでも怯んだ姿を見せたらたちまちつけこまれそうだ。気丈に振る舞おう。


 「ただ通りすぎるだけ。平常心、平常心」

 それでもやっぱり怖い。私は自分に平常心といいきかせ、震える足を前に進めた。


 平常心、通りすぎるだけ、通りすぎるだけ。

 私は歩きながら自分を落ち着かせるために、心の中で何度もつぶやいた。

 その三人組の目の前までやってきた。目を向けなくても視界には入った。大柄でむきむきな大男に、大人の色気がぷんぷんするお姉さん。もう1人は目付きの鋭い女性で私と同い年くらいかな。


 通りすぎるだけ、通りすぎるだけ、目を絶対に合わせない、目を絶対に。

 頭で何度も呟いたが、なぜか私じゃなく向こうの目付きの鋭い子がこちらを直視してくる。

 怖すぎる。これは目をあわせたら絶対に殺される。

 通りすぎるだけ、通りすぎるだけ。


 私が彼女らを通り過ぎて10歩程進んだその時だった。


 「おいお前」

 粗暴で冷たい声が私の背中に突き刺さる。


 これは振りかえるべきなんだろうか?この声の大きさからいって私に話かけてるよね?

 このまま逃げてしまいたい気持ちでいっぱいだったが、ここで3人組に追いかけられるのもごめんだ。

 出来るだけ刺激を与えないように簡潔に済ませよう。


 私は愛想のよい笑みをつくると彼女らに向けて振り返った。

 しかし振り返った途端、高速のナイフが私の笑った顔めがけてとんできた。

 私はあまりの早さに、なんのアクションもおこせずに、棒たちのまま立ちすくした。

 ナイフは私の頭の脇を通り抜け、近くの木の幹へと突き刺さった。

 時間差でひらり私の髪が数本落ち、自分の首が繋がってる事がわかると、私は腰が抜けたようにその場に崩れた。

 そんなことお構いなしに彼女は放心状態の私に聞いた。


 「君さ、どこかで見た覚えがあるんだよね。はてどこだっけ?」


 こんな危険人物が私の知り合いの訳がない。

 私は今にも泣きそうな顔で懸命に頭を横に振った。

 すると彼女は連れの二人にもその質問をぶつける。

 「姉貴、ポルン知らない?」


 「ぽぽぽー」

 声の主は大男で、いたって真面目な表情で本人がふざけている様子はなさそうだ。

 私がリップの言ってる事が分かるように彼女たちにも彼の言葉が通じているのかもしれない。


 「んーポルンはなにいってるかわならない」

 やっぱり駄目だったみたい。


 「姉貴は?」 


 「あのときの子じゃないかしら?」

 お姉さんはどうやら心当たりがあるようだ。私はぬれぎぬを着せられてしまうのだろうか。


 「あのときのって?」


 「ほらこの前にタンパを訪れたでしょそこで」

 お姉さんのその言葉を聞いて、しばし2人で思考を巡らす。



 「あー!?」私と彼女が共鳴するように同時に声を上げた。


 「タンパでみた大道芸のお姉さんだ。ということは?」

 隣でめらめらと殺気立つ彼女に目を向けると。


 「お前あたしの芸をただ見した野郎じゃねーか」

 どこから取り出したのか、手にはまたナイフが握られていた。


 「ただ見なんかしてない。断じてしてない」

 私はまたナイフを投げ込まれると思い一度否定してから自分の正当性を訴えた。


「大体あんな人が通る場所でやってたら誰だって目に入るじゃない。それに私がみてたのはお姉さんの方だ」


 「なんだと、何を抜かすと思えば。あの時は私のショーだったんだぞ。なんで姉貴に目を向けることがある、言ってみな」


 んー追い詰められてしまった。なんて言えばいいのやら。


 「私も気になるわ。是非とも教えて」 

 お姉さんがニコニコして私に言った。なんとも緊張感にかける笑顔だ。完全に場違いではあるが、それでもお姉さんの顔は……


 「綺麗だったもので」

 最後に捻り出した答えはこれしかなかった。

 

 「なんだとー私が可愛くねーっていいたいのかてめー」

 今にも遅い襲いかかろうとしてる彼女を大男が必死で抑えつける。


 「別にそんなこと一言もいってないでしょ。そもそもなんで人に会って早々ナイフ投げられなくちゃいけないのよ」


 「んー……」これには彼女もグーの音もでない。


 「確かにそれは駄目よジョセちゃん」


 「その件は悪かった。つい癖でな。でもお前のただ見と合わせてチャラだからな」


 「もうなんでもいいわよ」


 「これで二人とも仲直りね」お姉さんが両手合わせ満面の笑みを浮かべている。


 「ぷはーん」そして大男が雄叫びを上げた。


 ジョセさん?この人は気難しい人だけど、お姉さんはお姉さんでどこかずれてるような気がする。


 「じゃー私いきますね」


 「おい休憩とらなくいいのか?お前すごい汗だぞ。俺たちはもう十分休んだしこっち座れよ」


 なんだいい人じゃない。

 彼女は一席ずれ私にそのスペースを譲った。そのベンチ3人が定員だったので必然的に一人余る。被害を受けたのは一番左に座ってたポルンだった。

 セコいと思ったが、ポルンさんは何も文句を言わず地べたに腰をおろした。もしかしたらこの中ではポルンさんが一番上下関係が下なのかな。


 「所でこんな時間に外出とは関心しないな」


 「あなた人のこといえる訳?」


 「あたしはいいんだよ。大体今更帰れる家なんてないんだ。お前も家出か何かか?」


 「家出ってわけじゃないけど、こっちも色々事情があるの」


 「色々ね。まぁ訳ありならそこまで聞かないけど、目的地くらい聞かせろよ」


 バルセルラなんて言ったら驚かれるだろうし、引き留められたりしたら厄介だ。ここはーー。


 「今はカルーモよ」


 「今はねー?」ギク!?ジョセはニヤニヤと悪そうな顔をしてる。私は知らんぷりして顔を反らした。


 「実をいうと私達もカルーモを目指しているんだ。どうだ一緒にこないか?」


 「それはいいアイディアだわ」お姉さんが言った。


 「ぷはーん」


 「私は一人でも全然大丈夫です」


 「何バカなの事言ってるんだよ、ガキ一人でこんなところうろついて大丈夫な訳ねーだろ」


 「ジョセちゃん口は悪いけど、お姉さんもそう思うわ」


 「ぷはーん」


 「えーと」


 「屁理屈言うなよ」


 「うんうん」


 「ぷはーん」


 3人に畳みかけられて口を挟む隙がない。そのあと私は何度が抵抗を試みたが、その度に三連コンボを受けうまく丸め込まれてしまったのであった。

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