藤の花に手を触れる頃
仲仁へび(旧:離久)
第1話
その日は休みの日だったんだ。
せっかくだから出かけようってなった。
そしたら妻が、公園で藤の花が咲いてるよと、言ったから。
お弁当箱や水筒やらレジャーシートやらを用意して、一時間ほど車を走らせた。
チャイルドシートにおそまるような息子は、これからどこかに行くとも知らずに、きゃっきゃと笑って窓の外を眺めている。
目的地に着いた時に、せっかくなのに寝ちゃわないか心配だったけど、どうにか起きててくれたよう。
着いた時の公園はすでに、同じように考えていた家族でにぎわっていた。
人の間を縫う様に子供の乗ったベビーカーを動かしながら、三人で敷地内を歩いていく。
藤は様々だ。
色も形も、色々とあった。
ハチがぶんぶんと舞って、命の営みが目に見えるよう。
ふわりと鮮やかに色を咲かせる花。
目線の高さにあるそれを眺めて、手を触れた。
もう、とっくに。
藤の花のカーテンに手が届く頃になった。
こうしていると昔、同じ事をしていたのを思い出してしまう。
頭上には、空を覆う花々。たくさんある紫の色。
綺麗なカーテンの一つに触れて見たくて、けれど届かない。
やっきになってジャンプしても、幼い頃の自分にはとうてい届かない高さで。
泣きべそをかきそうになった頃、父に抱えあげてもらった。
手に触れたその感触は思い出せなくても、思い出は残っている。
だから。
ようやく歩けるようになった年頃の。
自分の子供が、遙か頭上に咲く藤の花に手を伸ばすのを見て。
小さく、ふっくらとした手を伸ばすのを見て。
懐かしい気持ちになる。
そして、まだ見ぬ未来へ言い表しようのない思いをはせた。
この子が大きくなって、藤の花に手を触れるようになった時。
この藤は何度花を咲かせるだろう。
ハチたちは何度、この花の周りを舞うのだろう。
この子はその時、自分と同じ事を考えるのだろうか。
藤の花に手を触れる頃 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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