3話 ボーイミーツガール(偽)
「いや、なんかもう凄かった」
あのあと、僕とルネは必死の思いで、この城塞都市ザルフェダールに逃げ込んだ。
城塞都市の警備隊たちの戦闘力と練度はすさまじく、巨大猪を視認するや否や問答無用で砲撃(多分、魔術的な何か)を行い瞬く間に倒してしまった。
その後で知ったことだが、どうやら危険なモンスターに追われた際は近場の都市に逃げ込むのは広く知られた対処方法であるらしい。
小さな村などは例外だが、一定の大きさの街であれば十分な防衛能力がある。ならば、街に利益をもたらす、または食料を運んでくる商人などが襲われても大丈夫なよう、保護する必要が出てくるというわけだ。モンスター溢れる異世界ならではなのかもしれない。
つまり、街にモンスター引き連れて逃げてきたからといって、今回の行為が罪に問われることはなかった。いちいち罰していたらキリがないとも言える。
「それで、キズナはどうしたいの?」
「今更だけど、なんでルネは僕の言っていることを信じてくれるの?託した誰かのことも思い出せない記憶喪失の僕の話をさ」
あのあと、僕はルネに、やがてこの世界に訪れるだろう脅威「ワールドイーター」の話と、それに対抗するにはカオスの人々が手を取り合うことが必要不可欠であることを打ち明けた。
彼女はそれを信じてくれて、こうして相談に乗ってくれているという訳だ。
「うーん?キズナだから、じゃ理由は不足?」
「…え?それは、どういう?」
僕、だから?
「キズナ、私を見捨てなかった。一緒に、逃げてくれた。モンスター連れてきたのに、責めなかった。一緒に、戦った。これが、私の知るキズナ。信じる理由、たくさん」
「…!」
そうか、そんな風に彼女は思って、それで信じてくれたのか。
「それに、私とキズナはお相子、でしょ?」
「ははは!うん、そうだね。そうだった!」
お相子とは、あの場限りでの言葉であって、長期的な信頼関係の理由となるものではない。
けれど、僕とルネの場合は、それで良いのかもしれなかった。
混沌とした世界に、記憶喪失が2人。
彼女が僕を信じてくれるように、僕もまた、彼女を信じ続けようと思う。
「それで、話は戻るけど。キズナは、どうしたいの?」
「僕は――」
僕はどうしたいのか。
救世。重い言葉だ。普通に生きていれば無関係の、創作物や伝記でしか見聞きしないような言葉。それが、今まさに僕の目の前にある。
それで、一体どうしたいか。他ならぬ僕は、どうしたいのか。
言うまでも無く、危険が溢れる道だ。大怪我をするかもしれないし、最悪は死んでしまうかもしれない。戦争の止め方なんか分からないし、何をすればいいかも分からない。
それでも。
「僕は、この世界を。カオスを救いたい。知ってしまった破滅を見逃すことは出来ない」
何が起こるかなんて、分からない。
なら、今の僕が後悔しない選択をしよう。
今、破滅を知っているのに見捨てる選択をすれば、僕は笑えないから。
「そっか。なら、私も手伝う。キズナのこと」
「…え?良い、の?」
彼女が手伝ってくれるというのは、とても有り難い。
一人では何をすればいいのかも判断出来なかったから。
さっきの選択のためには、ここで彼女の手を取ることが必須だ。
けれど。
「でも、これは危険で…!」
「私の方が、強い。心配は無用」
それは事実だ。彼女の方が僕より強い。
でも、だからって、女の子を危険に巻き込むことが正しいのか?
「忘れた?キズナと私はお相子。苦労とか、戦いとか、使命とか。全部、キズナと私で半分こ。駄目?」
あぁ。彼女には敵わないや。
「わかった。お願い、ルネ。僕に力を貸してほしい」
けれど、それだけじゃなくて。
「でも、ルネの苦労とかも僕が半分背負う。僕たちはお相子、なんでしょ?」
記憶喪失の女の子、ルネ。
何だか天然で一見何も気にしてなさそうな彼女が、その実、大きな不安に苛まれていることは明らかだった。
記憶喪失というのは、もしかしたら彼女の事情を隠すための嘘なのかもしれない。
それでも。
いや、だからこそ。
彼女の抱える苦しみを僕も背負おう。そう決めた。
「……!うん、そっか。ありがと、キズナ。契約、成立だね」
「うん、契約成立だ」
そうして、僕たちは互いに笑った。
◆◆◆
僕とルネはこの後どうするべきかを、どうやって世界を救うべきかを話し合っていた。
具体的な案がなかなか出てこない中、ふと、ルネがこんなことを言った。
「そういえば。キズナ、気付いてる?この都市、戦争しようとしてるよ」
「え!?」
彼女曰く。この都市が交易で栄えていることは有名だが、それにしたって商隊の出入りが活発過ぎるということだ。さらに、言われてみれば巡回をしている鎧姿の人間が非常に多く、その眼付は鋭い。
戦争準備を進めていると言われれば納得の光景だった。
「なんで、戦争なんて…」
「そこまでは、分からない。けど、この世界で、戦争の意味をイチイチ問うのは、無意味かも」
「そんな…!止めなきゃ…!」
でも、どうやって?
「…戦争を決めたのは、多分、領主。ここの主」
「なら、その人に直接、ワールドイーターの事を話してそれで…!」
「でも、普通は会えない。領主は偉い」
それは当たり前だ。
これだけ巨大で活気のある城塞都市を治める人物。その人に会うのは並大抵のことではない。
まして、戦争直前では暗殺への警戒などもしているだろう。
あれ?今、彼女は何と言った?
「普通はってどういうことなの?会う方法があるの?」
「確証はない、けど。何か偉業を為せば、或いは」
「どういうこと?」
「ずっと解決できなかった問題とか、解決すれば、領主は称える」
「そうか…!この街が直面する何か大きな問題を解決すれば、謁見が出来る…!」
「うん、その通り」
「なら、まずは聞き込みだ!色んな人から話を聞いてみよう!行くよルネ!」
「おー」
進むべき道が見えた気がする。
聞き込み、問題を解決。領主に会って、ワールドイーターの話をし、戦争を止める。必要なら、戦争の理由を聞いて、それを解消できないか考える。
細い細い道だけど、確かに先に繋がっている道だ。チャレンジしてみる価値はある。
そうと決まれば――!
「きゃっ!」
「うわ、すみません!大丈夫ですか!」
決意して踏み出した矢先、一人の女性とぶつかってしまった。女性はそのまま地面に倒れてしまう。
浮かれて注意が疎かになったらしい。
申し訳ない事をしてしまった。
「怪我などありませんか?」
立てるように、手を差し伸べる。
美しい緑の髪が印象的な、黒い衣服に身を包んだ女性だった。
女性が僕の手を掴もうとして。
ふと、その手が、何かに驚いたように止まった。
そして。
「やっと、見つけた…」
彼女は漆黒のフードの中から覗く蒼の瞳に涙を浮かべて、呟いた。
◆◆◆
今、僕とルネは女性の奢りで喫茶店にて食事をしていた。
ぶつかった挙句、奢ってもらうのは無理だと言ったのだが、僕とルネは無一文だった。
それでは詳しく話すこともできないでしょうと言われれば断ることも出来ず。
僕はいつかお金は返すと心に決めて、厚意に甘えることにした。
その女性は、名を「ティエラ」と名乗った。
男勝りな「オレ」という一人称を使う一方で、口調や立ち振る舞いは実に女性らしいという、チグハグな人物である。そして何より、そのことに違和感がないのも不思議だった。この女性はそう在ることが正解なのだと、それこそが世の摂理なのだと言うべき在り方だった。
ティエラさんは僕の事を知っているような口ぶりだったので、当然ながら最初はその話となった。
僕とティエラさんの話なので、ルネは口を挟まずに、黙々と並べられた料理を平らげている。皿はテーブルを埋め尽くし、まだまだ運ばれてくる。少しは遠慮をしなさい、遠慮を。…もっとも、ティエラさんは微笑みながら許していたが。女神かな?
その彼女は、僕が記憶喪失であること、ティエラさんのような人にあった覚えはないこと等を告げると、酷く悲しそうな顔をして。
「そう、そうなのですね。ごめんなさい、人違いだったようです」
と、弱弱しく呟いた。
人違いと彼女は言うが、多分それは僕を気遣った嘘だ。
真に人違いならあんな反応をするわけがない。
恐らく、記憶を失う前の僕は彼女とそれなりに深い関係だったのだろう。
「記憶を失くして、ティエラさんのことを忘れてしまっているのは、すみません。でも、もし、何か知っているのなら教えてほしいです。思い出すきっかけになるかもしれませんから」
僕は少しでも自分の記憶について知りたいとの思いで彼女に尋ねた。
すると、彼女は暫し逡巡し、やがて覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。
「…わかりました。とはいえ、オレも言えることは多くはないのです。ただ、貴方は元々こことは異なる世界の人物でした。「地球」と呼ばれる星の「日本」という地で生まれ育った存在が貴方です。覚えはありますか?」
「チキュウ」「ニホン」。不思議と聞き覚えのある、聞くと安心する単語だった。
ならば、やはり、そういうことなのだろう。
彼女が探していた人物と、記憶を失った僕は同一人物だ。
確認も兼ねて、僕の名前「陽川絆」を、彼女の探し人は名乗っていたかと聞けば。
「えぇ。間違いなく、その名前だったはずです。懐かしい感じがしますから」
妙な言い回しではあったが、やはり僕は「陽川絆」であり、またティエラさんは記憶を失う前の僕と知り合いだったらしい。
もう少し詳しく話をしようすると。ふと、彼女が真剣な眼差しで僕を見つめ、そして、このように問うた。
「貴方は…貴方は帰りたいとは思わないのですか?」
自らの出自がこことは異なる世界だということは何となく覚えていた。そして、ティエラさんからそれが「チキュウ」の「ニホン」であると知って、帰りたくはならないのかと、彼女はそう問うているのだった。
「その…記憶がほとんどないので、そういう風にはあまり思えないといいますか…」
「そうですか、やはり…」
僕の答えに対し、彼女は怒りを堪えているような苦々しい空気を繕う。
ただ、その怒りの矛先は僕ではなく、全く別のモノに向けられているようだった。
むしろ、僕のために怒ってくれているというのが正しい。
マズイ。違う。
そうじゃない。そうではないのだ。
「ただ、記憶があったとしても僕はこの世界を見捨てて帰ることは出来ません。同じ選択をしたと思います」
「…!」
彼女が僕のために怒ってくれたのは嬉しい。嬉しいけど、違う。そうじゃない。
記憶云々は関係ないのだ。
「僕はこの世界でルネと出会いました。警備隊の人たちに助けられました。そして、この街に生きる人々を見ました。彼らに迫る危機を知っておいて、見捨てることは出来ません」
後悔しない選択をしようと決めた。そう決めたのは――
「この決断は僕自身が決めたものです。その道を進むと僕自身が決めたんです」
――僕自身に他ならないのだから。
「はは、何ですか、何なんですか、ソレ。おかしいですよ、そんなの。それじゃあ、それじゃあ、オレは、私は、何のために――」
「ティエラさん?」
「…あ。あ、あはは。何でも無いです。独り言です。気にしないでください」
絶対に嘘だ。
でも、これ以上踏み込んで欲しくないと彼女の声や雰囲気が雄弁に伝えていた。
「…分かりました。世界を救う…それが貴方の選択なのですね。…具体的な方策はあるのですか?」
彼女自身が踏み込んでほしくないことを踏み込むべきではなく、先程の呟きは聞かなかったことにするべきなのだろう。
彼女がそのまま何事も無かったように進めるので、僕も流すことにした。
そして、彼女に問われた内容について、先程ルネと話し合った事を伝える。
すると。
「…なるほど。悪くないですね。ここの領主は公明正大な人物です。信賞必罰を常とし、成果には報います。故に、何か偉業を為せば間違いなく謁見は叶います」
「本当ですか…!」
「えぇ。加えて、理性的で頭の切れる人物でもあるので、貴方の話に真実を見出せば、戦争も止めることでしょう」
光が見えたような心持になった。
どうやら、当たり前だが、彼女は記憶喪失の僕やルネより様々なことを知っているようだった。
この際だから、他にも色々と聞いておくべきだろう。
「戦争の理由とかってティエラさんは知っていますか?」
「えぇ。知っています。とはいっても、様々な要素が絡み合っているので、理由を1つに絞るのは難しいですが…」
そう前置きしてから、彼女は語ってくれた。
まず、この城塞都市が戦おうとしているのは、南部の草原一帯を拠点とする遊牧民の一大部族。部族と言っても、拠点とする草原の広大さに伴い、その規模は大きい。また、一人一人が一騎当千と言っても過言ではない実力を有しているとのことであり、この城塞都市とも戦えるだけの戦力はあるとのこと。
城塞都市が出来るのが先か、遊牧民たちが住んでいたのが先かは双方の主張で食い違っているが、ともかく同じ土地に違う生活様式が2つ。当然争いが絶えなかった。
奪い奪われを繰り返すうち、やがてそこに宗教も絡んだ。さらには南の土地は肥沃なため、利権も絡んだ。遊牧民が商隊を襲うこともあったので尚更だった。
そして、ここにきて、遊牧民側で大きな問題があった。強大な魔獣が草原の一角を根城にし、遊牧民たちは痛手を受けた。そこに流行り病なども重なって、それまで部族を支え続けた偉大な首長が亡くなったのだという。代替わりの部族内闘争なども起き、その戦力は酷く弱体化。攻め滅ぼすには今が好機だと、城塞都市側は判断した、ということらしい。
「まぁ、概ねはこんな感じでしょうか。他にも政治的な立場とか人気とか偉い人しかしらないような理由はあるかもしれませんが。だいたいは合っていると思いますよ」
「なるほど…。ありがとうございます。とても良く理解できました」
「これを知っても、貴方はまだこの戦争を止めようと?」
「えぇ、決意は変わりません。むしろ、強固になりました。どちらかが滅びるまで終わらない…そんな悲しいことを終わらせられるのなら、進む意味があります」
「ルネさん、貴女もですか?」
「…ん。…私とキズナはお相子。私はキズナと一緒に進む」
ティエラさんがルネにも問いかけ、ルネは口いっぱいに詰め込んでいたご飯を飲み込んで言った。嬉しいことを言ってくれたし、言葉は格好いいけど口元が汚れている。口元を拭ってやると、抵抗せずに受け入れた。
「はぁ、どちらも筋金入りですか…。わかりました。なら、オレに1つ案があります。貴方たちが為すべき偉業についてです」
「本当ですか!」
「えぇ。これを為せば必ず領主は会うでしょう」
「教えてください!」
「ただし」
そこで彼女は一度言葉を切り。
「オレも同行します。貴方たちは放っておけませんから」
と言った。
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