第4話 寄り道①【リズ視点】後輩系美少女精霊【ガチ恋】

――リズ。私の可愛いリズ。良くお聞きなさい。決して復讐などという愚かなことを考えてはなりませんよ。

――何故ですか!私は…!私は…!

――復讐は何も生みません。悲しみを繰り返すだけ。

――お前の言う通りだ。流石はこの私が娶った女だよ。第一、これだけ鮮やかに天下のベルレフォード家を落とすなど、並の相手ではない。敵ながら天晴とさえ思うくらいだ。こんな危険な相手に立ち向かってはならないよ、リズ。彼我の戦力差を冷静に見つめ、必要とあれば撤退や降伏を選択することも、戦では重要なことだ。その程度の事はとっくに教えただろう?

――それは…それはそうかもしれません。けれど!

――私は私の、当主としての戦に敗北した。それだけのことに過ぎない。ベルレフォード家は敗北した。それが動かぬ事実だよ。であれば、後は敗者として為すべきことを為す。エリザベス・イオ・ベルレフォードよ。我が自慢の娘よ。敗戦の将から最後の命令だ。お前はお前の幸せを掴め。


――動くな!ベルレフォード家の貴族位は剥奪されることが決定した!同時に、当主と妻には処刑が言い渡されている!余罪を重ね己が子にまで罪を負わせたくなければ、大人しくしろ!


――ねぇ、リズ。母は貴女に幸せになってもらいたいの。貴女はこんなに綺麗に育ってくれた。きっと素敵な人が現れるわ。暗い復讐心は貴方の明るい幸せを奪ってしまう。それは、それだけは認められない。

――その通りだ。いいかい、過去に、私たちに囚われてはならない。お前は未来を掴むのだ。誇り高きベルレフォード家の血を引くものとして、素晴らしき幸福を掴み取って見せなさい。それだけが私たち親の望むものなのだよ。……すまないね。最後の言葉を見逃してくれて感謝するよ。さぁ、私は逃げも隠れもしない。どこへなりとも連れていくがいい。


――大罪人にしては殊勝な心構えだ。…連れて行け!


――待って!待ってください!お願い!お父様!お母様!



 お願いします。他に何も望まないから。

 だからどうか。どうか。

 私を置いていかないで。

 独りにしないで。



 ――――

 ―――

 ――



「――お父様!お母様!」


 無意識に叫んだ言葉は誰にも聞かれずに虚空に消え、空に伸ばした手は何も掴まず無様に揺れている。


 あぁ。またいつもの夢ですのね。全く、私もよく飽きもせず同じ場面ばかりみるものです。たまには、もっと幸せな時の光景でも見せてほしいものなのに……。


 いえ。それは愚かな甘さ。唾棄すべき弱さですわね。


 私はリズ。ただのリズ。家名も両親から貰った大切な名も既に捨て去りました。

 それでも、それは決して忘れるためではありません。むしろ逆。やがていつの日かその名を取り戻すため。それまで私の正体がバレないようにするための隠れ蓑。

 我がベルレフォード家を陥れ、お父様とお母様を処刑にまで追い込んだ憎き仇に報いを受けさせる。そして、ベルレフォード家の、父母の汚名を晴らし、必ずやエリザベス・イオ・ベルレフォードとして復活を果たして見せましょう。


 けれど。憎き仇は未だその影すら掴ませず。私は無為に時間を浪費し続けている。

 

 お母様は復讐など無意味だと仰った。確かに今の私の生に意味があるとは思えません。

 お父様は危険すぎると仰った。確かに私は未だ何一つ明らかには出来ていません。

 そして。お二人は己の命の最期を目前にして、私に幸せになってもらいたいのだと願われました。

 けれど。申し訳ございません。お父様、お母様。私は幸せを感じられないのです。

 いえ、少し、違いますわね。

 お二人のいない世界で。憎き仇が今ものうのうと笑っている世界で。私は幸せを享受などしたくはないのです。

 仮に、人並みの幸せなどというもので充足を感じてしまったとしたら。それで満足して復讐を諦めてしまったとしたら。それは、お二人を陥れた悪鬼の所業を認めてしまうことなのではないかと、リズは思うのです

 だから。だから。私の幸せは。もしもそんなモノがあるとすれば。それはきっと、復讐を果たした後にあるのでしょう。呪われた道の果て、仇の躯の上で初めて、私は私が幸せになることを許せることでしょう。

 故に。お父様。お母様。リズは初めて、そして最後に、お二人の想いに逆らいます。



 かつてとは比較にもならぬ程に質素な食事を味わうこともせずに飲み込む。

 けれど、かえってこれでいいのかもしれません。そも、料理や食事にかまける余裕などありはしないのですから。


 父の形見の剣を手に。

 瞼を一度閉じて、深く息を吸う。

 そして。

 エリザベスを振り払い―――私は傭兵リズになる。


 それは。いつもと変わらぬ日々の始まりだった。

 これまでも何度も繰り返され、きっと何度も繰り返す朝の作業。

 同じような日が繰り返されるのだと、諦念と共に確信していた。


 そう、その日までは。


 この日を境に。正確にはある女性との出逢いを境として。

 私の人生は大きく変わることとなる。



◆◆◆



「えっと…貴女は女傭兵のリズさんですよね?」

「そうだけど。何かの依頼かしら?」


 女のくせに傭兵なんかしているということで、私は悪い意味で有名だった。

 だからだろう。冷やかしや、或いは私の身体目当ての気持ち悪いサルも寄ってくる。

 暗に依頼でないのであれば帰れという意思を込めて刺々しく言い放った。

 けれど、今回の相手はまるで異なっていて。そもそも男じゃなかったし、かといって依頼でも無かった。


「じゃあ、リズ先輩って呼んでも良いですか!」


 そうして。私の冷たい物言いを気にした風でも無く。

 彼女、女傭兵ティエラは花の咲くような笑顔と共に私の「後輩」となることを宣言した。



◆◆◆



 ティエラ・アス。

 彼女はあまりに奇妙でおかしな人物であった。


 まず、言葉遣いは丁寧で高い教養を感じさせるくせに、振る舞いには淑女らしさや気品がカケラも無い。もっとも、これは傭兵なんて職に就くならそうあるべきだし、現に私の所作もかつての面影などありはしないのだが。

 とはいえ、なりたてであれば必ずどこかでボロが出てしまうものでもある。だけれど、それが一切ない。どころか、ほぼ確実に初めから持ち合わせていない。言葉使いは上流階級で振る舞いや知識・常識は庶民並――否、庶民すら知っているような当たり前の事すら知らないこともある。

 彼女はあまりにチグハグな人間だった。そのくせ、庶民では絶対に入手できないような見たことも無い業物の双剣と、高度な魔術的仕掛けが施された正体隠しの黒衣を身に着けている。全くもって意味が分からない。


 狩りに出れば、騎士家の令嬢として魔術や戦闘技術を修めていた私にすら匹敵する実力を有している。だというのに、人間と戦うときには酷く怯えてトドメを躊躇う。良く言えば優しさだが、この混沌とした世界に生きるには足かせに過ぎない唾棄すべき甘さを抱えていた。

 この年になるまでそんな甘さを抱え続けて来られる立場を私は数えるほどしか知らない。そして、その何れも彼女の振る舞いには掠りもしない。

 ……もっとも、それは人間が相手の場合に限る。人間以外が相手であれば、如何に恐ろしい風貌の存在であろうとも怯むことなく吶喊し、命を刈り取ってしまうのだ。さらには、その後に調理して平らげるまでがセットだった。


「センパイセンパイ♪センパイも一緒に食べましょうよ!これは狩った者の責務です!」


 私も無理やり食べさせられ――そしてその美味しさに目を見張ることになった。



 このように、彼女は普通ではなかった。特異であった。異常であった。不自然であった。

 けれど、私は不思議とそれに負の感情を抱かなかった。むしろ好感を抱いていたとさえ言っていい。

 かつての知己はことごとく私を見捨て。今の私に群がるのは私を下劣な欲望の玩具と捉えるモノばかり。加えて、憎き仇敵が刺客を差し向けてくる可能性もあるとすれば、周り全ての人間を冷めた目で見るようになって当然で。事実そのようにしてきたというのに。

 それでも。いや、だからこそだろうか。彼女の姿は全く別のモノとして私の目には映った。だって、こんなあからさまな不審者を刺客として差し向けるわけがないのだから。

 ……もしも、これすら私の思考の裏をかいた作戦だというのなら、私は諦めて負けを認めたことだろう。

 それくらい、彼女は。

 あからさまに不自然で、大げさな程に奇天烈で、そして奇跡的な程に自然体だった。

 そして同時に。

 これは振り返って後で気付くことなのだけれど。

 この時には既に。私は彼女に惹かれてしまっていたのだろう。


「センパイセンパイ♪今日も一緒に任務に行きましょう!一狩り行こうぜ、です!ひゃ~!これ、一度言ってみたかった!」


 そうしてこの日も私は。彼女と一緒に過ごすのだ。



◆◆◆



 ティエラと過ごすようになって、私の毎日は激変した。

 例えば、友人と呼べる存在が出来たのが大きい。しかも男性も含めてだ。

 彼女は実にフレンドリーな人物で、男性にも気さくに話しかけた。そも、彼女の思考には、性差というのが一切感じられなかった。彼女の前には女性も男性もありはしなかったのだろう。

 ある時には、男性でありながら女性、女性でありながら男性というような人物とも友好を築いていた。国や地域によってもだいぶ異なるらしいが、この国では彼らは未だ爪弾き者で、けれど、やっぱり彼女は気にしなかった。

 そんなだから彼女は非常に友人が多くて。よく一緒にいた私も必然的に多くの人と言葉を交わすことになり、結果、私にも友人と呼べる存在が出来たのである。

 もっとも、彼女はとても美人で可愛らしくてスタイルも抜群であったものだから、私以上に下劣な欲望を持った人間も引き寄せていた。しかも、彼女にはそういう存在への警戒心がまるで無い!私やティエラの友人たちは独自に繋がりを持ち、彼女を不届き者から護るべく一致団結したりもしていた。


「センパイセンパイ♪これ見てください!このあたりの特産のお酒だそうですね!成人したら飲むのが習わしだとか!郷に入っては郷に従え。是非飲んでみようかと――」

「今すぐ捨てなさい。そして渡したのが誰かを言いなさい」


 それは強い催淫作用があることで有名なものだった。

 渡した奴は酔った勢いで冗談のつもりで渡したとのことだが、問答無用。皆で半殺しにしておいた。



◆◆◆



 彼女のことを語るのであれば、彼女の料理を欠かさずにはいられない。

 彼女はとにかく料理をすることに執着した。

 理由は分からないが、彼女はとにかく「料理をすること」に拘るのだ。

 傭兵としての任務先で時間や材料が無かろうと、そんなことは問題ではなかった。どうにかして朝昼晩の三食すべてを「料理」することを譲らなかった。


 一度理由を聞いてみたことがある。すると、彼女はこう答えた。


「悔しいんですよ。料理という人類至高の文化が、長い歴史を積み重ねてきたものが、何の手も加えていない野生の猪ごときに並び立たれるかもしれないという事実が。料理の可能性をオレは諦めませんよ」


 相変わらず、彼女の言うことは意味不明だった。

 そして、彼女はこうも言っていた。


「それに。来るべき日までにもっと腕を磨いておいて、ある人物の胃袋をつかむ必要があるんです。オレの目的のために」


 この答えを聞いた時に胸がズキリと痛んだ。

 私の知らない彼女がいることが。彼女が私ではなく別の人物を見据えていることが。


 彼女はそこで話を切り止めてしまって、それ以上を聞き出すことは出来なかったが。


 私はその日、胸の内に巣くった復讐心とは別の暗い感情を自覚し。同時に彼女に抱く大きすぎる感情を――恋心を自覚したのだった。



◆◆◆



 そうして今までより一層彼女と共にいて、その一挙手一投足に注目するようになった。

 元々貴族家の令嬢として育った私には一般的な恋のアプローチ方法、しかも同性へのソレは全くもって分からず。加えて、私の復讐心が私の幸せを認めようとしなくて。


 思えば、一時期の私は実におかしなことになってしまっていた。

 彼女に近づきたい一方で、もう彼女と離れなければと思う自分がいて。両極端の想いが暴走した結果、彼女への過剰なボディータッチという奇行が成立した。

 彼女に触りたい、近づきたい、受け入れてほしいという想いと。

 彼女に拒絶されたい、離れたい、突き放してほしいという想いと。

 あの時、私の心の中には確かに、両極端の想いが同時に存在していた。


 けれど彼女は決して私を拒絶しなくて。

 それどころか、ずっと何かを隠していた彼女が私に正体が精霊だという秘密を打ち明けてくれて。

 そこでお返しに(というのは建前で、単純に彼女に私を知って欲しくて)私の過去を打ち明けても、彼女は侮蔑することも憐れむことも無く。父母にさえ否定された復讐心を咎めることもなく。ただ静かに話を聞き、最後には優しく抱きしめてくれて。暗い過去も黒い感情も、全てを私の一面として受け入れ、何も変わらず接してくれた。


 もう駄目だった。

 彼女は私の総てを受け止めてくれる。愚かな復讐心ごと包み込んでくれる。

 そうして、私は私の想いに蓋をすることが出来なくなった。


 けれど。この頃にはもう一つのことに気付いていた。それは、彼女が近々、旅立とうとしているということ。

 前々から語っていた彼女の「目的」。恐らくは精霊としてのソレ。人間とは異なり、それぞれが確かな意味を持って生まれてくる概念精霊だからこその「為すべきこと」。それは使命とでも言うべき、人間の常識では測れない、彼女の存在意義そのもの。

 故に彼女はこの国を出ていこうとしていて。一方で、私の復讐はこの国でしか出来ないことで。


 私は大いに悩んだ。

 何日も苦悩した。

 悩み苦しんだ末、これまであれほど拘り続けた復讐を諦める覚悟さえ胸に、彼女と共に旅することを提案した。

 ――そうして、振られた。


 彼女は申し訳なさそうに私の申し出を断った。優しく、私をなるべく傷つけないように。

 私は、陽だまりのような笑顔を浮かべる彼女に、あんな顔をさせてしまった事が何よりも罪深い事のように思えて。

 自分の感情とか全てがぐちゃぐちゃになってしまって。何が何だか分からなくなって。


 彼女についていくことが出来ぬならば、彼女をずっと自分の手元に置いておきたい。

 そんな愚かに過ぎる感情が私の総てを塗りつぶし――


 気付けば、彼女を無理やり襲おうとしていた。

 彼女の服を剥ぎ始めて。それで。


「センパイ!止めてください!センパイ!」


 彼女の恐怖が混じった声に我に返って。

 自分が何をしてしまったのかを正確に理解して。


 挙句、余りの愚かさと罪深さに耐えきれなくなって泣き出してしまった。

 そう、愚かな私は事ここに至ってまで罪を重ねたのだ。

 泣きたいのは彼女の方であろうに、下手人たる私が泣いてしまったのだから。


 すると彼女は。

 信頼を手ひどく裏切った私のような女を優しく抱きとめ、そして言ったのだ。

 あの、全てを包み込む優しい声音で。


「ごめんなさい。センパイの想いに応えることは出来ません。それでも、オレは必ずセンパイとまた出逢います。為すべきことを終えたら、必ずオレの方から逢いに行きます」

「…ひぐっ。そんなこと分かるわけないじゃない。お父様もお母様も!お兄様もお姉さまも!家人も友達だって!誰も帰ってこなかった!私を捨てて行ってしまった!」


 けれど、私には信じられなかった。だって、私の手元に残った者なんて誰一人いなかったから。だから。


「それでも。必ずですよ。オレは必ずセンパイの所に帰ってきます。そう決まっているんです」


 けれど。彼女は微塵も揺らがずに言ってのけた。まるで、今日の空模様を語るように。ごく自然に、当たり前の事のように。言ってのけた。

 そのことに何故、と問えば。


「そうですね…精霊の勘、なんてどうでしょう?」


 冗談交じりにそんなことを言ってみせた。けれど、その眼には決して私を騙そうという意図は浮かんでいなくて。


「ぐすっ。……分かった。私、待ってるから。貴女の事、ずっと待ってるから」

「えぇ。それではセンパイ。お互いの進むべき道の先で、再び逢いましょう」


 彼女が最後に述べた言葉の意味は痛い程に良く分かった。

 彼女にも、そして私にも。己の幸せより優先すべきことがある。為さねばならぬことがある。

 彼女は精霊としての目的を果たす。

 私は私の復讐を果たす。

 まるで異なる道。されど、その果てに必ず交わると。否、交わらせて見せると。そう彼女は言っているのだった。


 だから。だから、私は彼女を信じ、そして別れた。


 私の初恋は復讐の道の果てにある。彼女といた日々は、神が気まぐれで見せてくれた、果ての果ての景色に過ぎない。


 それでも。

 死ねない理由が出来た。

 私は必ず、生きて復讐を遂げる。

 

 


 私は彼女に自分の想いを伝えた。

 彼女は「(今はまだ何を優先してでも為すべきことがあるから)センパイの想いには応えられません」と答えた。

 会話の流れを何度確認しても、間違いない。勘違いではない。

 であれば。彼女は未来で私の想いに応えてれると約束してくれたのだ。

 

 

 確か、黒魔術の中にとかあったよね…?習得しておかなきゃ。



 ◆◇◆◇



「(え、意味わからん。なぜ突然襲ってきた?とりあえずは刺激しないように優しく…)ごめんなさい。(いまいち良く分からないけど)センパイの想いに応えることは(いずれ帰るから)出来ません。それでも、オレは必ずセンパイとまた(主人公クンの陣営として)出逢います。為すべきこと(本編開始前の下準備)を終えたら、必ず(主人公クンがストーリーの流れで会いに行くから必然的に)オレの方から逢いに行きます」

「それでも。(変に刺激しないように言葉に気をつけて、と)必ずですよ。オレは(本編ストーリーで貴女と主人公クンが邂逅するから)必ずセンパイの所に帰ってきます。(ストーリーで)そう決まっているんです」

「そうですね…(元の世界のこととかゲームのこととか話せないし)精霊の勘、なんてどうでしょう?(そんなものないけど。これで納得してくれない?無理?)」

「えぇ。それではセンパイ。お互いの進むべき道の先で、(同じ陣営の味方として)再び逢いましょう」

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