過去の物語

墓穴を掘ってしまった。

久島五十五はそう思い、恥ずかしさを紛らわす様に口に手を添える。

宮古エナは性行為と言うものに対して無頓着。

言うなれば、子供を作る行為を知らない。

人はいずれも疑問に思う、自分はどうやって生まれたのか。

その思考性から、多くの人間は子供の生み方、つまりは性行為に行きつくものだ。

しかし、宮古一族は違う。

宮古一族はフラスコから生まれたホムンクルスの様だ。

通常の人間の愛し方とは違って、結び合う繋がり合う事では生まれない。


「あの、なんでホテルに入ろうと…?」


「女子の連中が言っていた、此処は待遇が良く、運んでくる料理も上手いと」


その程度の理由だった。

いや、それ以外にもあるのかも知れない。

大方、西洋ファンタジーで出て来そうなお城の様をしていたから入りたくなったとかその程度の事なのだろう。


「…はぁ。まあ、いいか。美味しいお店なら知ってますよ」


久島五十五はそう言うと、宮古エナの手を引いた。

そして、その場から離れる。


「美味しいお店って、何処だ?」


宮古エナがそう聞いた。

久島五十五は歩きながら向かう。

其処は思い出の場所と言っても良いだろう。


久島五十五が、まだダンジョンアイテムを所持する前の話。

世界には、多くの人間が路を彷徨っていた。

ダンジョンから発生したモンスターによる侵害を受けて、家庭や親族を失い、戦争孤児になる者が多い。

役所人は、あまりにも被害者が多い為に、全員を保護するには建物が無い状態で、必然的に戦争孤児保護は後回しとなる。


若い子供が優先的ではあるが…それでも例外はある。

ダンジョンより発生した毒素を受け、病弱となった子供は除外。

医療関係でも、薬を用意するには限りがあり、多くの毒素所持者から僅かな人数しか選ばれない。

そうして生まれるのが、ストリートチルドレン、吹き溜まりが集う罹患者の街、スラム街などが出来ていた。


それが数十年前の話だ。

そして、現在でも残る戦争孤児や罹患者が集う隔離区。

久島五十五はその隔離区出身だった。


パン一つだけ、それだけでも、争いが起こる。

ナイフや、銃器を使った食料簒奪戦が行われ、十人居た者はただ一人になり、安物の腐ったパンを獲得する、なんて話はザラだった。


「お願いします…そのパンを、どうか…分けて下さい」


道路に座り、痩せ細った老人が懇願する。

毒素にやられて内臓がぐちゃぐちゃになった罹患者は、生きてはいるが、既に死んでいる様なものだった。


その願いを潰す様に、こちらへと伸ばしてくる手を蹴り落とす。

ナイフを持ち、血だらけになる五十五は、睥睨して見ていた。


「…五十五ごじゅうごごうだ」


罹患者が怯えて言う。

その近くで、五十五を見ていた罹患者たちははやし立てる。


「ダンジョン攻略の為に大量生産された重蔵工房の『DB』だ…」

「生産中止で多くのデザインベイビーが処分されたと聞いたが…まだ生き残りが居たのか」


その時の彼に、名前はない。

あるとすれば、自らに付けられた製造番号、五十五と言う文字だけだった。

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