戸張さんと防犯対策

そばあきな

戸張さんと防犯対策

「戸張さん、それ何のキーホルダーなの?」


 隣の席の戸張さんに、僕は朝からずっと気になっていたことを尋ねる。

 戸張さんの背負っている鞄には、数日前から新しいキーホルダーがついていた。卓球のピンポン玉くらいの大きさの鉢植えに、何かの植物が埋まっているものだ。

 それだけ聞けばよくあるマスコットという感じがするのだけれど、しばらく見ていると植物の苗が少し動いている気がしたのだ。

 もしかしたら、生きているのかもしれない。

 戸張さんのキーホルダーなら、それもあり得るかもしれないと思うくらい、戸張さんの周りには不思議な人達が集まる。僕もその内の一人なんだろうけれど、戸張さんといると、世界にはまだまだ不思議なことがたくさんあると思えるのだ。


 おずおずと尋ねた僕の言葉に、戸張さんが「えっとね」と、なんてことない感じで口を開く。


「これはね、マンドラゴラの苗だよ」

「『これは向日葵の種だよ』みたいなトーンで出る答えじゃないよ……」


 実際に見たことはないけれど、マンドラゴラという名前は聞いたことがあった。薬草として使われることが多いけれど、魔術や錬金術の原料にもなる植物だったはずだ。

 確かマンドラゴラには、土から引っこ抜こうとすると悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いた人は死んでしまうという話はなかっただろうか。


「さすがにそんなのは鞄につけないよ。ただ、このマンドラゴラは引っこ抜くと、悲鳴で相手の頭を痛くさせたり、気絶させたりできるんだ」

 僕の疑問に、戸張さんが首を横に振って否定する。


「じゃあ、どうしてマンドラゴラを持っているの……?」

「この間会った魔女から貰ったの。防犯対策にいいんだって」


 どうやら戸張さんには魔女の知り合いもいるらしい。

 色々聞きたいことはあったけれど、僕は「そうなんだ」とだけ口にした。

 ただ大きな音が鳴るよりも、はるかに効果がある防犯グッズだと思った。


「でも、それって持ち主の戸張さんも頭が痛くなったりしないの?」

 僕の言葉に、戸張さんが「大丈夫」と言って、ちょっと得意げな表情をした。

「大丈夫。子供には聞こえない音で叫ぶらしいから」

 つまり、大人だと聞こえるので危ないらしい。戸張さんと同い年でよかったと思う。

「そっか。じゃあ引っこ抜く時が来なければいいね」

 そう言って僕が笑うと、戸張さんも「そうだね」と言って微笑んでくれた。



 それを見ながら、僕は戸張さんに「防犯対策に」と言ってマンドラゴラの苗のキーホルダーを渡した、見たことのない魔女について考える。

 そして、僕はその魔女の気持ちが、少し分かるような気がした。



 きっと、戸張さんはみんなに愛されているのだろう。

 だからみんな、真夜中に話し相手になってくれる戸張さんを守ろうと色んなものを渡しているのだろう。



 きっと戸張さんは気付いていないから、僕だけは気付いていようと、そう思った。


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