花泥棒は絵泥棒

烏川 ハル

第1話

   

 よく晴れた日の昼下がり。

 青空の下に出ることもなく、所長室の机で、赤羽根あかばね瑠衣斗るいとは書類仕事をしていました。

 世間では名探偵と呼ばれていますが、事務所は小さく、彼と助手の二人きり。まだまだ半人前の助手に重要書類を扱わせるのは心配なので、赤羽根探偵が自ら行う習慣になっています。

 そこへ若い女性が一人、元気よく駆け込んできました。丸眼鏡とポニーテールが特徴の探偵助手、森杉もりすぎ蘭華らんかです。

「るいと先生! お手紙です!」

「森杉くん、いつも言っているだろう。そんなに大声を出すべきではない、と」

「探偵助手たるもの常に冷静でいるように……ですね?」

「わかっているなら、その通りに行動して欲しいものだ」

「でも先生、ほら、これ……。ファンレターじゃないですか?」

 淡いピンク色の封筒です。縁取り模様は薔薇の蔓をあしらっているようにも見えて、まるで乙女のラブレターです。

 差出人の記名はありませんが、誰からの手紙なのか、赤羽根探偵にはピンときました。

 ちらりと見ると、蘭華助手の顔に浮かぶのは、悪戯好きな子供みたいな微笑み。ファンレターと言ったのは冗談で、本当は彼女も気づいているのでしょう。

 赤羽根探偵は、険しい表情で手紙を開封して、

「やはり、フラワー・シーフか!」

 と、忌々しそうに吐き捨てるのでした。


 フラワー・シーフとは、しばらく前から世間を騒がせている女怪盗の通称です。変装の名人という噂で、誰も素顔を知りません。

 本当に花を盗むわけではなく、狙うのは美しい宝石や高価な美術品ばかり。盗んだ後には代わりに花を一輪残していく、というのが初期の手口でしたが、最近ではその余裕もなくなってきたようです。

 それどころか、赤羽根探偵の活躍により、犯行が失敗に終わる場合も出始めました。それでも赤羽根探偵事務所と警察に予告状を送りつけるのがフラワー・シーフのスタイルであり、今回の手紙もそれでした。署名がわりの薔薇マークと共に、次のように書かれています。


『今週末の日曜深夜

 宝石商ホシノ氏の邸宅へ伺います

 アデラール・アベラールの花園を頂戴しに』


「出かけるぞ、森杉くん!」

「はい、るいと先生。こんなに天気がいい日は、事務所に篭っていたら勿体ないですよね。外でお日様を浴びないと……」

「冗談は程々にしたまえ。君だってわかっているだろう、フラワー・シーフからの挑戦状だ!」

「またですか? るいと先生に負けてばかりのくせに、彼女も懲りないですね」

「甘いな、森杉くん。犯行を阻止するだけでは勝ちにならない。今回こそ彼女を捕まえるのだ!」

 と、勇ましい赤羽根探偵ですが……。

 実は、フラワー・シーフが盗み損なうようになった裏には、大きなからくりがあるのです。

 しばらく前から、彼女は赤羽根探偵の身近に入り込んでいました。敵情視察のつもりでしたが、いつの間にか彼を慕うようになりました。乙女の恋心です。

 そうなると、盗難が成功するのは良いとしても、結果的に赤羽根探偵の名声が地に落ちたら、彼女も嬉しくありません。

 だから最近は、例えば偽物とすり替えるようにして、世間的には盗難失敗に見える形で上手く盗み出す、という方式になりました。

 つまり、本当はフラワー・シーフは負けていないのです!

 そうとも知らずに赤羽根探偵は、今日も現場に蘭華助手を同行させるのでした。

 その正体がフラワー・シーフである森杉蘭華を。

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る