第2話

   

「ここがホシノ氏の邸宅ですか? 良く言えば洒落てますが、なんだか家っぽくないですね」

森杉もりすぎくん、それは失礼だぞ」

 清楚な白い二階建ての上に、特徴的な青いトンガリ屋根が乗っている洋風建築です。

 中に入ると、ちょうど警察が訪問中でした。警察にもフラワー・シーフの予告状が届いたのでしょう。

「やあ、赤羽根あかばねくん。やはり君も来たのかい」

「こんにちは、警部。いつもごくろうさまです」

「赤羽根くん、こちらが星野ほしのさんだ」

 顔見知りの辺周べしゅう警部が、星野氏に引き合わせてくれました。恰幅の良いロマンスグレーの男性です。

 宝石店の経営者というだけでなく、絵画コレクターとしても名が通っているのを赤羽根探偵は知っていました。

 あまり有名ではないけれど一部のマニアの間で高く評価されるフランスの絵画を、日本人が高額で入手した……。そんなニュースを最近耳にして、事件になるかもしれないという予感から、少し調べておいたのです。

「よろしくお願いします、赤羽根さん。名探偵のお噂はかねがね……」

 星野氏の方でも、赤羽根探偵について聞き知っていました。だから話はスムーズに運び、彼らを問題の絵のところまで案内します。


「こちらが特別展示室になります」

 少し廊下を歩いた先にある部屋でした。

 一歩足を踏み入れた途端、赤羽根探偵は「思ったよりも狭い」と感じました。一人暮らしの学生アパート程度の広さで、しかも妙に奥行きが短くて、圧迫感があったのです。

 でもすぐに「狭いのも当然」と理解しました。奥の壁には分厚い扉があり、さらにもう一室用意されていたのです。今いる部屋に絵は飾られていないので、奥の部屋にあるのでしょう。

「この部屋からでも見えますね、るいと先生。あれが問題の絵でしょう?」

「さすがは名探偵の助手さんですな。そういう設計の展示室なのですよ、ここは」

 赤羽根探偵ではなく、星野氏が蘭華らんか助手の言葉に反応しました。

 それを聞きながら、赤羽根探偵は奥の扉に歩み寄ります。扉には小窓があり、中の様子を覗ける仕様でした。

 小窓に腕を入れてみると、扉の厚みと同じ長さで行き止まり。透明なので一見わかりにくいですが、窓はガラスで塞がっていたのです。

「ちょうど赤羽根さんが確認してくださったように、中の様子は見えるけれど、外とは完全に遮断されている。そんな構造になっています」

 星野氏が笑顔で説明します。

「とはいえ、小さな窓を通して鑑賞するだけでは、せっかくの絵が泣きます。大切なお客様には、じかに見ていただきたいので……。さあ、みなさんもどうぞ」

 星野氏は懐から大きな鍵を取り出し、分厚い扉を開けて、一行いっこうを奥の部屋へ入れてくれました。


「わあ、すごい絵!」

「森杉くん、適当を言ってはいかん。そんな鑑賞眼、君にはないだろう?」

「いやいや、構いません。素人でも理屈抜きに良さがわかる、それこそが本物の芸術品です」

 赤羽根探偵は蘭華助手をたしなめましたが、むしろ星野氏は喜んでいます。

 分厚い扉以外、窓一つない部屋であり、飾られているのも一枚の絵だけでした。

 白と黄色の花が咲き乱れる草地に、少女が座り込んでいます。後ろ向きですが、こちら側へと振り返り、とても幸せそうな笑顔を見せていました。モデルと画家の間に親密な関係があったと思わせる表情です。

「るいと先生、気づきましたか? この女の子、私と同じ髪型です!」

「おこがましいぞ、森杉くん」

 蘭華助手ごときが高価な絵画に自身を重ねたら、星野氏が不快に思うのではないか。赤羽根探偵は心配になり、少し話題を変えようと思いました。

「19世紀のフランス画家、アデラール・アベラールが若い頃に描いた一枚ですね。こうして見ると少女がメインですが、作品タイトルは『花園』で……」

「おお、よく勉強しておられますな! さすがは名探偵だ、事件に関わりそうな知識は全て頭に入っているらしい」

 にっこり笑った星野氏は、さらに続けます。

「私が一番気に入っているのは、花々と少女の描かれ方です。同じ一枚の絵の中で、明らかにタッチが異なるでしょう? おそらくアベラールの想いが筆に現れた結果であり……」

 星野氏が熱っぽく語る後ろで、辺周警部がポツリと呟きました。

「花が題材の絵だから、フラワー・シーフに狙われたのかな? 花泥棒だけに」

   

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