最後の球

外東葉久

最後の球

 カキーン。

 鋭い金属音が響いた。

 弾いた球はアーチを描いて、芝生の上にバウンドした。だんだん弾む高さを低めながら、最後は茂みに入って見えなくなった。

 少年が一人、球が消えた辺りに走り出てきて、茂みに手を突っ込み、球を引っ張り出した。彼は球を持った手を高くあげて、僕のほうへ大きく振っている。僕も手を振り返すと、彼はすぐさま遠投の姿勢に入って、こちらに球を投げ返した。

 彼の投げた球は、びゅっと真っ直ぐ飛んできて、芝生と土の境ほどでバウンドし、僕のところへ転がってきた。

 白い球は少し土で汚れていた。


 彼が僕のほうに走ってきた。無邪気な笑顔だ。

「ナイスバッティング。」

彼はそう言うと、次はお前だというふうに、グローブを僕に手渡した。

 僕は彼の投げ返した球をポケットに突っ込んで、外野へ向かって走り出した。


 これで最後だ。


 頭の中でその言葉がぐるぐると巡っている。途中で振り返ると、彼は球をバッティングティーに置いて、その傍らで素振りをしていた。

 僕はなるべくゆっくり長く走った。それでも、僕の守備位置は近づいてきて、遂に足もととなった。

 僕は大きく息を吸い込んで、彼のほうに向き直り、手を振った。彼も手を振り返した。

 あの手ももう見られないのか。

 そう思って間もなく、彼は美しく力強いフォームで球を捉えた。

 球がぐんぐんと僕のほうへ飛んできた。そして、あっという間に僕の頭上を越えた。僕は後方へ走り下がる。茂みが近づき、僕は立ち止まった。

 ガシャンと音がして、球は茂みの上方のフェンスに弾かれた。僕はそれを捕まえると、ひと思いに、彼のほうへ球を投げ返した。

 不思議と落ち着いて、静かだった。


 耳もとで、サーっと風の音がした。

 彼は僕の親友だ。

 彼は何にでも才能があって、勉強も野球もいつもトップだった。

 僕は何も持たず、いつも平均。

 それでも彼はいつでもぼくの親友だった。


 この春、僕たちは高校生になる。

 彼は、野球の名門校へ進学することになった。寮に入るため、この街を離れる。

 僕は地元の高校に通う。

 だから、彼は今日、ここを出発する。


 彼が、僕の投げた球を捕らえた。

 僕は彼のもとへ歩き出した。ポケットに手を入れて、彼の球がちゃんと入っていることを確かめながら歩いた。

 強い風が内野の土を巻き上げた。

 彼の姿がかすむ。

 僕は早足になった。

 あと、一目だけ。

 彼は待っていた、彼の差し出した手を取った。

 さよならの言葉は、風にとけて消えた。

 僕の、彼の、手がそれを伝えていた。

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