第1章 出会い ②

「おまえら、一体、何をやっている?」


 頭上から声がしたかと思ったら、いきなり引きはがされた。取っ組み合いの最中だったサマードとセフィルの二人は、自分達の仲裁に入って来た人物を睨みつける。


「放して、エドガーっ。こいつってば、すっごくいい態度しているから、それをたたき直しているんだ」


 やる気満々であるが、どう見ても分が悪そうなのは自分の連れの方だとはエドガーでなくともすぐ分かる。

 最初の一発こそまともにやられてしまったが、元より武道は王族のたしなみと、幼い頃からしこまれてきたサマードである。形成逆転もあっという間だった。


 エドガーは、抵抗するセフィルをとりあえず抑えることに成功した。その様子にサマードは、小さく舌打ちしてから顔を背ける。


「ここからなら一人で家へ戻れよう。連中は残らず伸してやった。感謝しろよ」


 エドガーはサマードにそう言って、暴れようとするセフィルを背後からはがいじめにした。

 エドガーがここまで無事にたどり着いた所を見ると、彼の言うことも嘘ではないのだろう。それにしてもあの人数をたった一人で倒してしまうなど、相当な剣豪と見受けられた。


「さあ、俺達もそろそろ今日の宿を探さないとな」

「ちぇっ」


 舌打ちしてセフィルは暴れるのをやめた。そしてチラリとサマードに目をやる。目が合うとあからさまにそっぽを向く。初めの笑顔と比べてのその変わり様がおかしくて、サマードは自然に笑みがこぼれる。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」


 そう言って背を向けたエドガー達に、サマードは思わず声をかけていた。


「宿だったら、オレんちに来ねぇか?」


 何故そう声をかけてしまったのか。

 ただその時は、助けてもらった借りはきっちり返しておかなければと、自分に言い訳をしていた。



     * * *



「まあまあ、だから言ったではありませんか」


 城へ帰った途端、リオンにつかまり、今日のことを問いただされて答えたところ、思った通りの言葉が返ってきた。


「いいですか、王子。あなたはこの国の王太子、次期国王なのですよ。あなたの身にもしものことがあっては、国の一大事です。もう少し自覚を持っていただかなくてはいけませんねぇ。聞いていますか、王子?」


 少しトーンの高い、それでいてのんびりとした口調でリオンは言葉を綴った。が、サマードはそのリオンの説教の半分も聞いてはおらず、いいかげん鬱陶しそうにリオンの言葉を遮る。


「うっせーなぁ。それより部屋の用意をしてくれよ。客人なんだぜ」

「は、はあ…」


 リオンは言われてちらりと旅の二人連れを見遣る。


 サマードから聞かされたことには、危ない所を助けてくれた恩人だとか。風体からするに、どこの馬の骨かと言った感じだった。身なりで人を判断するものではないが、時期が時期だけに恩人と言えども信用してしまって良いものかどうかリオンは困った。そのリオンの向こう脛を蹴り飛ばして、サマードは怒鳴る。


「ぼーっとしてねぇで早くしろよっ」

「あ、はいはい」


 リオンはサマードの乱暴にひるみながら、パタパタと足音をさせて駆けて行った。自分は小間使いではないのにと、小さく呟いて。その言葉が聞こえたのかどうか、リオンの背にサマードはもう一度怒鳴る。


「メシも忘れんなよなっ」

「はいーっ」


 返事をしてリオンは奥へと姿を消した。



   * * *



「しかし驚いたなぁ。お前、王子だったのか」


 客間に通されるまで借りてきた猫の子のように神妙にしていたセフィルであったが、家臣達が下がってしまう頃には城の雰囲気に馴染んでしまったかのように、もとの笑顔を浮かべていた。先ほどの取っ組み合いの喧嘩については、既に忘れてしまったかのような様子だった。

 そのセフィルに少々自慢げに鼻の下を指でこすりながら、サマードは返す。


「ま、田舎の国だけどよ。民は純朴だし、いい所だぜ」

「そのわりには物騒な連中がうろついているじゃないか」


 セフィルとは違って、くつろいだ様子も見せず、しかし静かな表情のままエドガーが言った。


「心当たりはないのか?」


 心当たりも何も、襲われたのは今日が初めてのことであるし、分かることと言えば肌の色が違っていたことくらいしか思い浮かばない。そう答えるとエドガーはわずかに眉をしかめ、何か言いたげな表情をしたが、それ以上返しては来なかった。


「それよりもあんたら」


 サマードはそんなエドガーの様子が気になりはしたものの、さっきから聞きたかったことを口にした。


「旅してるって、どこから来たんだ?」


 サマードの問いにエドガーはそっぽを向いたままで、それとは対称的にセフィルの青い目がくるりと回った。ガラス玉みたいだと思った。


 ずっと昔に聞いたことがある。はるか西の国にこんなふうな目の色をした人々の住む国があると。言葉も肌の色も違う遠い国。この小さな国から出たことのないサマードには、そんなことを想像することだけでもわくわくした。そのサマードの瞳に気付いたのか、セフィルは全開の笑みを見せてくれる。


「オレはずっと西の地方。ここよりも少し気候の温暖な、森林に覆われた国で育ったんだ」


 セフィルは少し考える風をして、続けた。


「だけどとても閉鎖的なところがあって、それが嫌で飛び出してきたんだ。そこをエドガーに拾われて、一緒に旅をすることになったんだよ」


 旅と言っても自分には大したアテがあるわけでもない。ただ自分の居場所が見つからないからなのだと、セフィルは付け加えて、笑った。



   * * *



 異国の話は尽きなくて、いつまでも聞いていたかったが、リオンがあまりうるさく言うのでいいかげんに切り上げることにしたのは、満月が満天の空を昇りつめた頃だった。


 彼らのことをリオンはあまり良く思ってはいないらしかった。


「良いですか。本当は見ず知らずの者など、城内に入れることも許されないんですよ。どんな危険があるか分かりませんからね」


 自分の義務とばかりに部屋にサマードを連れて行きベッドに押し込んだ後、リオンは心配そうな顔をして言った。


 忙しい両親に代わって幼い頃から教育係をしていたリオンは、サマードにとって親代わりのようなものだった。そんな存在だとはサマード自身も自覚しているのだが、口をついて出る言葉はいつも悪態だった。


「んなこと言ってるから年よりくせぇってんだぜ」

「はぁ…」


 リオンはサマードにそう言われると、溜め息を漏らしながら明かりを消し、部屋を出て行った。


 リオンの心配が分からない訳ではない。しかしサマード自身、自分の身の危険を大して考えていなかった。加えて、彼らに対して警戒心が生まれなかったのだ。


 昼間の興奮からなかなか寝付かれなくて、つらつらと異国の話を思い描いているうちに、やがてサマードは睡魔の森へと分け入っていった。



   * * *



城守りの足音も聞こえなくなった夜更け。


 ほんの小さな物音にサマードは目を覚ました。緩慢に寝返りを打って、わずかに目を開けてみた。そこに、昼間町で見たと同じ装束の男達がいた。


「何?」


 とっさに跳び起きて、ベッドから降りる。


 ざっと見て五人。一体どこからどうやって入り込んできたものか。月明かりの差し込む部屋で見る男達は、冷たく笑みを浮かべ、無言のまま近づいて来た。

 サマードはとっさに辺りを見遣る。得物になるものはないかと探すが、何も見当たらなかった。普段から言動が乱暴だからとリオンに言われ、その手の物はすべて取り上げられてしまうのが常だった。

 舌打ちして、今度は逃げ道を探す。


 ドアまでは数歩の距離。大声を出して助けを呼ぶにしても、取り敢えず部屋から出る方がいい。思った途端、サマードは男達の脇を擦り抜けて駆け出そうとした。が、それよりも一瞬早く、サマードの腕をつかむ者がいた。ギョッとして振り返るとそこにもう一人、仲間がいたのだった。


「放せっ、この…!」


 サマードは男の腕を蹴りあげる。が、男はその痛みを感じた様子もなく、サマードの腕をねじ上げた。


「いてててててっ」

「もう少し静かにしていただけますか、王子。城の者が目を覚ましますがゆえ」


 耳元で囁く男の声に聞き覚えがあった。


「お前…」


 相手は低く笑っていた。



   * * *


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