空からの狂兵2 戦場適正ランクSS

 三日後。

 担当区の防衛を務めていたグライスト小隊は、本部からの連絡を受けて急遽、本陣に帰還する事となった。

 二台のトレーラーに固定されて運ばれていく四機の【メイガスIII】と、一番下っ端のリエスの操縦する【メイガスIII】の五機は同盟領地の自国――【オールブルー】の陣地へ足を運んでいた。


「つ、疲れたぁ……」


 半日近く一人だけ自機に搭乗し、トレーラーを追従していた【メイガスIII】からリエスはコアを開いて顔を出すと、ぐでん、とコアハッチへもたれかかる。


「リエス、だらしないぞ! お前は本当に軍人としての自覚があるのか!?」

「わ、ごめんなさい!」

「ごめんなさい、じゃない! ここに降りて座れ!」


 と、この陣営でおなじみとなっている光景に他の【オールブルー】の軍人たちも和める雰囲気にクスクスと笑みを浮かべた。


「カルメラ、せっかくだから説教は後にしろ。いつもならいいが、せっかく陣営に戻って来たんだ。補給と機体保護が済んだら風呂にでも入ってこい。その後は20時フタマルまで休息」

「え? やったー!!」

「……フィロ、後は任せる。リエスをシュミレーターに押し込んで、戦闘訓練を五連戦させてから休憩させろ」

「了解です」

「えー!?」

「ふっはは。カルメラ、将軍の所に行くぞ!」






 グライストとカルメラは二人で広い天幕の前で、名前と階級と所属を告げてから、中に居る将校の返事を待ってから入った。


「よく来た。久しぶりだな」


 そこに座っていたのは彫の深い顔立ちに白銀の髪を後ろで撫でるようにオールバックにした中年の男だった。口周りを薄く覆う無精ひげに眼鏡をかけている。

 座っているだけでも感じさせる高いカリスマを持ち、同盟軍の総指揮官としても他国からの信用も厚い。


「久しぶりです、ゼンミーア司令。一年ぶりでしょうか?」


 グライストはかつての部隊長にサングラスを外し神妙な面持ちで敬礼していた。カルメラは他国から帰順した者である為、グライスト程にゼンミーアの事は知らない。


「楽にしていい。今回は配属変更の知らせでな。わざわざ戻ってきてもらった」


 ゼンミーアは資料を片手に本国からの要件を二人に告げた。


「この戦争の終結が決まった。半年は警戒期間が続くが、それ以降は中央軍が仮政府を置き、情勢が安定し次第、中立新国家として建国される」

「それは良い事ですな」


 この戦争はかれこれ20年は続いていた。

 だがアグレッサーの襲来が表沙汰になり、年々泥仕合の様な戦いを続けるのは不毛だと両国は考えた。

 更に間に入った『サンクトゥス』の提案により中立国家を成して、互いに利益を得る事を承諾したのである。


「いち組織が時代を左右する程の権力を持つと言う事を証明したのだろう。だが、国の兵士としてそれだけに振り回されないように一層、努力してほしい」

「了解です」

「ハッ!」


 グライストはカルメラの様子からリエスの事を考えていると悟り、後で飲みにつれて行こうと策を考える。


「本題だが、この後グライスト小隊はスタッグリフォードにて防衛任務に就いてもらう」

「スタッグリフォード? 確か、中央大陸でも屈指の大都市ですよね? 一応は同盟国の領地内ですが……ここを離れてもよろしいので?」


 グライストの疑問はもっともである。

 スタッグリフォードは中央大陸でも五指に入る巨大都市だ。総人口100万人と、一国並みの市民が近代技術に囲まれた街並みで暮らしている。

 『サンクトゥス』の支部もあり、近代技術が多く使われている高水準の都市で、商業価値とても世界的に敵が生まれにくい都市であるのだ。


「『サンクトゥス』からの報告があった。近代都市スタッグリフォードにて、三日後に“スカイホール”が出現するとのことだ」

「!?」


 スカイホール。

 それの出現は正体不明の人類の敵――アグレッサーが現れる事を意味している。

 今から約半年前に起こった人類の命運を分ける戦い『グラウンドゼロ』で、全人類にアグレッサーの脅威は少なからず伝わっている。


 無論、その戦場を駆けた人類の最前線――『セブンス』の存在と『サンクトゥス』と言う組織は今や世界的にも戦力、組織力の代表格となっていた。

 長年“アグレッサー”と戦っていた『サンクトゥス』が言うのだ。

 スタッグリフォードにアグレッサーが現れる、と――


「どれほどの規模が現れるかは未定だそうだ。だが、この召集は全世界で協力的な国には通達されている。とは言っても参戦できる国は大半が招集に応じるだろうが……」


 しかし、三日と言う月日では距離的にも限界の国は多々ある。無論彼らの祖国『オールブルー』も例外では無かったのだが、偶然にもこの戦場に配属されていたグライスト小隊に召集がかかったのである。


「本国でも腕利きの部隊は召集が間に合わん。そこでグライスト小隊にはスタッグリフォードへ赴き、アグレッサーに備えてほしい」


 と、そこでカルメラが挙手をした。ゼンミーアは、どうした? と視線を向ける。


「失礼ながら、自国には戦場適応性SSランクの兵が居ると聞いています。彼に連絡は取れないのですか?」


 世界でたった五人しかいないSSランクのアステロイド搭乗者ドライバー

 その内の一人が【オールブルー】の出身である事はカルメラの耳には入っていた。

 嘘か真か。どちらによ、そんな噂が立つ時点で、少なくとも本国の軍部はSSランクの者と何らかの関わりがあると見ている。


「なぜ、男だと思う?」


 ゼンミーアはカルメラの“彼”という男を差す言葉から何かを探っているのでは? と察して聞き返した。そんなつもりは毛頭も無かったカルメラは慌てて非礼を詫びる。


「す、すみません!! 何かを探るようなつもりは――」

「いや、そう考えるのは当然だ。だが、ここだけの話、SSランクを動かす事が出来る条件は限られていると言う事を覚えておいてくれ」


 多くのアステロイド搭乗者の中でも現在最強の五人。その人材を動かすには、本人と、その者が所属している軍部の最高責任者の承諾と、『サンクトゥス』の三つの承諾が必要なのだ。


「特に『アグレッサー』に関しては『サンクトゥス』が最も敵勢戦力が測れる。その観点から『アグレッサー』に必要以上に、こちらの手の内を見せない事も考慮し、慎重な状況判断を得てようやく動かせるようになる」


 それがSSランクの搭乗者ドライバー

 現在『サンクトゥス』に所属しているSSランクは二人だが、実際に動いているのは一人だけだ。


「では? 今回は――」

「『サンクトゥス』が承諾しなかった。現地に『セブンス』の指揮官が入ると言う事でな」


 その言葉に二人は納得して口を閉じる。

 あの『セブンス』の指揮官がスタッグリフォードで指揮を取るのなら、寄せ集めの大軍でも軍として機能させる事が出来るだろう。

 今の『セブンス』にはそれだけの英雄的要素を持っていた。


「本当に残念です。出来れば、私も参戦したかったのですが……」


 そこへ聞こえた声は、まるで歌声のように澄んだモノだった。






「アリア様。このような所になぜ……」


 入り口の天幕から護衛の女を引き連れて入って来たのは、海色で流れるような美しい長髪を持つ女性である。

 変装用の質素な服からでも感じ取れる高貴なオーラは、彼女が見かけ倒しの存在でないと証明していた。

 ゼンミーアはもちろん、グライストとカルメラは自然と敬礼の姿勢を取って、彼女に道を開けていた。


「お二方、楽になさってください。私は今回はお忍びで、この場所の様子を見に来たので、この場に居るのはただのアリアちゃんです」


 と、動作の一つ一つが別の生物の様な気品を感じさせる彼女――アリアは【オールブルー】の象徴と言える王族の血筋であるのだ。


「姫……そう言うわけにはいきません。カムイ、お前が居ると言ってもここは戦地だぞ? もし本陣に爆弾でも落されたらどうするつもりだ?」

「私が身を挺して壁となり護る所存です。ゼンミーア将軍」


 揺るぎない部下の忠誠心は、アリアがただの着飾っただけの王族では無い事を証明している。


「それにお届け物があるんです」


 ちゃんちゃちゃーん! とアリアが肩に下げているショートバックから取り出したのは小さな四角い箱に入った勲章だった。


「【オールブルー】正規軍第51遊撃小隊『グライスト小隊』。貴殿の小隊は数多の戦場での功績を称え、ここに【オールブルー】武勲賞を送ります」

「光栄です!」


 グライストはアリアより勲章を受け取ると一礼する。


「ゼンミーア将軍。我々は戦地の出立準備を行いたいと思うのですが――」


 カルメラはアリアの現れたのは将軍に用があったからだと察し、自身たちの退室を促す。


「ああ。終わり次第、スタッグリフォードに飛んでくれ。後は現地の指揮官に従え」

「イエッサー!!」






「軍人さんですね」


 アリアは出て行った二人へ手を振って見送るとゼンミーアへ視線を向け直す。


「それで、此処に来た用件をなんとなく察していますが……」

「将軍、私の出撃を容認していただけないでしょうか?」


 やっぱり……とゼンミーアは少しだけ額に手を当てて考える素振りをする。


「姫様。ここだけの話、貴女を戦場に出す事は容認できません」

「私が、王族だからですか?」

「それもあります。ですが、どの将軍も承諾しなかったのでしょう?」

「そ、それはそうですが。やっぱり、軍人だけが戦うなんて……」


 アリアは20年前に起こった【オールブルー】の滅亡の危機を迎えた戦争を強く悲観していた。

 その時は彼女は二歳で戦えなかった。故に自分が将来戦えるようになったら、この身を惜しまずに戦場に出るつもりで帝王学と平行して様々な戦闘技術を学んだ。


 その過程でゼンミーアもアステロイドの操縦教官も務めた経緯があり、その頃から彼の孫たちとも仲が良く、初めての友達だった事もあり、家族ぐるみでの付き合いがあった。


「それだけではありません。貴女は来るべき時の為の戦力として温存しておかなければならない」

「……納得しかねますぅ!」


 頬を可愛らしく膨らませて拗ねる。ここに来る際も、相当周りから静止がかかったのだろうと容易に想像できた。


「【オールブルー】の象徴して。そして“戦場適応性SS”ランクの身として、自重してください。アリア・サクス様――」


 それでも彼女は来るべき時に最も必要な戦力の一人であった。

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